第60話 知恵熱

 「うーーー……」


 「申し訳ありませんスズ様っ、俺達が居ながらスズ様にご心労をかける結果に…。不甲斐ありません」


 「気にしないでいい…。そもそも、お前たちのせいなんかじゃない。俺が決断したことだ」


 俺は今、知恵熱を出して寝込んでいる。昨日の出来事は、予想以上に体に堪えたようだ。

 アリアとリリーは、俺が人を手にかけてしまったことを自分たちの責任だと思っているらしく、ベッドの側で俯いている。だが、あの状況で弓の射手を狙えるのは俺だけだった。アリアは近接クラスで、馬車の中にいる俺を守っていた。リリーは攻撃魔法を扱えるものの、あの状況で使えば味方や馬車を巻き込む形になってしまう。

 うん。何度思い出そうが、あの状況で射手を狙えるのは、確かに俺だけだった。アリアとリリーに非はない。そう確信を持って言える。


 「それに、ただの知恵熱だ。一日も休めば良くなるだろ」


 「ですが……」


 リリーはそれでも納得がいかないようで、俺の顔を心配そうに覗いてくる。

 俺が朝起きて熱を出したことに気づいたリリーは、自身の持つ最上級の回復魔法を俺に使ってきたが、熱は下がらなかった。負傷した人間を瞬く間に治す回復魔法でも、原因のわからない熱を引かせることは出来ないようだ。

 回復魔法が効かないことがわかったリリーは、「スズ様が死んでしまう!」と激しく取り乱してしまった。あんなリリーを見たのは、森で初めて目を覚ました時以来だ。

 その後なんとか宥めて大人しくはなったものの、俺の手を握ったままベッドの側から離れたがらない。




 アリアとリリーに看病されつつ熱にうなされていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 リリーは動く気はないようで、アリアが代わりに訪問者へ応対しに行くようだ。


 「誰だ」

 アリアがドアを少しだけ開けて、外にいる訪問者へ誰何する。


 「冒険者ギルドと商業ギルドの者です。昨日の野盗の件でお話を伺いたく…」


 「悪いが今はそれどころではない。それに、野盗の事なら俺達以外にもっと人がいるだろう」


 「それは、そうなのですが…」


 「なら話は終わりだ。帰ってくれ」


 強引に話を終わらせたアリアが、わずかに開けていたドアを閉めた。

 聞こえてきた会話からすると、野盗が襲ってきた件についての事情聴取のようなものだろう。

 今泊まっている部屋は、唯一アバタールームへ行き来できる俺が気を失うように眠ってしまったため、ハオさんがよく休めるようにと商業ギルドに掛け合って取ってくれた部屋らしい。なんでも、この街一番のホテルなんだとか。

 そういった借りもあるし、熱が引いたら事情聴取くらい受けてあげないとな…。

 それと、冒険者ギルドからも人が来ていたっぽいが、何の用だろうか?


 考えても仕方ないか。もう一眠りして、休むことに集中しよう。









 「うんっ。もう大丈夫だな」


 ギルドから訪問があった翌日の朝、起床した俺はすっかり熱が引いたことを感じていた。軽く伸びをしたりして体を動かしてみるが、何の問題も無さそうだ。


 「本当にもう良いのですか? 無理をされているのでは…」


 リリーはまだ俺の体調が心配なのか、俺の額に手を当てて本当に熱が引いているか確認する。


 「本当だよ。ほらこの通り」


 「ああ…よかった…」


 いつもは強く抱きしめてくるリリーだが、今回ばかりは俺の体に気を使ってなのか優しく抱きしめてきた。


 「心配かけたな」


 軽く抱き返してから、リリーの背中をポンポンと叩いて落ち着かせる。抱き返して気付いたが、少しだけリリーの体が震えている。そこまで心配だったのか…。でも、心配してくれる人がいるってのは良いもんだな。


 「あ、あの、スズ様…私も…」


 アリアが俺の肩をちょいちょいと突いて催促してきたので、リリーから体を離してから、両腕を広げて迎え入れる。

 アリアもリリーと同様に、優しく抱きしめてきた。


 「心配致しました…。もう金輪際、スズ様にこのような思いはさせません…」


 相変わらず重たい言葉を吐いてくるが、俺としてはもっと甘えて欲しいくらいだ。ベッドで身体をまさぐるのは、やめて欲しいけど…。






 すっかり快復した俺は、商業ギルドに向かうことにした。昨日訪問してきた件も気になるしな。

 商業ギルドに入ると、ハオさんとばったり再会してしまった。


 「おや、体はもう大丈夫なのですかな?」


 「ハオさん。はい、すっかり元気になりましたよ。ホテルの件はありがとうございました」


 「いえいえ、むしろ礼を言わなければならないのは、こちらの方ですよ。冒険者達も甚く感謝していましたしね。それで、今日はどのような用事でギルドへ来られたんですかな?」


 「昨日、冒険者ギルドと商業ギルドから訪問があったんですが、体調が優れなくて追い返してしまったんです。なので、改めてこちらから伺おうかと」


 「ギルドが? ふむ…、そうですな。それに関しては私の方でなんとかしておきましょう。きっと、野盗討伐の協力でも仰ぎたいのでしょう。これ以上お手を煩わせるわけにはいきませんからね」


 野盗討伐の協力ってことは、また人を殺めることになるだろう。あの時は必要に駆られてやってしまったが、出来ることなら避けて通りたい道だ。ハオさんが代わりに断ってくれるなら有り難い。


 俺が再度お礼を言うと、ハオさんはゆっくりと首を振った。


 「いいんですよ。そもそも協力などしなくても、生け捕りにした野盗から得た情報を使って、領主が騎士隊を編成して討伐に向かうでしょう。領主としても今まで手をこまねいていた分、ここできっちり野盗を一掃して実力を見せつけないといけませんからな」


 帝国の実力主義らしく、領主もしっかりと領民に実力を見せつける必要があるんだなぁ。

 でも、捕縛ではなく討伐か。まるで魔物扱いだな。いや、知恵が回る分魔物よりも厄介かもしれないな。今回の襲撃も、人間じゃなくゴブリン相手だったら、もっと楽に戦えていただろう。


 「ドロップアウトした者達による野盗化という負の側面もありますが、こういった問題に領主や国が迅速に対応してくれるという良い面もあるのが実力主義なのですよ。まぁ、野盗騒ぎに巻き込まれる側からしたら、堪ったものではありませんがね?」


 そう言うと、ハオさんは冗談っぽくニヤリと笑った。


 「そんなことより、スズさん達はもう街を出られるのですかな? 旅をしていると聞きましたが」


 「大事をとって今日一日休んだら、明日には発とうと思います。もしかして、次の街でも野盗が出たりするんですか…?」


 ハオさんが突然話を変えて聞いてきたので、思わず嫌な予想をしてしまった。


 俺の予想を聞いたハオさんは、顔の前で手を振ってそれを否定した。


 「いえいえ、違いますよ。そんなに野盗が出ていたら、命がいくつあっても足りませんからな。明日発つというなら今渡しておいた方が良さそうですな」


 ハオさんが懐からカード状の何かを取り出して、俺に差し出した。


 「実は私、これでもそれなりに手広く商売をしておりましてな。私の経営する店でこれを見せて頂ければ、最上の対応を致しますよ。街でロンフェンの名を見かけたら、是非立ち寄ってみてくれますかな」


 差し出されたカードを受け取ってよく見てみると、カードの中心に紋章か家紋のようなものが刻まれている。ガルド辺境伯にもらったエンブレムみたいなものだろうか?

 今まで店に立ち寄ることはあまり無かったが、見かけたら一度入ってみてもいいかもな。








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 饒舌ハオさん

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