第68話 大人気?

 「そいやぁ!!!」


 「ぬわ!」


 ジェイドの雄叫びとともに一人の兵士がふっ飛ばされ地面を転がっている。


 「次は俺だ! 手合わせ願う!」


 転がされた兵士など気にせず、また一人兵士が歩み出てジェイドと対峙する。

 なぜこんなことになっているかといえば、多数の騎士や兵士から手合わせの嘆願書が送られてきたことが切欠らしい。

 憎きドラゴンといえど、その実力は折り紙付き。実力主義の帝国の中で、ドラゴンの持つ力は燦然と輝くものだった。そのため、ドラゴンへの憎しみと同等の憧れを持つ騎士や兵士達は少なくはなく、その力に一歩でも近づこうと大勢の騎士や兵士の署名付き嘆願書が皇帝へと送られ、まもなく承認された。

 それからは、決まった時間になるとヴェルドランは訓練場に赴き、人型のまま騎士や兵士と手合わせをしている。今も、ジェイドは腕の表面だけに鱗を生やすという器用な変身で、兵士の真剣をそのまま受けている。人型になっても、あの鱗の強靭さはそのままなようだ。


 訓練を始めて30分もすれば、訓練場には両手では数え切れないほどの兵士達が転がっている。それでも手合わせを望む兵士は尽きることを知らず、また一人、また一人とジェイドに挑んでふっ飛ばされている。

 

 あ、ちなみにジェイドっていうのは、ドラゴンだと味気無いからと言ってが勝手に付けた名前だ。ジェイド自身も、数百年の人生で初めての名だと、悪い気はしていないみたい。



 「ぐあっ!!」


 「次ッ!」


 「はい!」


 ドラゴンに手合わせの嘆願書が行くなら、そのドラゴンを打ち倒した人間にも同様の嘆願書が届くのは必然だろう。


 ドラゴン討伐に参加した精鋭達から話を聞いた騎士達が、俺達へも手合わせを願ってきた。だがリリーは本来回復職ヒーラーだし、俺は銃という手加減が出来ない武器を使う関係上、その役目はアリアに任せることになった。

 アリアも最初はあまり乗り気では無かったが、「会議で舐めた口を聞いた騎士達を思う存分伸してやれるぞ?」というセレーネ皇女の挑発に乗せられて、今やノリノリで騎士達を叩きのめしている。あの時の騎士達は後々ちゃんと態度を改めて謝罪してくれたから、もう気にして無いんだけどな…。


 アリアもジェイド同様真剣を相手に訓練しているが、持っているのは木剣だ。ガルド辺境伯の孫を相手にした時と同じ用に、真剣をうまい具合に往なされた騎士達は、一撃で仕留められ地面に転がっている。



 「お~今日も張り切っとるのうー。今夜は妾のパーティなんじゃから、あまりやり過ぎないで欲しいのう…」


 訓練場の外周で椅子に座ってアリアとジェイドの訓練を眺めていると、後ろからセレーネ皇女――いや、今はもう皇帝か。

 国民へ向けた皇帝の譲位を公布するパレードを終えたセレーネ皇女は、先日ついに戴冠式を終えて正式に皇帝に即位した。戴冠式は帝国貴族しか参加出来ない決まりらしく、俺達は参加出来なかったが、今夜の即位を祝うパーティへは出る予定だ。以前試着したドレスも、完璧に仕上げたと皇城御用達の仕立てが太鼓判を押していた。


 「セレーネ皇女様…あ、皇帝陛下が焚き付けたからでは?」


 「なんじゃ、そんな堅っ苦しい呼び方などせずともよい。妾とお主達の仲じゃ、セレーネと呼ぶことを許す」


 一国の長を呼び捨てはハードルが高いなぁ…。でも断るのも不敬か…?


 「まぁよい。そろそろ支度の時間じゃぞ。部屋に戻っておけ」


 「え、まだ昼過ぎですよ? パーティは夜からですよね?」


 「それだけ支度には時間が掛かるということじゃ。お主達は特にメイド共が張り切っておったからの、覚悟しておいたほうがよいぞ?」


 うげ…。ドレスなんかの女性服は段々と慣れてきたが、今回は化粧までするんだよな…。女の姿になってから化粧なんて一度もしたことないし、男だった時だって当然無い。一度メイド達がお試しでやってみたいと言うので、渋々承諾したが……あれは俺じゃない。決して、俺なんかではない。鏡に写った俺に見惚れていたなんてことも、無い。

 でも、行かなきゃいけないよなぁ…。


 「わかりました…。リリー、そういうわけだから部屋に戻ろうか」


 「そうですね、早くまたスズ様のお化粧姿が見たいですし」


 「化粧なんかしなくてもいいだろ? アリアー! 部屋に戻るぞー!」


 「はい!」「がッ!!」


 アリアが俺に返事をしながら、ノールックで騎士の横っ腹を木剣で打ち込むと、木剣をさっさと捨てて走り寄ってくる。容赦無いな…。


 「部屋に戻ってパーティの支度だそうだ。ドレスや化粧に時間が掛かるから、今から準備しないといけないらしい」


 「そういうことでしたら早く行きましょう! 以前のスズ様のお化粧姿は大変可愛らしかったですから」


 リリーとアリアから期待の目を向けられ、憂鬱な気分のまま俺は部屋に戻ったのだった。

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