第64話 ドラゴン
「はぁ…はぁ…、思ったよりキツイな…」
「大丈夫ですかスズ様。やはり俺が抱えて登ったほうが…」
アリアが山道に苦戦している俺を気遣うように手を差し伸べてくる。だが、アリアは
どう見たって俺よりも重い格好をしているのに、軽装の俺が甘えるわけにはいかない。
「いや、いい。こんなところで足を引っ張っていられないからな」
頂上に向かうため山をざくざくと進んでいくが、元の世界で登った山のように、登りやすい登山道があるわけでもない山登りは、想像以上に過酷だ。地面には石が転がり、木の根もあちこちから飛び出していて、今にも足を引っ掛けて転びそうだ。そんな道無き道を覚束ない足取りで進んでいれば、空気の読めない魔物まで襲ってくる。
幸い、セレーネ皇女が連れてきた精鋭達で対処してくれているが、「そら見たことか」という視線が痛いほど刺さる。
「あ、左手にまた反応がありますよ」
リリーには、転ばないように登るのが精一杯の俺の代わりに、レーダーを渡して索敵を任せている。リリーもアリアと同様に涼しい顔をして登っているが、一体どうやってるんだ。何かコツでもあるのか?
「もうすぐ頂上じゃ! 気を引き締めるのじゃぞ!」
ひいひい言いながら険しい山道をなんとか一歩一歩進んでいると、先頭の方でセレーネ皇女の大声が聞こえた。疲れて俯いていた顔を反射的に上げた先には、横一文字にすっぱり切れた平らな頂上が見えた。
やっと頂上か…。もうドラゴンと戦う前からヘトヘトなんだが、この状態で戦わなくちゃいけないのか…?
「ぜぇ…ぜぇ…、やっと着いた…やっと…」
ついに頂上へと足を踏み入れ、四つん這いになってなんとか息を整える。頂上はまっ平らな平原が広がっているが、正直風景を楽しむ余裕は全く無い。
「ここにドラゴンがいると文献にはありましたが、まるで見当たりませんね」
騎士の一人が言う通り、頂上の平原は静かなものでドラゴンなどという物騒な生き物がいるようには感じられない。
「まだ何があるかわからぬ。油断は禁「スズ様! 正面から物凄い速さで何かが近づいてきます!」
レーダー役を任せていたリリーが突然大声を上げた。慌ててリリーが言った正面へ四つん這いのまま顔を上げると、確かに黒い点がこっちに向かって飛んできている。
皆目を凝らしてその黒い点を観察していれば、見る見るうちにその形がハッキリしてきた。
「ドラゴン…、ドラゴンじゃ! 皆構えよ!」
セレーネ皇女の掛け声で、騎士達だけじゃなくアリアやリリーも武器を構える。
つい十数秒前まで黒い点だった物が、今では巨大なドラゴンだと認識出来るほどに大きくなっていることから、その速さが窺える。
「速度が落ちない…? まさか、このまま突っ込んでくる気か!?」
「回避行動を取るのじゃ! あの速さでは進路を変えるのも難しいはずじゃ!」
セレーネ皇女や騎士達がドラゴンの正面から外れ、左右に分かれていく。確かに、このままならあのドラゴンの突進を受けるのは必至だろう。なら…
「はぁー…ふぅー。 アリア、いけるか?」
「問題ありません」
立ち上がって深呼吸した俺の問いに、アリアは自信たっぷりの表情で応えてくれた。
「何をしておる! 早くこっちへ来るんじゃ!」
セレーネ皇女の忠告を無視して、二丁拳銃に入った弾倉を確認する。アリアは俺の前に立って、カイトシールドをしっかりと構えた。リリーは俺の後ろにいて見えないが、バフの準備だろう。
『うはははははは!!!! 敢えて受けるか人間!!! 面白い!!! 我にその力を見せて見ろ!!!』
ドラゴンが歓喜の声を上げながら、先頭にいるアリアに向かって突っ込んでくる。正面衝突するまであと数秒も無い、ドラゴンの風を切る音がここまで聞こえてくる。
「来るぞアリア!!」
「“シールドバッシュ”ッ!!!」
アリアとドラゴンが衝突した瞬間、鉄同士がぶつかりあったような音とともに、衝撃波が両者を中心として放たれる。だが、当の両者は衝突した位置から一歩も引かずに押し合っている。
いけるか!?
「ぐ、ぐ…、はぁぁぁッッッ!!」
『なッ!?』
勝負に勝ったのはアリアだった。アリアによって空中に弾き飛ばされたドラゴンは、平原を転がっている。
「フンッ…、図体がデカい割に随分と軽いな」
平原を転がったドラゴンは、重々しく一度姿勢を整えてから軽く首を振ると、首を上に向けた。
『――――――――――――――――ッッッ!!!!』
「うわっ!!?」
突然ドラゴンの咆哮が平原中に響き渡り、思わず耳を塞ぐ。なんだこの音!? 鼓膜が破けるどころか頭がかち割れそうだぞ!?
そのあまりの爆音に、鼓膜だけじゃなく地面まで揺れているような感覚だ。セレーネ皇女達は立っていられないようで、膝を付いている。
『良い!! 良いぞ人間!!! よくぞここまで鍛え上げた!!! ならばこれはどうだ!!!?』
ドラゴンは空中へ勢いよく飛び上がって、口をがばりと大きく開けると、口の中に小さな黄色い球体が現れた。その球体は徐々に大きくなり、あっという間に口の直径と同程度の大きさになった。
「あれは恐らくドラゴンブレスじゃ!! まともに食らえば一溜まりもないぞ!!」
ドラゴンの咆哮でダウンしていたセレーネ皇女が、俺達に向かってあの球体の正体を教えてくれたが、対策を講じる暇もなく光線は放たれてしまった。
「“
リリーが咄嗟に魔法を使うと、俺達の頭上に六角形の鏡が現れ、
『我のブレスを反射したのか!?』
ドラゴンは反射された自身のブレスに驚愕しているのか、目を見開いている。その隙を、リリーは見逃さなかった。
「“バインド”!」
『なにっ!?』
いくつもの巨大な光る輪っかが、ドラゴンを締め付けるように拘束する。
よし、動きが止まっている今なら問題なく狙える。心臓が必要だと言っていたから、胴体を撃つのはマズイかもしれない。なら、まずは狙いやすい翼を狙って飛べなくしてやろう。
リリーが作ってくれたチャンスを逃すまいと、二丁拳銃でドラゴンの翼を狙って撃ちまくる。弾薬が勿体ない気もするが、討伐が失敗するよりずっとマシだ。
『こんなものォ!!』
俺の撃った銃弾がドラゴンに着弾する寸前で、ドラゴンが輪っかを引きちぎって拘束を解いてしまった。そのままドラゴンは銃弾を避けるように身を翻して回避行動を取るが、全ての弾を避けることは出来なかったようで左翼に数発ほど着弾させることに成功した。
撃ち抜かれ左翼にいくつもの風穴を空けたドラゴンは、浮力を失ったようにフラフラと地上へ落ちてきた。
『やるじゃないか人間。だが我はまだ動けるぞ!!』
「“グラビティ”!!」
『へぶっ!?』
フラフラと俺達の目の前に落ちてきたドラゴンが腕を振り上げた瞬間、リリーがもう一度魔法を唱えた。この魔法は地上にいる敵を地面に張り付けにする魔法だが、射程が短いのが欠点で使用頻度はあまり高くない。それでも、この距離なら問題なく届く射程だ。
リリーの魔法によって地面に伏しているドラゴンに、弾倉を取り替えた二丁拳銃をドラゴンの頭に突きつける。
「“
弾倉に入っている全ての弾薬を消費して一撃の威力を高めるスキルを使い、後は引き金を引くだけという時になって、ドラゴンが突然喚き出した。
『待った!待った待った!! ちょっと待ってくれ! こんなのってあるか! 折角強いヤツに会えたっていうのに、こんな終わりか! いや待って、ホントに待って! 待って下さい!』
なんだ…?こいつ…?
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