第7話 稲生の戦い 事後処理

勝家と坊丸が末森城にて会話した翌日、末森城は信長の軍勢に囲まれていた。更に、信長の軍勢は城下町の一部に火を放つ始末であった。


織田信行と柴田勝家主従は籠城を選択するも、うしろまきが無い状態では、兵糧攻めをされれば落城確実な状態である。

この状態で、信長と信行の母、土田御前が動く。


織田弾正忠家の家督争いについては比較的中立に近い村井貞勝、島田秀満らを介して、信長に、信行、柴田勝家、林秀貞の助命の嘆願をしたのだ。この時期の信長はまだ、後に第六天魔王を名乗った頃以降の酷薄さは薄い。母の嘆願を受け、渋々ながら信行以下末森城の面々、織田家筆頭家老の林秀貞は許される運びとなった。


後日、清州城の広間には、墨染めの衣を着た、織田信行、柴田勝家主従があった。しかも、その後ろには同じように墨染めの衣装の土田御前とその侍女数名も控える。


本来なら清州城の広間の信長に近い席に座るはずの織田弾正忠家の筆頭家老、林秀貞もまた評定衆の一番下手の席に墨染めの衣を着て控えている。


「信行、此度の謀反のこと、申し開きはあるか」信長が、戦場でもよく通る声で信行に声をかける。いつになく冷たく響く声には、静かな怒りとわずかな嘲笑の色が含まれているのが聞き取れる。


「この度は、我が過ちをお許しいただき、誠にありがたき幸せにござりまする。二度と兄上に背かぬこと、ここに誓いまする」


「で、あるか。では、熊野誓紙か熱田神宮の名に於いての起請文でも書いてもらおうか?二度と兄には背かぬ、とな」


「兄上が御望みと有らば…」


「信長、信行もこのように誠意を見せ謝っておるのです。熊野誓紙など取らなくてもよいではありませぬか」


「母上、此度は、母上のたっての願いということで、この信長、信行を許そうと思ってはおります。しかしながら、二度目は無いことをしかと皆の衆にも知り於いてもらう為にも、誓紙の提出は必須でござる。信行、熊野誓紙とまでは言わんが、後日、必ず何らかの誓紙を出せ」


「は、兄上には二度と背かぬこと、ここに誓いまする。今後は、兄上を支え、弾正忠家の為に粉骨砕身働きまする」


「で、あるか。信行、そなたが父信秀より差配を譲られた、山田郡。此度の謀反を許す代わりに、これを召し上げる。今後は末森を中心に愛知郡西部のみの差配を許す。これについては異議を認めぬ。以上じゃ。そして、勝家、お主は、謀反のこと申し開きはどうじゃ」


「は、この柴田勝家、特に申し開きはござりませぬ。今後、信長さまに二度と背かぬことを誓いまする。また、身を粉にして信長さまにお仕え申し上げまする」


「勝家、お主の言葉、信じる。が、誓紙は出せ、良いな。信行に申し伝えたように、二度目は、無い。その覚悟で我に仕えよ」


「ははっ」


「それと、林佐度守秀貞。清洲の家老職に、ありながら此度の謀反に加担せしこと、本来ならば許すことはあい、ならぬ。なんぞ申し開きはあるか」


「特に申し開きはございませぬ。ただ、ただ、一つ申し伝えたき儀がございます。先主信秀様は、信長さま、信行さまいずれを当主とするとはっきりお伝えいただくこと無きまま、亡くなられました。それゆえ、信長さま信行さまいずれが弾正忠家の後継者にふさわしいのか、という疑問を弟、通具の前でたびたび洩らしてしまいました。それを聞いた愚弟が、我が意が信行さま擁立にあると誤解してしまい、此度の謀反に信行さま方として兵を率いて出たのでございまする。それがしには信長さまに背く意志など毛頭なく、ただただ愚弟の暴走とこれを御しきれなかったこの身の不徳といたすところにございまする」といって、林秀貞は、広間の板の間頭を擦り付け謝る。


「で、あるか。ならば、筆頭家老の職を解く。一、二ヶ月閉門蟄居、致せ。」


「今一つ、申し伝えたき儀がございます」


「なんじゃ、もうしてみよ」信長は、そういうが僅かに言葉に怒気がこもる。


それを知ってか知らずか、我が身可愛さに林秀貞は、弁明を重ねるのだった。


「は、さすれば、弘治二年の五月、那古野城に信長さま信時さまがお二人でいらしたとき、愚弟の通具ら、信長さまを闇討ちにすべしと準備しておりました。それがしには、信長さまが城内に入られた後にことの子細を伝えられたのです。しかし、信定さまから三代に渡ってお仕えしてきた主を闇討ちにするようなことは出来ぬと、愚弟らを説得し思い止まらせたのです。これこそが、それがしが信長さまに叛意無き証にござります」


「で、あるか。林秀貞の申し開き、しかと聞き届けた。閉門蟄居は、取り消す。筆頭家老の職を解くことは変わらぬが、家老の末席にて赤心を以て仕えよ。励めよ」


「ははっ」


信長の自分を許すという言葉に林秀貞は、ほっとしていた。再び清州城の板の間に頭を擦り付け、許しを勝ち取れたことに心底安堵するのであった。だが、林秀貞はその時、自分の主君の顔を見ていない。見ていたら、安堵などとてもできなかっただろう。


その時の信長の表情は能面のように硬く、冷たく、何の感情も無いようにただ半眼で林秀貞を見ていたのだから。他の家臣団はその顔を見て、信長が腹の底では林秀貞のことを全く許していないことを感じ取るのだった。


「以上をもって、此度の謀反のこと、すべて、手打ちといたす。以上じゃ」


信長は広間に集まった家臣団によく通るその声で告げると、母である土田御前を今一度一瞥し、そして広間から足音を立てて去っていくのだった。


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