第59話 殺し

 馬車の外では、冒険者と野盗が戦っている。冒険者と野盗の装備の差は歴然で、誰もが使い古したような武器や防具を身に着けている。一部真新しい装備を使っている野盗もいるが、恐らく略奪した物なのだろう。装備の差があるからか、冒険者側が若干優勢だ。

 斬り伏せられた血だらけの野盗があちこちに倒れているのが見えて、思わず目を逸らしてしまう。


 う……、何気にこの世界に来て初めて、いや、元いた世界も含めて人の死を見たかもしれない。


 アリアは襲ってくる野盗の撃退、リリーは魔法で馬車の中にいる俺を守りつつ、回復魔法で周囲の冒険者を回復している。


 「があっ!!」


 少し離れたところにいる冒険者が、肩を矢で射られて苦悶の表情を見せている。その一本の矢を皮切りに、左右の森の影から続々と矢が飛んできて、冒険者が射られていく。幸い、俺達の周囲にはリリーの魔法によって矢が無効化されているので被害は無いが、離れた場所にいる冒険者達には魔法が届かない。

 この矢がきっかけになって、一気に野盗側へ風向きが変わってしまった。


 「そろそろ落ちるぞ!!」

 「殺れ殺れ殺れ!!!!」

 「女は殺すなよ!!」


 レーダーを見ると、戦っている野盗の少し後ろに、いくつも赤点が見える。恐らくこの位置にいる野盗が矢を射ってきているのだろう。


 アリアとリリーは俺がいるせいでこの場を離れられない。他の冒険者も、戦闘で手一杯だろう。それに、森の影から射られているせいで、射手本人を視認しづらい。正確に射手を補足できるのは、この商隊の中で俺一人。


 やるしかないか…。このままだと、俺達は大丈夫かもしれないが冒険者が持たないだろう。そうなれば商人達も危ない。

 アリアが守っている左側は、まだ余裕がありそうだ。ならまずはリリーのいる右側からだな…。


 「リリー、矢を射ってきているやつを仕留める。その間周辺の冒険者にバフをかけて持たせてくれ」

 「スズ様、それは…」

 「いい、やるしかないんだ」

 「わかりました」


 馬車の窓を開け、DMRのスコープを覗く。レーダーは上下方向を表してくれないが、矢の軌道を見れば上か下かはわかる。レーダーの赤点が示す方向と上下を合わせれば…、見えた。防具は突撃してきたグループにだけ渡されていたのか、かなり軽装の男が木の上に座っている。


 既にスコープの中心には捉えている、後は引き金を引くだけ。――――ゆっくりと深呼吸をして引き金を引くと、銃声と共に赤い銃弾が発射され、銃弾は見事に男の胸元へ命中して3cmばかりの風穴を空けた。

 撃たれた男は、力なく後ろに倒れ込んで木の上から落ちて、やがて藪に隠れて見えなくなった。


 やってしまった。明らかな正当防衛だし、この世界では許された行為なのだろう。だが、ゴブリンやオークを撃った時とはまるで違う感覚が、心をささくれ立たせる。

 それでも、まだ続けなくちゃならない。俺はレーダーをもう一度確認して、今だ矢を射ってくる射手を照準に捉えた。








 「終わった…か…?」


 森の影に隠れている射手を撃っているうちに、段々と風向きがこちらに戻ってきた。左側にいる射手を倒し終わって右側へ移る頃には、地上戦は冒険者側が圧倒していた。矢が飛んでこなくなったことと、リリーのバフのおかげで戦闘に余裕が出来たためだろう。

 右側にいた射手は、最初レーダーで確認した数よりも少なくなっていたので、他の冒険者が倒したか、不利を見て逃げ出したかだ。

 そして思い返してみれば、俺を商隊の中団に入れてくれたのは、不幸中の幸いだった。これがもし前後どちらかだったら、反対側へ射線が通らず、商人か冒険者に犠牲が出ていたかもしれない。


 「スズ様、ご無事ですか」

 アリアが馬車の中に入ってきて、俺の様子を心配そうに窺う。


 「大丈夫だ。でも少し疲れたな」

 「ならしばらく休んでいましょう。前の方では馬車が壊されていましたし、どうやらこの襲撃の後始末に時間が掛かるようです」


 やっぱり、最初に聞いたあの音は馬車が壊れる音だったか。


 「そうか…、なら少し休んでいようかな…」


 アリアにそう伝えたのを最後に、俺は意識を手放した。



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 「スズ様は?」


 遅れて馬車に顔を出したリリーが、アリアにスズの様子を聞く。


 「今は眠っている。精神的に相当堪えたようだ」


 スズを膝枕したアリアが、小声で答えた。


 「お労しい…。私も出来る限り側に居たいですが、負傷した者の治療へ行ってきます。スズ様ならそう命令されるでしょうから。その間は頼みましたよ」

 「任せろ。もう一度襲撃してきても問題ない」


 リリーとしてはこのままスズの側に侍っていたいが、負傷者が残っていると知れば、眠れる主人は治療を命ずるはず。それにアリアならば、本当にもう一度襲撃してきても無傷でスズを守れるだろう。リリーはスズの頬を軽く撫でた後、名残惜しそうに負傷者のいる場所へ向かっていった。



 2時間ほど経つと、負傷者の治療を終えたリリーが、一人の男を伴ってスズとアリアのもとへ帰ってきた。この商隊のリーダーであるハオだ。


 「いや、この度は本当に助かりました。ここまでの集団で動けば襲われないか、対処出来るかと思っていましたが、むしろ小回りの悪さを逆手に取られるとは…」


 ハオがリリーとアリアに感謝の言葉を述べるが、窓から顔を見せたアリアが顔を顰めた。


 「声を抑えろ。スズ様は今疲労でお眠りになっている」


 アリアの言葉でハオがはっとする。先程の襲撃で一騎当千の活躍を見せた三者だったが、考えてみれば一人は幼い少女だ。ハオの持つ店で働く小間使いと大して変わらない年齢であろう少女が、この状況でまともでいられるはずが無かった。

 ハオは深く頭を下げて、自分の至らなさを謝罪した。


 「これは失礼を。冷静さを欠いていましたな、私らしくもない。改めて感謝を。私達だけでは、あの野盗達にやられていたでしょうね。そして一部の野盗の生け捕り、さらには冒険者や商人の治療まで。本当に頭が上がりませんな。もうすぐ出発となりますが、街に着いたら宿は私が手配致しますので、ご安心くだされ」


 ハオはそう言うと先頭の方向へ戻っていった。




 「俺は御者席に戻る。名残惜しいが、代わってくれ」

 「ええ、有難く代わらせてもらいますね」


 ハオから出発が近いと聞いたアリアは、リリーに膝枕の役目を渡して御者席に戻る。しばらくすると前の方から馬車が動き出し、アリアもゆっくりと馬車を進めた。




 街へ到着するまでの長い道のりの間、従者の二人は己の不覚を噛み締めていた。

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