第43話 教会

 「あんな魔法初めて見ました! お父様の言っていた通り、リリーさんはすごい神官さんだったんですね!」


 アリシアが目をキラキラさせながら、リリーを褒めちぎっている。


 「それで…その…、リリーさんは聖女様なのでしょうか…?」


 「聖女?」


 聞き慣れない単語に、リリーではなく俺が反応してしまった。

 聖女って、宗教で偉大なことを為したとか、そういう人に付く名称だよな?


 「聖女というのは、セレニタ教の教会に認められた神聖魔法を得意とする方達のことで、男性の場合は聖人と呼びます。教会の中でも、聖女や聖人は数えるほどしか居られないようですよ。リリーさんは、聖女では無いのですか? あれだけ神々しい天使様を召喚したので、てっきり…」


 「私は教会などと言う組織とは全くの無関係ですよ。いるかもわからない神よりも、目の前に至高の女神がおりますから」


 リリーがそう言って、俺にニッコリと笑いかけてきたので、思わず苦笑いを返してしまった。


 「ふふ、本当に仲がよろしいんですね。ちょっと妬けちゃいます。あーあ、スズと一緒に学園に通いたかったです。無理なのは承知ですけどね」


 俺とリリーのやり取りを見て、アリシアがクスクスと笑い出した後、表情が少しだけ暗くなってしまった。

 そういや、俺達は今日これで帰ったら終わりだが、アリシアはあの学園で後2年は過ごさなきゃいけないんだよな…。

 なんとかしてやりたい気持ちもあるが、貴族でもない俺ではどうすることもできないし、一緒に通うなんてのも今更だろう。


 う~ん、何かないか…。お、そうだ。


 「そうだ。これ、良かったら受け取って下さい」


 インベントリから一つのネックレスを取り出して、アリシアに渡した。


 この四つ葉のクローバーを象った緑の宝石が銀縁に囲まれたネックレスは、ステータスの幸運値を上げる物だ。

 本来ならクリティカル率やアイテムドロップに影響するものだが、どちらもこの世界では意味のない物だろうし、効果が合ったとしても、効果量が低いものなので無くても問題は無いはずだ。


 「これは…?」


 「四つ葉のクローバーと言って、私の居たところでは幸運の象徴なんです。アリシアさんからは貰ってばかりですから、お守り代わりに差し上げようと思ったんですが…、地味過ぎましたか?」


 「い、いえ! とても気に入りました。友人からのプレゼントなんて初めてなので、すごく嬉しいです」


 アリシアは満面の笑みを見せてくれたので、勘違いでなければ本当に喜んでくれているのだろう。これで少しはアリシアの心が楽になればいいが…。


 「あの、折角なのでスズが付けてくれませんか?」


 アリシアが俺にネックレスを返して、後ろを向いてうなじを晒してきた。

 えぇ…、女性にネックレスを付けるなんて、元の世界でもやったこと無いぞ…。


 ぎこちない手つきで、なんとかネックレスを付け終えると、アリシアはリチャードさんの屋敷へ帰るまでの間、ずっと四つ葉のクローバーを眺めていた。



 「今日はありがとう、アリシア」


 「私の方こそ、素敵な物をありがとうございます。大事にしますね」




 なぜだかわからないが、その日の就寝時はアリアとリリーがいつもより俺を抱きしめる力が強かったような気がする。





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 「――――! ―――――――!」

 「――――――! ―――!」


 学園へ行った次の日の朝、起きてパジャマからいつもの服装へ着替えている時のことだった。

 部屋の外、恐らくは玄関口の方から、大きな声が聞こえてきた。玄関からこの部屋までは距離があるので、何を言っているのかはわからないが、男性が怒鳴っているということだけはわかった。


 気になったので、着替え終えた後に部屋から顔を出そうとしたが、アリアが「何があるかわかりませんので」と言って扉を少しだけ開けて顔を出した。


 「あっ! アリアちゃん! 皆今は出てきちゃダメよ、特にリリーちゃんはね。厄介なのが来てるから」


 扉の前にマーサさんが待機していたようで、アリアに注意を促してくれた。

 でも、厄介なのってなんだ…? 俺達に部屋を出ないよう注意するってことは、厄介なのは俺達が目当てなんだろうか?


 「マーサさん、どうしたんですか?」


 「教会の信者達がリリーちゃんに会わせろって押しかけてきてるのよ。今リチャード様が追い返しているところだから、安心してね」


 教会って昨日アリシアが言ってたセレニタ教ってやつか?

 もしかしたら、昨日リリーが召喚した天使の事が教会に伝わったのかも知れないな。

 


 しばらくすると、玄関から声が聞こえなくなった。どうやら教会の人達が帰ったらしい。


 「帰ったようね。多分リチャード様からお話があると思うから、先に向かっちゃいましょうか」





 「王都に来て10日も経たず、王妃殿下に帝国の皇女、伯爵家のボンクラ息子に侯爵家の愛娘と来て、次は教会か。君達は随分と人気者らしいな」


 リチャードさんは、疲れた身を預けるようにソファへどっかりと座り、眉間を揉んでいる。


 「す、すみません…」


 「そう縮こまるな。マーサから話は聞いているだろうが、今しがた訪問してきたのは教会の連中だ。君の従者であるリリーが見せた天使を召喚する魔法に興味があるらしい。大方、教会へ取り込む気なんだろう。貴族への牽制はしているが、教会となると撥ね付けるのも難しくてな。後日また、ということにしてお帰り願った」


 「後日また…ってことは、また来るんですか?」


 「まぁ、そうなる。君達が会いたくないなら、出来るだけ匿うつもりではある。が、さっさと会って話を終わらせてくれ、というのが本音だ」


 うーん…、王都に来てからリチャードさんには迷惑をかけっぱなしな気がするし、一度キッパリ断っておかないとしつこく付いて回ってくるかもしれない。


 「わかりました。後日またというのも面倒なので、今から教会へ行こうと思うんですが、教会ってどこにあるんですか?」


 「話が早くて助かる。教会はここから王城を挟んだ反対側だ。うちの者に案内させよう、マーサ、馬車の準備をしてくれ」

 「かしこまりました」

 リチャードさんの指示を受けたマーサさんが、部屋を出ていった。



 「ありがとうございます、早速行ってきますね」


 「もし教会の連中が強硬手段に出てきたら、遠慮は要らんからな。元帥である俺が許可しよう」


 明らかに私怨が混じったような言い方だったが、少し安心した。宗教問題なんて、元の世界でも大変そうなニュースが沢山流れてたからな、出来る限り関わりたくはない。

 いざとなれば、早めに王都を出ることも考えなきゃいけないかもな…。

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