帝国への道中

第49話 怪しい男

 「スズ様、朝ですよー。起きてください」

 「んあ…?」


 王都を発って3日ほど馬車を走らせた俺達は、比較的大きな村に泊まっている。この村は、街と街を結ぶいわば中継地点のような場所で、行商人や冒険者が馬を休憩させる場所としてよく利用しているらしい。

 王都から離れれば離れるほど、街と街の距離が長くなっていってしまうそうで、港町へはこういった村と街を中継しながら向かうことになる。


 なぜそんなことを知っているかといえば、王都の冒険者ギルドで換金を行った際に、ランセスさんが「国全体を写した地図は渡せないけど、王都から港町へ向かう地図くらいなら描いてあげるよ」と簡単な地図を描いてくれたのだ。


 「起きないと悪戯しちゃいますよ~」

 「今起きるから待て…」


 リリーが顔を間近まで近付けてくるのを、ぱっちりと眼を開けて抗議する。


 「朝食を食べたら出発しようか、この村にはあんまり見る場所が無いからな」


 この村は中継地点というだけあってそれなりに栄えてはいるが、所詮は村なので村人達の生活色が強く、観光するような物は無いに等しい。港町へはまだ半分も進んでいないので、さっさと先に進みたいところだ。


 「そうですね。アリア、起きなさい。いつまでスズ様に張り付いているつもりですか」


 今、俺はアリアに抱き枕にされている。

 御者を務められるのがアリアしかいないため、一人馬車の外にいることが多いアリアがついに拗ねてしまい、なんとか宥めることに成功はしたのだが、寝ている間は俺のことを独り占め出来るという謎の権利を要求されてしまったのだ。


 3人で朝食を食べ終えた後は、やけに艶が増したアリアに御者を任せ、次の村へ馬車を進めた。


 移動中は時折ゴブリンなどの魔物が顔を出してくるが、少数なら俺が窓から銃撃、それなりに多数ならば一度馬車を停めて対処すれば、問題なく移動を続けることが出来た。



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 さらに街と村を交互に経由しながら約4日程が経ち、ついに大きな街を一つ越えれば、目的地である港町へ到着するという時のことだった。


 「スズ様、またあの馬車です」


 御者席に座る前のアリアが、軽く後方を確認しながら耳打ちしてきたので、俺もアリアの視線の先を追う。そこには、慌ただしく馬と馬車を繋ぐ一人の若い男がいた。どうやら彼は商人のようで、馬車にはそれなりの量を積んでいることが外からでもわかる。


 実はここ3日の間、何故かあの男の乗る馬車が俺達の後ろを付けてきている。

 最初は勘違いか、ただの偶然だろうと思っていたが、泊まる宿、出発する時間、道順など、偶然で片付けるには無理があるだろうと、俺達を狙って付いてきていると結論付けたのだ。

 実際、今も馬と馬車を繋げ終わったのにも関わらず、出発せずに俺達の動向をチラチラと窺っている。


 「どうしますか?」

 「う~ん…、今のところ何かしてくるってわけでもないし、このまま進もう。下手に揉めて足止めされるのも癪だしな」

 「わかりました。ですが、いざとなれば…」

 「心配は無いと思うが、その時は頼む」


 移動中は頻繁にレーダーを確認するようにしているが、敵対を意味する赤色になったことは一度もない。だからといって、警戒をするに越したことは無いだろう。

 それに、次に向かう街ではしばらく休むつもりだ。ここまで強行軍だったこともあり、一度しっかり休んでから港町を楽しみたいからな。その間に、後ろを付けてきているやつも痺れを切らして離れていくだろう。



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 「スズ様…」

 「わかってる。みなまで言うな」


 2日間たっぷりと休んだ俺達は、港町への期待を膨らませながら進――もうとしたのだが、例の男が依然として、俺達の出発を今か今かと待っているのを目撃してしまっていた。

 泊まっていた宿で男の顔を見かけた時から嫌な予感はしていたが、まさかここまで徹底して付いてくるとは思ってもいなかった。一体何が目的なんだ? 尾行するにしたって、あからさま過ぎるだろう。


 「さすがに面倒事を港町に持ち込みたくない。何が目的か聞くくらいはしよう」


 この長い道のりを進んでやっと港町へ観光するって時に、モヤモヤを抱えたまま観光をするのは御免だ。あの男に聞きただすくらいのことはしておきたい。



 「おい、貴様!」

 馬車の御者席に座っている男へ近付いて、アリアが威圧する。


 「な、なんですか。私になにか用で?」


 やはりやましいことがあるのか、アリアが声をかけた途端に冷や汗をかきはじめた。


 「ここ数日俺達を付けてきているだろう、何が目的だ」

 「つ、付けている? そ、そんなことはありませんよ。たまたま道が同じになっただけでは? 言いがかりも勘弁して欲しいですね」


 さすがに、後ろを付いてきているという主張だけでは弱いか? だからといって、こちらとしても問題は解決しておきたい。どうしたもんか…。


 「なるほど、あくまで白を切るつもりか。ならば、こちらにも考えがある」


 アリアはそう言うと、男を睨みつけながら剣に手をかけて脅し始めた。

 ちょっ、いくらなんでもやり過ぎだ! こんな真っ昼間の街中で剣なんか抜いたら大騒ぎになるぞ!


 「まっ、待ってください! わかりました!わかりましたから!」


 アリアの脅しが効いたのか、男は両手を上げながら御者席から降りてきた。

 ほっ…、よかった…。問題が解決するどころか、さらに大事になるところだった…。


 観念した男は、一度腰を落ち着けて話したいと近くにある食事処へ行くことを提案してきたので、そこで詳しい話を聞くことにした。



 どうやらアリアも本気で斬るつもりは無かったようで、食事処へ向かう最中に「あんな者を斬る剣は持っていませんよ」と言われてしまった。

 でも、それって斬っていいやつだったら、斬ってたってこと…?

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