第8話 柴田勝家から尾張の今を教わったよ
ども、織田坊丸です。
信行パパと勝家、土田御前グランマが清洲から帰って来てから、信行パパは、基本鬱屈した感じです。それに酒臭いし。飲んだくれてるな、あれは。
高島局こと吉野ママ、妙さん、お千ちゃん、お満ちゃんも、信行パパがふさぎこんでいるので、なかなか雰囲気が悪いです。
あ、3歳近くなりまして、色々興味を持った子供のふりをしながら、身の回りの女性陣の名前を聞き出しました。たえさんの名前はどう書くの?みたいな感じで聞き込みましたよ、ええ。
最初のは、みんなひらがなしか教えてくれませんでしたがね。文字に興味を持ったスーパー2歳児を見事に演じきり、漢字も教えてもらいました。
女性陣の名前を仮名で書くだけで、天才児扱いしていただけますから、ありがたいことです。
それはさておき、稲生の戦い以降、城内の雰囲気は良くありません。周囲の女性陣に聞き込みした結果、かなり支配領域が減った様子。
詳細は勝家に聞くしかない様子ですが。だって信行パパに直で聞けないし。
領地がへらされたら信行パパ、へこむよね。でも命取られたり、出家しろとか言われなかっただけよかったと思うけどな。
そして、自分は柴田勝家と最近は仲良しです。隙間時間を見つけては、妙さんやお千、お満の監視の目をかいくぐって、勝家のもとに行き、尾張の情勢を教えてもらっています。
勝家から教えてもらったこととしては、織田弾正忠家は、本来は尾張下四群の守護代、織田大和守家の奉行職の一つだったとのことです。ひいじいちゃんの信定さんとじいちゃんの信秀さんが津島の商業力を背景に力をつけたらしいです。
勝家の話は、信秀じいちゃんをちょっと美化し過ぎな感じがありましたが、勢力拡大した名君なのは間違いなさそうです。
少し前に、信長伯父さんは、信光大伯父さんと組んで元主君の織田大和守家を打倒し、清洲の城とその周囲を手に入れたらしいです。柴田勝家もその戦に出陣して大活躍したんだと本人はいっていました。
勝家の活躍についてはどこまで本当か、分からないけど、信じてあげることにしよう。ウンウン。
上四群の守護代は織田伊勢守家、岩倉城と、その周囲の二つの郡を治めているらしいです。当主は織田信安。家老は山内盛豊。家老職の人は江戸時代に土佐の大名になった山内一豊の親族かな?
さて、今日も末森城内を散策して、勝家を探します。
ま、だいたい、大きな声で話しているか怒鳴っているからすぐわかるんですが。
戦国時代の織田家の武将達の中では、脳筋の猪武者なイメージの柴田勝家ですが、この世界では行政官としても比較的有能な感じです。
当主が引きこもりの酒浸りでも真面目に内政してますし。正直、武力と用兵だけで家老になったわけではない人なんだなぁ、という感じです。
出来ない部下のことは、よく大声で叱ってますが。
と、何時ものように大声のする方に行くと、やはり、いました髭の大男、柴田勝家さんです。
近くまで近づいたところで、大声が静かになるのを待ちます。
ヒートアップした柴田勝家になんか近づきたくないからね。
少しクールダウンしたところで、柴田勝家の視界に入る様にするのが、安全策ですよ。
「権六殿、今日もお話聞かせてくれますか?」
「おぉ、坊丸さま、この書状の返事を仕上げたら、大丈夫です。しばしばお待ちを」
信行パパは、右筆を使いますが、柴田勝家は、自分で書状の返事を書くことが多いです。何故なのか、一度聞いたら、右筆使うよりも自分の場合は直接書いた方が早いからだって言ってました。と、書き終わった様です。
「お仕事の邪魔ではありませんでしたか、権六殿」
「はっはっは、坊丸さまに、織田家や尾張のことを話すのは楽しいですし、守役をしていると思えば、苦ではありません。坊丸さまが、幼いのに関わらず織田や、尾張のことを知りたいなど、まるで領主の鑑。将来のために、今からお手伝いできると思えば、むしろ嬉しくさえありますぞ」
「ふ~ん」
「さて、先日は、信長様が叔父の信光様と組んで織田大和守家の信友らを討ち滅ぼしたところまで話しましたな」
「うん、そこら辺は権六どのに、教えてもらったよ」
「覚えておられれば、結構、結構。この結果にて、我が弾正忠家は、信秀様の代にて手に入れた海東、中島、愛知、山田の四群に加え春日井郡も手に入れたました。尾張九郡のうち、五郡と、過半数を得たのです」
「後の四つは何処なの?」
「伊勢長島の一向衆と服部らが跋扈する海西郡。織田伊勢守家の勢力下の丹羽、葉栗郡。水野らが治める知多郡ですな」
「あれ、守護代の伊勢守家と大和守家は、上四群、下四群の守護代でしょ?数が合わないよ」
「ふむ、坊丸さまは、賢しいですな。数のことも良くわかっているし、過日話したことの詳細も覚えておられる」と言って柴田勝家は、髭面を少し綻ばせる。
「それほどでも…」
私、謙遜&照れたふりを全力でやっております。本当はもっと誉めて良いんですよ、勝家さんって感じですな。
「さて、尾張の郡の数のことですが、数自体は、九つで合っているのです。ただ水野家が治める知多郡は、昔から三河の守護、吉良氏の管轄になっているのです。このため、尾張は九郡なれども、尾張の守護、斯波氏が治めるのは八郡、と言うことになるのでございます」
「ふ~ん、昔からのしきたりでそうなってるんだね。じゃあ、水野家の知多郡は、尾張であって尾張でないって感じなの?」
「そうですな、水野家自体、織田家とも三河の松平とも婚姻や同盟を結び、その時々で織田寄りにも三河寄りにもなりますからな」
「蝙蝠みたいだね。伯父上は、そういうの嫌いそうだけど」
「戦国の世ではその時々で強き方になびくのは、道理。信長様は、水野のようなその時々で立場を変えるものを好まれぬとは思いますが、水野より織田が一回りも二回りも大きく強くならねば水野を力で従えることも討ち取ることも叶いますまい」
「そう言えば、父上は、伯父上に歯向かってからふさぎこんでるけど、どうして?」
「謀反に対する仕置きの結果、信秀さまから信行さまが引き継いだ愛知郡の西半分と山田郡の領地のうち、山田郡を召し上げになってしまったからでござりますよ」
「え、じゃあ、父上の領地は、かなり減っちゃったの?」
「山田郡よりも愛知郡の西半分の方が栄えており、年貢の入りも良いので、激減とは申しませんが半減、と言ったところですかな」
「山田郡はどうなったの?」
「此度の戦で活躍した者や織田信広様に任せる様ですな」
「信広様って誰?織田家の中で偉い人?」
「坊丸様は、まだお会いになられたことがなかったかとは思いますが、信長様、信行様の兄上にございます」
「信広様も、伯父上なんだね。あれ、信長伯父上が嫡男なんだよね、その兄ってどゆこと」
「う~ん、坊丸さまには難しいかもしれませんが、側室のお子なのでございます。なので、正室のお子である信長様、信行様よりも年長ではございますが、跡取りとしては、格下ということなのでございますよ」
「なんとなくわかるよ、僕にも母上じゃない女の人から生まれた弟がいるもの」
「そうでございましたな。例えば、坊丸様の母君、高島局様から男児が生まれたら、信行様の家督は、坊丸さま、高島局様から生まれた弟君、そして先日生まれた側室の弟君という順になるのですよ」
「良くわかったよ!権六どのは説明が上手だね、あ、お満が呼んでる。また、今度お話聞かせてくださいね」
「お安い御用でございますよ、坊丸様」
「うん、じゃあ、そろそろ妙さんや母上のところに戻るね」
「お気をつけて」
そういって奥向きに戻る坊丸を見つめる勝家の眼差しはとても優しいものであった。
勝家は、信長に近い利発さと信行のような行儀の良さ、話していると時にハッとさせられる鋭さ、それらを見せる坊丸に弾正忠家を更に飛躍させる傑物になり得る可能性を感じているのだった。
そして、考えていた。近日中に信行様に坊丸様の守役を願い出ようと。
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