第50話 港町シーアン

 食事処のテーブル席に、神妙な態度で席に着いた男は、俺達に事情を話し始めた。


 「実は、父にシーアンから王都への仕入れと販売を頼まれたんですが、お金が尽きてしまって、護衛を雇うお金がないんです。そこで、護衛無しで王都から帰っている途中に、貴方がたの馬車の後を通ると魔物たちがいないことに気付きまして、利用させてもらおうと……」


 シーアンというのは、俺達がこれから向かう港町の名前だ。そこから王都への仕入れを任されてるってことは、それなりにお金を持たされているような気もするが…。


 「積んでいる商品をいくつか売れば、護衛を雇うお金くらい作れるのでは?」

 「それは出来ません! 仕入れた物は全て予約済みなので、一つも欠かせないんです」


 なら、どうしてお金が尽きることになるんだ? 王都からここまで護衛も無しで移動するなんて無謀にも程がある。出発時に護衛を雇うお金を渡されていなかったのか?

 俺が怪訝な表情を浮かべているのを察してか、男が話を続ける。


 「販売も任されていたと言いましたが、売値は私が決めていたんです。父からは、商品の売上から経費を出して、残った利益次第では後を継がせることも考えると言われていたんですが…」

 「売上を全て使い果たしてしまったと」

 「はい…」


 帰ってくるまでに利益どころか赤字まで出してるんじゃ、商人に向いて無さすぎるな…。


 俺が半ば呆れていると、男は立ち上がりテーブルにぶつける勢いで頭を下げてきた。


 「お願いします! 迷惑はかけませんので、シーアンまで連れて行ってはくれませんか! 後ろを走らせてくれるだけでいいんです。シーアンに帰ったら、父に事情を説明して、謝礼もお支払い致します」


 腕を組みながら、俺の両側に座るアリアとリリーに、顔を向けて確認する。

 はぁ…。まぁ今までと同じように移動をするだけだし、別にいいか…。


 「わかりました。後ろから付いてくるだけなら、いいでしょう」

 「本当ですか!? ありがとうございます。 申し遅れましたが、イーサンと言います。シーアンまでお世話になります」


 なんやかんやあったが、俺達は後ろにイーサンさんを連れながら、シーアンへの道を進むことになった。









 「スズ様、海が見えてきましたよ」


 アリアが御者側に付いている小窓を開けて、右側を指さしている。アリアの言葉に思わず右を向くと、草原の先に大海原が広がっているのが見えた。


 「おおっ!」


 海面が日差しに照らされて、一面キラキラと輝いている海をもっとよく見ようと窓を開けると、少しだけ潮の匂いが馬車の中へ入ってきたような気がした。

 この世界でも、ちゃんと海は綺麗なオーシャンブルーなんだなぁ。泳げる場所もあるのかな、港町だからそういうのは無いかな?





 シーアンには、海が見え始めてから30分も経たずに到着した。シーアンは港町というだけあって交易が盛んらしく、平民用の門には商人達の馬車が列をなしている。

 列に並んでしまうとかなりの時間を取られそうだったので、ガルド辺境伯からもらったエンブレムを使って貴族用の門から町に入ることにした。


 それを見ていたイーサンさんに、貴族だと勘違いされ一悶着あったが、無事に港町シーアンへ入ることが出来た。

 町へ入ると、イーサンさんが父の商会へ案内するというので、イーサンさんの馬車に付いて町の中を進んでいく。


 「あの店です」とイーサンさんが教えてくれた店には、様々な魚が吊り下げられ、貝類なども並んでいた。店先には、ねじり鉢巻にスーツというアンバランスな格好をした男性が、客の対応をしている。イーサンさんが言うには、あれが父親だそうだ。


 ねじり鉢巻きって、こっちの世界にもあるのか…。でも、なんでスーツ…?







 「こンの、バカモンがっ!!! タダ乗りなんぞして、商人として恥ずかしくないのか!!!」


 商会へ着いて、イーサンさんが店先に出ていた父親に事情を話した瞬間、町中に怒号が響き渡った。


 父親は、イーサンさんに激しく怒鳴り散らして一通り叱った後、深呼吸をしてこちらに向き直った。


 「本当にすんません、こいつにはよく言って聞かせます。近い内に後を継がせようと思っていたんですが、まだまだ早かったようです。今、部下が謝礼を持って来ます。それと、この町で何か欲しい物があればなんでも言ってください。サービスさせて貰います。私の名前カルロを出して貰えれば、部下に対応させますので」


 

 イーサンさんの父親――カルロさんが、イーサンさんの頭をグイグイと押さえつけながら頭を下げていると、店の中から部下がパンパンに膨れた革袋を持ってきた。


 「受け取ってください。これはほんの気持ちです」


 渡された革袋の中を覗くと、全てが金貨なわけではなかったが、かなりの金額が入っていた。

 護衛の代金にしても、これは貰い過ぎじゃないか…?


 「あの、いいんですか? こんなに…」

 「いや、むしろ少なすぎて申し訳ないくらいです。息子を無事に送り届けてくれたこともそうですが、運ばれた商品に傷が一つも無いというのが大きい。普通は魔物にやられていくつかの商品に傷がついたり、欠品が出るものなんです。それに比べれば、この程度の謝礼は安いものです」


 魔物の襲撃から商品を守りつつ、長い距離移動することを考えると、確かに難易度が高い気がする。ゲーム内でも、そういった護衛クエストは人気が無かったしな…。


 一先ず納得して謝礼を受け取った後、いい宿はないかカルロさんに聞くと、海鳥の城というホテルがこの町で一番だと言っていた。ホテルへの伝手が無いことをカルロさんが悔しがっていたが、この町で鮮魚類を買う時はここにしますよと言うと、一転して安心した表情を見せた。




 店から離れて、カルロさんが教えてくれた海鳥の城というホテルへ馬車で向かっている。カルロさんによると、文字通り大きい城のような外観をしているからすぐわかると言っていたが…。


 「スズ様、アレではないですか?」


 リリーが何か見つけたらしく、窓の外へ指をさしている。指の先を追うように視線を遠くに向けると、確かに城の先っぽだけが建物に隠れてニョキっと生えているのが見えた。








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 「イーサンさん」が読みづらいのは作者も思ってます。

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