第11話 信行謀殺 前段 やっぱり止められないみたいです

軍の指揮権を大幅に取り上げられた柴田勝家は、末森城内で内政仕事を粛々とこなしていた。


仕事終わりの柴田勝家に、信行の右筆の一人が静かに近付く。




「柴田様、内密にお話ししたき儀がございます。他の者に聞かれるとまずいので、後日お時間をいただきたく」


右筆の様子は、周りを気にする様子でやや不安げである。勝家は、その様子に、何か悪い予感を感じた。




「わかった。後刻、それがしの屋敷に忍んでまいれ」




「ありがとうございます。では、後刻」




「周りに怪しまれないように、最後にわざと大声で話す。話を合わせてくれ」




「はい」




「いや~、右筆殿、それはそれがしの思い違いでござった。かの書状が殿の目に触れる前に、知らせてくれて感謝いたす。明日朝のうちに、直しておくので取りに来ていただきたく」


わざと大声で、右筆に間違いを指摘されたような演技をする勝家。




「では、宜しくお願い致します。」


右筆も勝家に合わせて、やや声を張って答え、頭を下げて去っていく。




後刻、柴田勝家邸にかの右筆が訪れる。


「柴田様、信行様から先日書くように言われた書状の写しです。美濃の斎藤と連絡を取るような内容でございました」




「すまん、見せてくれ」


書状を読む勝家の顔色がみるみるうちに曇っていく。




「弘治四年年明け、すぐに美濃と信行様の軍勢で清州を挟み撃ちにする、か」




「はい。殿は信長様に再度謀反の意志がおありです」




「しかも、美濃の兵を尾張に招き入れるようなことになるな」




「これだけではございません。似たような内容の書状を岩倉の織田信安様ともやり取りしております」




「信安様ともか!信行様の叛意は固いようだな」




「ここから先は、一右筆にどうのこうのできません。柴田様に書状はお預けいたします、尾張にとって良きようにお使いいただきたく」




「あい、分かった。中村、お主の思い、信長様にしかと届ける」




「では、それがしはこれで」




この書状を持って、信行の叛意ありとみなした柴田勝家は、速やかに信長に連絡を取る。


その書状を読んだ信長は、速やかに信行討伐を考え、柴田勝家に連絡を取り、策を実行することにした。




弘治三年十一月、信長は病に倒れたとして、清州城から出なくなった。


最初の数日こそ、病は嘘ではないかと思っていた信行であったが、5日、10日と経過しても信長が病の床につき、動いていないという情報を聞くと、徐々に気が大きくなった。


わざわざ織田信安や斎藤義龍に借りを作らなくても、このまま信長が亡くなれば、織田弾正忠家のすべてが自分のものになるのかもしれないのだから。




「勝家、兄上の見舞いに行ってまいれ。本当に病か、あともし本当に病なら命にかかわりそうなのか、余命はどの程度か、よくよく見てまいれ」


信行は柴田勝家にそのような命を下す。その勝家はすでに信長と連絡をとって動いているとも知らずに。


当然、清州城から帰った柴田勝家は信行に「信長、重症、余命は長くない、殿も見舞いを」と伝えた。そして、柴田勝家は土田御前にも信長重症という虚報を伝えた。




信長と信行の確執をなんとなくは分かっている土田御前であるが、謀反した信行のことも助命するよう嘆願した土田御前である。


信長重症の虚報に接し、柴田勝家から信行も見舞いに行くべきと聞けば、兄弟の融和と兄の死に目に会わせたいという思いで、強く信行に見舞いを進める。




こうして、土田御前と柴田勝家に促された信行は、清州城に信長を見舞うことにするのだった。




そして、信長の見舞いに行こうとする信行と津々木蔵人を見送る末森城内。


出立する信行を高島局以下の妻たちと坊丸以下の子供たち、そして柴田勝家と土田御前も見送りに集まっていた。




「では、母上、兄上の見舞いに行ってまいります。勝家、留守を頼むぞ」




「はい」「はっ」




「殿、馬寄せに殿の愛馬を回しております。まいりましょう」と津々木蔵人。




「うむ、ではいくか」と馬寄せに向かおうとする信行。




と、突然、信行の足に坊丸が縋り付く。




「父上、行ってはなりません。信長伯父上の罠かもしれません」となきながら父の袴をつかむ。


その坊丸の言葉を聞いて、周囲のほとんどは坊丸の甘えとおもい、困ったような笑顔であったが、ただ一人、この後起こることを知っている柴田勝家は、一瞬目を見開き、そして、ごまかすために困ったような笑顔を顔に張り付ける。




「坊丸、駄々をこねるな。兄上が重症であれば、見舞いをしつつ、兄上と今後の弾正忠家のことを話さねばならんのだ。勝家も重症と言っていた、罠などということはあるまい。兄上を見舞ったら、すぐに戻るのだから、安心せよ、坊丸」




「父上、行ってはなりません」と泣きぐずる坊丸。




「だれか、坊丸を頼む」と困った顔でいう信行。




「坊丸様、信行様はこれから信長様と大切なお話をしに行くのです。ここは駄々をこねる場所ではございません」と柴田勝家が坊丸を抱き上げ、高島局のほうに連れて行こうとする。




「勝家、伯父上に父上は討たれるのですね」勝家に抱き上げられた坊丸は、すっと表情を消し、勝家にだけ聞こえる声量でつぶやく。




「な、何をおっしゃられるのやら」勝家も小声で返す。が、その声はすこし上ずっている。




「良いのです。勝家のしていることは尾張のために正しいことであると思います」と再び、勝家にだけ聞こえるように坊丸は言ったが、その眼は遥か遠くを見ているようだった。


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