第48話 王都出立

 「長い間お世話になりました。また会えるかわからないので、ガルド辺境伯へも伝えておいてくれますか」


 見送りに出てきてくれたリチャードさんやクレアさんに頭を下げる。

 気付けば王都に一週間以上滞在している間、この屋敷にお世話になりっぱなしだったな。

 本当ならガルド辺境伯にもお礼を言いたかったが、これから向かう港町とは真逆の方向になってしまうので、断念した。


 「確かに伝えておくわね。でも、もう行っちゃうの?もっと居てくれても良かったのに」

 「これでやっと静かになりそうだ」

 「すみません…」

 「ふふ、照れちゃって。大丈夫よ、本当に嫌だったらこんなに世話なんて焼かないんだから。なんだかんだ言って似た者親子なのよ」


 リチャードさんの顔をふと見てみると、少しだけ赤くなっている気がする。


 「んんっ! いつまでもここで立ち話していても仕方ないだろう。それと、アリシア侯爵令嬢宛の手紙はこちらで出しておくから、安心して出立するといい」

 「はい、ありがとうございます。では、行ってきます」


 アリシアにも最後に挨拶をしに行きたかったのだが、アポ無しでの訪問は原則出来ないとのことだったので、仕方なく手紙を書くことにしたのだ。

 先に乗り込んでいたリリーに手を貸してもらって、馬車に乗る。俺が乗り込んだのを確認したアリアが馬車を走らせると、クレアさんやマーサさんが手を振ってくれていたのが見えたので、俺からも振り返した。





 王都の中をしばらく進み、俺達が入ってきた門とは逆方向にある門を潜る。

 馬車が進むにつれ、段々と王都が小さく遠ざかっていくのを眺めていたら、リリーが体を寄せてきた。


 「寂しくはありませんか? スズ様」

 「寂しいのは確かだけど…、お前たちがいるしな」


 王都から離れれば、これまで知り合ってきた人達とまた再会出来るのはずっと先のことになる。それは寂しいが、何も独りになるわけじゃない。3人一緒にいれば、寂しさとは無縁だろう。


 俺の言葉が嬉しかったのか、リリーがさらに体を寄せて頬ずりしてきた。


 「そうですね、スズ様」

 「頬ずりするな、暑苦しい!」

 「もぉ~、照れなくてもよろしいんですよ」


 張り付いてくるリリーを引き剥がしていると、御者をしているアリアが小窓からこちらを恨めしそうに覗き込んでいるのに気付いた。


 「俺抜きで楽しそうですね、スズ様」

 「そんなことより前を見ろ、前!」


 後ろを向いたまま御者をしているアリアにヒヤリとしたが、注意すると渋々前を向いてくれた。


 2人とも、本当に遠慮が無くなったよな…。以前よりも距離が縮んでいるのは嬉しいんだが、疲労感は前よりも増している気がする…。




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 アリシアが学園の授業を終えて、寮にある自室へ帰っている時のこと。


 「あっ、アリシアさん。手紙が届いていたので、お渡ししておきますね」


 廊下を忙しそうに早足で歩いている女子寮の管理人がアリシアを見つけると、思い出したように手紙を手渡し、そのまま去っていった。


 (手紙…?)


 去っていく管理人を見送り、自室へ戻って腰を落ち着けた後、手紙をじっくりと眺めた。


 「スズからだわ! でも、突然手紙なんてどうしたんでしょう」


 封の端にスズよりと書かれているのを確認したアリシアは、自然と頬を綻ばせた。今まで同年代の友人と呼べる者が居なかったので、手紙を貰うなど初めてのことだったからだ。

 だがそれと同時に、突然の手紙を送ってきたことについて疑問も持っていた。


 「読んでみないことには、わからないわね」


 アリシアが慎重に封を開けると、中から2枚の便箋が出てきた。

 一枚目には、王都を出ることになったこと、別れの挨拶が出来ず申し訳ないこと、代わりに手紙をしたためたことが綴られていた。


 「そう…、もう王都を離れてしまったんですね…。いつかは、と覚悟はしていましたが、やっぱり寂しいものは寂しいです…」


 2枚目の便箋には、実はスズ自身も同年代の友人は初めてだったこと、初めての手紙で何を書くか悩んだこと、学園に通うアリシアを心配していることなどが拙い文章で綴られていた。

 その拙さから、本当に初めて手紙を書いたのだということがアリシアにも伝わり、思わず笑みを零した。


 「お互い初めて同士だったんですね、ちょっと嬉しいです。それと、心配は要りませんよ」


 アリシアは首にぶら下げているネックレスを、服の中から取り出して軽く撫でる。

 ネックレスが模している四つ葉のクローバーという植物は聞いたことも無かったが、友人が自分のためにお守りをくれたという事実だけで、アリシアには十分だった。

 実際、ネックレスを身に着けるようになってから、苦手な生徒や教師に出会うことが少なくなった気さえしていた。だがそんなことは関係なく、これからもアリシアはこのネックレスを身に着け続けるだろう。自らを救ってくれた、小さな英雄を忘れないために。




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 リチャード達がスズ達を見送った後、スズ達に貸し出していたファンシーな子供部屋を片付けようと、マーサが部屋に入った時のことだった。

 ベッドの上に一振りの片手剣が置かれていることに気がついたマーサは、初めは忘れ物かと思ったが、剣のそばに一枚の置き手紙が添えられているのを見つけた。


 そこには、長い間面倒をかけたので、そのお詫びとお礼にこの剣を置いていく旨が書かれていた。

 置き手紙に書かれた内容と剣に施された確かな装飾から、急いでリチャードへ報告しなければならないものだと判断したマーサは、置き手紙を持ってリチャードの下へ急いだ。


 「リチャード様~! 大変です~!」


 いつもの落ち着いたマーサが珍しく大声を上げているのを異様に思ったリチャードが執務室から出ると、廊下の先からマーサが走ってきているのを見つけた。

 スズ達が王都から去ったことで、いつもの平穏な生活が戻ってくると思っていた矢先のことだったため、油断していたリチャードは嫌な予感を感じざるを得なかった。


 「今度はなんだ…? スズ達が出ていってやっと落ち着けるって時に…」

 「リチャード様、こちらを!」


 走ってきたマーサから置き手紙を受け取り、内容を確認したリチャードは、剣の置かれている子供部屋へ向かった。


 リチャードが子供部屋へ入ると、確かにベッドの上にファンシーな雰囲気とは正反対の片手剣が無造作に置かれていた。

 軍の最高位である元帥を担っているリチャードは、その片手剣を一目見た瞬間、剣の放つ異様さを敏感に感じ取っていた。


 「なんだ…?この剣は…」


 リチャードが恐る恐る剣を手に取ると、ヒヤリとした感触が伝わってきた。リチャードは手に異様な冷たさを感じつつも、鞘に施された装飾を細部まで観察する。綺麗な青一色、まるで鞘に巻き付く蔓のように白い模様が走っている。

 しっかりと鞘を観察したリチャードが、意を決してついに鞘から刀身を引き抜くと、引き抜いた端から冷気が漏れ出し、真っ白い霜が床に落ちる前に消えていった。

 露わになった刀身は青みがかった直剣で、透き通っているのかと錯覚するほどに綺麗な光沢を持っていた。


 「リチャード~? さっきマーサが大声を出していたけど、どうしたの? わっ、何その剣!」


 先程のマーサの声を聞きつけたクレアがひょっこりと顔を出したと思えば、リチャードが手にしている剣を目敏く見つけた。


 「ね、ね、それ何? スズちゃん達の忘れ物?」

 「スズ達がお礼として置いていったんだ。全く、最後にとんでもない置き土産を残していってくれたな」



 その後、呆れるリチャードを尻目に、興奮気味のクレアは「試し斬りしてくるわね!」と言って、庭へ行ってしまった。その結果から、丸太を豆腐のように斬り倒す斬れ味を持ち、魔力を流せば氷の礫が射出されることがわかり、リチャードは再度頭を抱えることになるのだった。





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 「そういえば、リチャードさんのところに置いてきた剣だけど、さすがに弱すぎたかな?」


 お世話になったお礼にちょっとしたサプライズで片手剣を一つ置いてきた。エンドコンテンツ向けの武器を渡すのはさすがにマズいと思い、型落ちも型落ちの武器にしたが、いくらなんでも弱すぎただろうか?


 「心配ありませんよ。スズ様からの下賜ですからね、あの男も喜びで咽び泣いていることでしょう」


 「咽び泣くまではないだろうけど、喜んでくれてると良いなぁ」

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