第69話 パーティ
「・・・・・・・・」
目の前の鏡に写った俺は綺麗な緑をベースに黒に縁取られたドレスに身を包まれ、顔には控えめだが確かに化粧が施されている。だがその反面、表情は不満そうにこちらを睨みつけている。
これは俺じゃない…これは俺じゃない…これは俺じゃない…
「何をむくれているんですか?スズ様。 とっても可愛らしいのに…」
「いや、なんだ、その、慣れなくてな」
淡い水色と白のグラデーションが綺麗なドレスを着たリリーが、俺の横に立って鏡越しに目を合わせて不思議そうにしている。
俺の着ているドレスはふわりと広がるようなデザインだが、リリーのドレスはシルエットこそ控えめだが、刺繍や装飾が嫌味にならない程度に施されていて、動く度にキラキラと光っている。
元男だから化粧なんて馴染みが無さすぎる。なんて言えないよなぁ…。
「本当にお綺麗ですよ。お試しの時よりも少し控えめに化粧を致しましたが、大正解でした。お二人共素材が大変よろしいので、化粧はあまり必要はありませんでしたね」
化粧を施してくれた侍女さんが褒めそやしてくれるが、やはり胸の中のモヤモヤは消えない。
自分の化粧姿に納得できず頭の中でウンウンと悩んでいると、別室から着替えを終えて出てきたアリアが、俺を一番に見つけ早足で駆け寄ってくる。
「スズ様! なんと可愛らしい…。これは張り切って悪い虫から守らなくてはなりませんね」
アリアの着ているドレスは髪色と同じ赤いドレスだが、俺とリリーと違い体のラインがハッキリ出るようなスラリとしたドレスだ。本人としてはいつものように騎士服で参加したかったようだが、皇て…セレーネからの頼みで仕方なくドレスを着ることになった。
「悪い虫は俺じゃなくてアリアとリリーの方に行きそうだけどな」
「いえいえ、悪い虫というのはそういった嗅覚だけは鋭いのです。油断はなりません。パーティ中はくれぐれも俺達から離れないで下さいね?」
「わ、わかったわかった」
顔を近づけて忠告してきたアリアに気圧され仰け反っていると、部屋にノック音が響き渡った。
「お支度は如何でしょうか? そろそろお時間ですので、入場の準備をお願いいたします」
「お、もうそんな時間か。支度に時間がかかるっていうのは本当だったな」
お呼びがかったので、部屋を出てパーティ会場へ向かう。相変わらずドレスでは歩き慣れていないので、一歩一歩確かめるように歩くしかない。
「いってらっしゃいませ!」
俺達を着飾ってくれた侍女さん達が、小さな拍手をしながら送り出してくれた。
俺達がパーティへ参加するのは、他の参加者よりも少し遅れた時間からだ。セレーネが俺達を大々的にお披露目したいとのことで、セレーネの紹介の
本来入場する際は、エスコートする男性が付くらしいのだが、リリーとアリアがこれに猛反発したので、左右に立った二人が真ん中の俺をエスコートするというなんとも奇妙な入場の仕方に決まってしまった。 まぁ、俺としても知らない男よりも二人が横にいてくれたほうが安心出来るから、有難いんだけどね。
そんなことを考えているうちに、パーティ会場に入るための大きな扉の前まで着いてしまった。
「では、扉が開くまでこちらでお待ち下さい。扉が開きましたら、皇帝陛下の御前まで真っ直ぐ進んで頂ければ、大丈夫ですよ」
入場の仕方は事前の打ち合わせで聞いていたが、ここまで案内してくれた使用人がもう一度説明してくれた。セレーネの前まで歩いた後は、特段頭も下げずに立っているだけでいいらしい。打ち合わせの際にジェイドが「なぜ弱いやつに頭を下げる必要があるんだ。俺を従えてるのはお前じゃなくスズ達だぞ」と口を挟んで、それにセレーネが「それもそうじゃの」と言って採用してしまったのが理由だ。
いや、皇帝の威厳とか大丈夫なのか? 皇帝って総理大臣とか大統領とは少し訳が違うんじゃないのか。
不安になって両隣に立つリリーとアリアに目を向けると、二人は無言で腕を差し出してきた。まぁ、良いと言われたんだから従うしかないか。
覚悟を決めて二人の腕に手を添えると、二人の背筋がピンと立った気がした。
「――――!――――――――!――!」
扉の向こう側は喧騒に包まれているが、その中でも一際大きな声が聞こえてきた。何を言っているのかわからないが、恐らくセレーネの声だろう。
セレーネの声が聞こえたのと同時に、目の前の大きな扉がゆっくりと開かれ、会場内の眩い光に少し目を細める。
数秒して目が慣れると、リリーとアリアが歩き出したので、俺もそれに合わせて歩を進める。床には真っ赤なカーペットが敷かれ、数十メートル先のセレーネや前皇帝が並んで座る玉座に続いていた。玉座のある場所は床よりも数段高くなっていて、座っていてもこちらを見下ろすかたちになっている。
身長差と不慣れなドレスのせいで歩きづらくなるかと思っていたが、二人が上手い具合に歩幅を合わせてくれていて、かなり歩きやすい。
扉が開いて一瞬会場が静まり返ったが、俺達が歩き出すと入場する前の喧騒が帰ってきた。
「女じゃないか…」
「子供までいるぞ。私の娘と同じくらいだ」
「キレイね…」
「本当にあの三人がドラゴン従属の立役者なのか?」
「しっ…、滅多なこと言うものじゃありませんよ」
左右から聞こえる声を気にしないようにしながら歩いて、玉座に座るセレーネの前で立ち止まる。
「では正式に紹介しよう! この三人が、ドラゴンを打ち倒し皇族に脈々と受け継がれていた忌々しい呪いを解いた英雄達じゃ! まずはその英雄達に盛大な拍手を!」
セレーネが拍手を始めると、他の貴族たちも彼女に合わせて拍手を送った。会場はすぐに手拍子の音で満たされ、セレーネが貴族たちを見回し、全員が拍手していることを確認した後、満足げな表情で右手を挙げ、彼らの拍手を静めた。
「よって、その偉業を讃え虹彩竜征章を彼女らに授けることとするのじゃ!」
セレーネがそう言った途端、貴族達がざわざわと小声で話しだした。
「虹彩!? 建国以来何人も授与されていない勲章じゃないか」
「二人ですよ。建国してから虹彩竜征章が授与されたのは、たった二人です」
「成し遂げた偉業からして当然だとも思うが、まさか三人同時授与とは…」
なんだなんだ、勲章授与なんて聞いてないぞ。打ち合わせではこのままパーティで貴族相手に談笑していればいいって言ってたじゃないか。
抗議としてセレーネにアイコンタクトを試みるが、何故かウインクが返ってきた。そうじゃなくてぇ!
予定外のことに軽くパニックに陥っていると、ミンスさんが三つの大きな勲章をベルベット素材で出来た台に載せて運んできた。台に載せたまま恭しく勲章をセレーネに差し出すと、セレーネはそこから一つ勲章を取って俺の胸元に取り付けた。
「びっくりしたじゃろう? 妾からのサプライズプレゼントじゃ」
悪戯っぽく笑うセレーネだが、サプライズプレゼントで済ませていいもんじゃないだろこれは! めちゃくちゃびっくりしたぞ。
その後、リリーとアリアの胸元にも同様に勲章を取り付け「皇家からの感謝の印じゃ。勲章授与を祝して最後にもう一度盛大な拍手じゃ!」というセリフとともに、俺達の貴族への紹介は締めくくられた。
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