第66話 ドラゴンの血

 「お~! さすがのドラゴンに乗れば、街に着くのもすぐじゃの!」


 山からドラゴンに乗って10分もしないうちに、街が見えてきた。だが、遠くに見える街の中は突然現れたドラゴンに大わらわだ。街を囲む壁の上では、大勢の騎士達が行き来し、ドラゴンを迎えるためのバリスタを構えている。


 「む。さすがにこのまま街へ行くのは危険じゃな。おいドラゴン、街の少し前に降りるのじゃ」


 『ふんっ、あんなもの我には効かぬわ』


 「お主じゃなく妾たちが危ないのじゃ! いいから降りるのじゃ!」


 『ぬぅ…』


 ドラゴンは渋々といった様子で徐々に高度を下げ、街から100mほど離れた場所に着地した。


 「ここからは妾達だけで行く、お主はそこで待っておれ。行くぞ、ミンス」


 「ゔぁい…」


 セレーネ皇女と共にミンスさんもドラゴンから降り立った。ミンスさんはここに来るまでの移動ですっかりグロッキーになってしまい、返事するのもやっとの様子だ。


 「スズ様、しっかりと俺に掴まっていて下さいね」


 「あぁ、そっと頼むぞ」


 ドラゴンの背から地上はそれなりの高さがあり、一息に降りるには少し勇気のいる高さだ。アリアはそれを察してか、俺を抱えながら飛び降りることを提案してくれたので、お言葉に甘えている。……そういえば、前もこんなことをやった気がするな。


 俺達がドラゴンから降りたのを確認すると、セレーネ皇女は街の方へ歩き出し、門へ向かって大声を張り上げた。


 「妾じゃ!!! 門を開けるのじゃ!!!」


 ドラゴンの咆哮にも負けない大声がビリビリと響き渡り、しばらくすると門が開かれた。



 「皇女殿下! ご無事でしたか!」


 門を潜ると大勢の騎士達に迎えられた。騎士達は皆ほっとした様子で、セレーネ皇女の無事を心から喜んでいるように感じられた。

 前から思っていたけど、セレーネ皇女は随分騎士達から慕われているんだなぁ。


 「殿下。して、あの街の外のドラゴンは…」


 「フフ。あの帝国に呪いをかけた憎きドラゴンは、今や帝国に従属する存在となったのじゃ! と、いっても期限付きではあるがの」


 セレーネ皇女はそう言って左手の甲を見せると、騎士達から「おお!」と歓声が上がった。


 「妾達はドラゴンへ乗って先に帝都へ戻る。お前たちは他の騎士が山から戻り次第後から帰ってくるのじゃ」


 「はっ、承知しました。どうかお気をつけて」


 「うむ、では行くぞミンス」


 「あ、あの殿下…、私も後から続きますので、先にお戻り頂いて…」


 「何を言うておる。お主がいなかったら誰が報告をするんじゃ」


 呼ばれたミンスさんがおずおずと手を上げてセレーネ皇女に後から戻ることを提案するが、無情にも却下されてしまった。ただでさえ真っ青だったミンスさんの顔は、絶望で真っ白に染まった。

 ご愁傷さまです、ミンスさん。






 「次は帝都まで頼むぞ。かなりの距離があるはずじゃから、飛ばしてくれても構わん」


 再びドラゴンの背に乗り込んだ俺達だったが、今のセレーネ皇女のセリフを聞いたミンスさんは、既にグロッキーだ。口から出てはいけないものが出ている気がする。

 当の俺も、先程よりも速く飛ぶとなっては身構えざるを得ない。本当に落ちかねないぞ。


 「スズ様、俺の後ろに座って下さい」


 アリアが後ろに座るよう言うので、言う通りに座ると、俺を挟むように後ろからリリーが抱き着いてきた。


 「こうやってスズ様を挟めば、落ちる心配はありませんよ」


 確かにこの状態で俺がアリアに抱き着いていれば落ちはしないだろうが、いかんせん後頭部に柔らかい感触がして落ち着かん。まぁ、落ちるよりはマシか…。


 「それでは、出発じゃー!!」


 セレーネ皇女は元気だなぁ。







 今にも後ろへ吹き飛ばされそうな強風を受けながら、飛行すること約2時間。やっとのことで帝都へ到着した。正確には帝都前の門にだが。


 帝都の関所前で山近くの街と同様の一悶着があった後、そのままドラゴンに乗って皇城へ向かうことになった。帝都の上を飛んでいる最中に眼下を見下ろすと、大勢の人達が不安そうにこちらを見つめていた。頭上の光景にパニックを起こしている人もいるようで、家から大荷物を持って出ていく人もちらほらと見かける。



 帝都の上を通り過ぎ、皇城の中にある大きな広場にドラゴンが降りると、皇城の中で控えていたのであろう騎士達がぞろぞろとドラゴンを取り囲んだ。少しだけ遅れて皇帝も姿を現したところで、セレーネ皇女がたまらず呼びかけた。


 「母上! ついにやったのじゃ!」


 「セレーネか!? なぜドラゴンに乗っている!?」


 「妾はドラゴンを従えることに成功したのじゃ! それよりも…っ!」


 言葉の途中でドラゴンの背から勢いよく飛び降りたセレーネ皇女は、皇帝の目の前に見事着地した。


 「これで母上の呪いを解けるのじゃ!」


 「呪いを解くって…、あのドラゴンが心臓をくれるのか?」


 「あのドラゴンが言うには、心臓でなくても血を飲むだけでよいらしいのじゃ」


 「それは、信じられるのか? それに何故そんな嘘をつく必要がある」


 『そう疑わずとも本当のことだ。仮に嘘でも、こいつらに心臓を抉られるだけだからな』


 ドラゴンがそう言いながら首を後ろに回して俺達をジトリと見つめるが、一瞬ビクッとした後にすぐ前を向き直してしまった。






 セレーネ皇女と皇帝の話し合いが終わり、ついにドラゴンから血を採取することになった。ここまで飛ぶためにドラゴンの翼はリリーによって治療済みなので、新たに傷を付けなければいけないのだ。


 城の使用人たちが採取用の大きな瓶をいくつも用意し、撥水加工のしてありそうなシートをドラゴンの側に敷いている。10人ほど白衣を着た人達がいるが、この人達は皇城勤めの研究者で、ドラゴンの血という大変貴重な素材を余す所なく採取し、保存するためにわざわざ出張ってきたらしい。


 「よーし、準備OKじゃ! 斬ってよいぞ!」


 セレーネ皇女の合図を聞いたアリアが、ドラゴンの横っ腹目掛けて剣を振り上げた瞬間、ドラゴンから待ったがかかった。


 『ま、待て待て! 何も腹じゃ無くてもいいだろう! せめて足にしてくれ!』


 「いちいち我儘なやつじゃのう…。アリア、足で頼むのじゃ」


 「はぁ…、わかった」


 『浅く!浅くだぞ! 深くはいくなよ!』


 注射前の子供のようにビビっているドラゴンを無視して、アリアが左の後ろ足にあたる部分を斬りつけると、一旦の間を置いてから傷口からぷしゃりと血が吹き出してきた。

 大慌てで研究者達が傷口に集まり、一滴も零すなと言わんばかりに慌ただしく瓶に血を貯めている。最初の一本が満タンになると、研究者の一人が皇帝に近寄って、恭しく瓶を皇帝に手渡した。


 「これがドラゴンの血か…、あまり人間と変わらないんだな。これを飲めば本当に呪いが解けるんだな?」


 『くどいぞ。飲みたくないのなら飲まなければいいだけの話よ』


 「それもそうか」


 皇帝は意を決したように瓶を口元に当て、グイと傾けた。ドラゴンの血が皇帝の口の中へ吸い込まれるように流れ込み、皇帝の喉が飲み込む度に上下する。


 「ふむ、何ともないが…」


 瓶に入った血を全て飲み干した皇帝だが、身体に何の変化もない様子だ。ここまで来て嘘ってことはないと思うが、効くまでに時間が掛かるのかな?と思っていると、突然セレーネ皇女が皇帝の腕を掴んで凝視している。


 「母上! 薄くなっておる! この忌々しい呪いの模様が少しずつ消えておるのじゃ!」


 皇帝も自身の左腕を確認するために袖を肩まで捲ると、以前見た左腕全体に走っていた黒い蔦のような模様が、確かに薄くなっていた。もはや近くでよく見ないと模様があるのかもわからないくらいだ。


 「やった!やったのじゃ! 良かったのじゃ~!母上~!!」


 母親にかかっていた呪いが消え、安堵したセレーネ皇女が皇帝を抱きしめる。あまりの嬉しさに涙も流しているようだ。


 「全く…、甘えん坊が再発したか?」


 皇帝が優しそうな表情で、セレーネ皇女を落ち着かせるように背中をポンポンと叩いている。




 一先ず、一件落着…かな…?

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