第65話 交渉
突然命乞いを始めたドラゴンに困惑しつつも、何があるかわからないので引き金に指をかけたまま様子を窺う。
「今更命乞いか、だがスズ様に牙を向けた時点で貴様に弁明の余地はない。さっさと心臓を置いていくんだな」
ドラゴンの命乞いに耳を貸す気がないアリアは、剣をスラリと抜いてトドメを刺す準備を始めた。
『そ、そうだ! 呪いの解呪が目的なんだろう!? あれは心臓でなくても我の血で事足りる! 我の血さえ飲ませれば解呪は可能だぞ! だから殺す必要はない!』
ドラゴンの必死の助命嘆願に我慢が出来なかったのか、一人の騎士が憤りを見せた。会議の場で剣術に自信があり、セレーネ皇女の剣術指南も引き受けていたと言っていた騎士だ。
「巫山戯るな! そんな姑息な言い訳が今更通用すると思うか!? お前のせいでどれだけの皇帝や兵士が犠牲になったと思っている!? もういいっ、地上に伏したドラゴンなぞ恐るるに足らん。今すぐその腹を掻っ捌いて、私が歴代皇帝の仇を討つ!」
顔に怒りの表情を張り付けた騎士が、剣を抜きながらスタスタとドラゴンに歩み寄る。ドラゴンの側まで来た騎士は剣を大きく振り上げた後、集中するようにゆっくりと呼吸を整え、振り上げた剣を勢いよくドラゴンへ叩きつけた。
バキンという音が響き渡り、びっくりして思わず目を閉じてしまった。響き渡っていた音が止み、再び静かになってからそっと目を開けると、そこには依然として無傷のドラゴンと、折れた剣を驚愕の表情で見つめる騎士が立っていた。
「なっ…」
『ふん、その程度の人間が作った武器で我の鱗が斬れるか。だが今ので確信したぞ、人間そのものが強くなったわけではないらしいな。お前たち何者だ? よくよく嗅いでみれば、お前たちから人間の匂いがしない』
「俺の許可無くスズ様の匂いを嗅ぐとは…。やはり斬って捨てるのが一番か」
「どこに怒ってるんだアリア…」
「でも、どうするんですか? どうやら帝国の剣ではドラゴンを斬れないみたいですし、いくら私でもずっと押さえつけておくのは無理ですよ?」
「う…」
ただのヤバい魔物だったら普通に殺してるが、ここまで必死に命乞いされると変な情が湧いてしまうな。仕方ない、こうなったら…。
「セレーネ皇女様、決めてくれますか。元はと言えばセレーネ皇女様の願いでここへ来ているわけですし、ここはセレーネ皇女様の判断に任せたいと思います」
困ったら、丸投げだ。実際、言っていることは間違っていないわけだしね。
「ふむ…、そうじゃな…」
俺に無理矢理水を向けられたセレーネ皇女はしばし考え込んだ後、ドラゴンへ疑問を呈した。
「ドラゴンよ、一つ質問じゃ。血で解呪出来るなら、心臓と言ったのは何故じゃ? 最初から血だと言っていれば、そうして命乞いすることも無かったじゃろうに」
『そう言ったほうが、人間も必死になって戦うだろう? 血でいいと言えば、傷つけるだけ傷つけて逃げるかも知れぬからな。我は退屈だったのだよ。数百年を生きる我にとって、強者との戦いは唯一の楽しみだったが、それも強くなればなるほど難しくなる。そんな時、いつも騒がしくしている地が俄に静かになった。気になって探ってみれば、竜の如き英雄がいるというではないか。とんだ期待外れだったがな。後は……、お前たちも知るところだろう』
「強者との戦いならスズ達はうってつけじゃろう。何を思うところがあるのじゃ?」
『こんな一方的な戦いがあるか! 激戦の果てに力尽きるなら本望だが、こうやられたのでは、死んでも死に切れぬわ!』
面倒臭すぎるだろこのドラゴン…。巻き込まれた帝国が可哀想でならないぞ。
「貴様…! そんな自分勝手な理由で皇帝に呪いをかけたのか! 皇女殿下、今なら間に合います。あの者達にトドメを刺してもらいましょう。生かしておく理由がありません」
ドラゴンの動機を聞いて怒りを露わにしたミンスさんが、セレーネ皇女へドラゴンを殺すように説得している。
「まぁ待てミンス。――ドラゴンよ、貴様帝国に従属する気はあるか?」
「こ、皇女殿下、正気ですか!? あのようなドラゴンに慈悲をかけるおつもりですか!」
『ぬはははははは!!! 面白い! 人間に下れとは、随分と分不相応な要求をするではないか』
「妾はどちらでも良いぞ? じゃが、従わぬのなら……」
セレーネ皇女は皆まで言わず、俺達の方に視線を向けて見せる。
『ふん、そう急くでないわ。いいだろう、お前たちの国へ従属することを我の魂に誓う』
「皇女殿下!」
おもむろにドラゴンが目を瞑ると、セレーネ皇女の左手の甲が光りだした。慌てたミンスさんが、セレーネ皇女の左手を掴んで確認する。
こいつ、まさか騙してまた呪いをかける気じゃないだろうな?
『安心しろ、それは呪いではなく誓いの印だ。それがある限り、我はお前たちに縛られることになる。だが、期限はこちらで決めさせてもらったぞ? その印が仕えるのは、こやつらが死ぬまで。我はお前たちではなく、そこの3人に負けたのだからな。真の意味で従わせたいのなら、いつでも歓迎するぞ?』
ドラゴンがセレーネ皇女に向けていた目線を俺達に戻して、ニヤリと大きな口を歪ませる。
こいつ負けたくせに一々言動が偉そうだな…。
「交渉成立じゃな、妾も最初から永久に従わせようとは考えておらんわ。そして早速じゃが初仕事じゃ。街で待っている騎士達へ報告せねばならん。乗せていけ」
「おおーー!!すごいのう!いい眺めじゃ!」
『人間を背中に乗せるのはお前たちが初めてだ。光栄に思えよ』
俺達は今、相変わらず偉そうなドラゴンの背に乗って山近くの街へ戻っているところだ。正確にはセレーネ皇女とミンスさんに、俺達3人だ。身体の大きいドラゴンといえど、9人もの人数を背に乗せるのは無理だったので、他の4人には自力で下山してもらっている。
セレーネ皇女はドラゴンの背に乗れて嬉しいのか、興奮気味に風景を楽しんでいる。だが、当の俺は落ちないようアリアとリリーにしがみつくので精一杯だ。飛行機のように風を遮るものがない吹きさらしのため、俺達を落とそうと風がビュンビュン吹き付けてくる。
アリアとリリーは涼しい顔をしているが、セレーネ皇女と一緒に付いてきたミンスさんは顔を青白くさせて今にも気絶しそうだ。もしかして、高所恐怖症か?
「街に着いたら騎士達はびっくりじゃろうなぁ!! わーっはっはっは!!」
ミンスさんとは正反対に、セレーネ皇女が胸を張って上機嫌で笑っている。この強風の中どうやって背中の上で立ってられるんだよ…。
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