第42話 魔法実習

 魔法の授業を見学するために、訓練場へ向かっているところだが、訓練場というだけあって、すれ違う男子の数が多くなってきた。

 アリシアと俺達の容姿も相まってか、時折気持ちの悪いジットリとした視線を向けてくる男子生徒もいる。

 初めて冒険者ギルドに行った時を思い出すな…。


 「失礼、少しよろしいですか?」

 前方から歩いてきたであろう男子生徒が、突然俺達に声をかけてきた。


 「なんでしょうか?」

 アリシアも男子達の視線を感じていたのだろう、少し警戒の色を見せつつ話しかけてきた男子生徒に応対する。


 「突然申し訳ない、アリシア嬢。そちらの見学者に聞きたいのだが、トリスタン・スネルという名に聞き覚えは?」


 トリスタン・スネル? う~ん、どっかで聞いたような気もするが…、なんだっけ…。


 「スズ様、貴族街で絡んできたかと」

 俺が思い出せずにいると、アリアが耳元で教えてくれた。


 あ~! あいつか! やたらとアクセサリーをじゃらじゃら付けた変な貴族がそんな名前だったな。

 でも、あの変な貴族の名前がここで出てきたんだ?


 「ははっ、玉虫ですか、言い得て妙ですね。やはりそうでしたか、兄が失礼をしたようで申し訳ない。兄に代わって謝罪致します」


 「え、兄?」

 突然男子生徒が頭を下げたと思えば、何か引っかかる単語が出てきた。


 「僕はルート・スネル、スネル伯爵家の三男です。恥ずかしながら、貴方方に言い寄ったのは僕の兄なんです。実家に帰省した時に聞かされた時はびっくりしましたよ、今や兄は社交界の注目の的です。勿論、悪い意味でね」


 リチャードさんが社交界にバレたらネタにされるなんて言ってたけど、結局バレてたのか…。というか、あの貴族にこんな立派そうな弟がいたなんて、びっくりだな。


 「すみません、次の授業に行かねばならないので、これで失礼します」


 ルート君はもう一度軽く頭を下げた後、足早に去っていってしまった。




 アリシアに詳しいことを聞かれたので、貴族街での一件を話した。


 「私の知らないところでそんなことがあったんですね…、私からも何かしてあげたいですが…」


 「アリシアからはもう十分してもらってるから大丈夫ですよ。リチャードさんからも、何か手を打つって言ってくれてますし。それより、早く訓練場に行きましょう?」


 「そうですね、授業が終わっては元も子もありませんし」







 「間に合ったみたいですね、今はちょうど攻撃魔法の訓練中のようです」

 

 訓練場は大きな円形状で、外周に観客席のようなものがぐるりと設置されている。

 さながら、小さなコロッセオだ。


 その中で様々な生徒が、反対側に設置された的へ攻撃魔法を放っていた。

 火球や水の玉、小さな石を飛ばしている生徒もいる。こっちの世界でも、攻撃魔法には色んな種類があるんだな。


 「魔法って、やっぱりスペルブックなんかで覚えるんですか?」


 「スペルブック? あぁ、そういった物を使うのは平民出身の商人のご子息ですね。貴族の血が入っていれば、それなりに魔法が使えてしまいますから。といっても、使えるのは精々1級か2級が限度ですけれど」


 1級や2級は魔法のランクかな?

 ここは学び舎なんだし、過程をすっ飛ばして魔法を覚えられるスペルブックが敬遠されるのは当然か。

 そもそも、スペルブックを使わなくても魔法は覚えられるんだから、いつか学んでみてもいいかもな。


 「おや、アリシア嬢、今日はあなたのクラスは休講では?」

 少し離れた場所から、緑色のローブを着た50代ほどの男性が話しかけてきた。

 おそらく、この授業を受け持っている教師なのだろう。


 「スアン先生。今は友人達に学園を案内しているところです」


 「ふぅん…。見たところ平民のようだが、魔法の授業など見ても意味ないのではないかね?」

 教師は口角を上げて薄ら笑いを浮かべながら、俺達を小馬鹿にしてきた。


 「こちらのリリーさんは素晴らしい魔法の使い手と父から聞いていますよ」


 「まぁ、見るだけなら好きにしたまえ。授業の邪魔だけはしてくれるなよ」


 教師はそう言うと、生徒のところへ行ってしまった。なんだあの教師…。


 「今のはスアン・バックリー先生です。魔法使いとしての腕は確かなのですが、平民嫌いなので、いつも貴族の子ばかり贔屓しているんです」


 訓練場をよく見ると、スアン先生の近くにいる生徒たちとは別に、離れた場所で魔法の練習をしている少人数のグループを見つけた。

 あのグループが平民出身の生徒なのだろう、スアン先生が目を向けてすらいない。




 しばらく授業風景を眺めていたら、スアン先生が生徒たちに何か話した後、ざわざわと騒ぎ出した。


 「アリシア嬢! お父上のお墨付きである魔法使いに一度お手本を見せて頂きたい!」


 こちらに振り向いたスアン先生が、突然声を張り上げてきた。

 先程のアリシアの発言から、リリーに魔法を見せろと言っているのだろう。


 「平民の者は大きな魔法を使えないだろうと侮っているのです。ここはガツンとすごい魔法を見せちゃって下さい!」


 アリシアが眉を吊り上げてスアン先生に怒っているが、うーん、どうしたものか。すごい魔法と言われてもな…。


 「そうだ、リリー、ちょっと耳を貸してくれ」


 リリーの耳に口を近づけて、周りに聞こえないようにこっそりとリリーに指示を出す。


 「そんなもので良いのですか?」


 リリーが俺の指示に目を丸くしているが、見せるだけならこの魔法が一番だろう。ヒーラー兼エンチャンターのリリーには、そう派手な魔法はあまりないしな。


 俺が自信満々に頷くのを見て、リリーは数歩ほど前に出てから、俺の指示した魔法を使った。


 「では、 “起動、大天使ACTIVATION,GABRIEL”」


 リリーが魔法を唱えると、3メートルほどの魔法陣が地面に描き出され、その数秒の後、魔法陣が光り出したと同時に、中から十字架を両手で持った大きな天使が現れた。


 召喚した天使は、周囲のプレイヤーを持続的に回復させる能力を持っているが、召喚士サモナーでも無いリリーが召喚した天使の回復量はたかが知れている。同じ量のMPを使って回復魔法を使った方が、遥かに効率が良い。

 だが、初期魔法や回復魔法を使うよりは派手に見えるだろうと、リリーにこの魔法を使うよう指示したのだ。



 「な…、あ…、これは…」

 スアン先生が、天使を見上げながら唖然としている。他の生徒たちも、天使を見て言葉を失っているようだ。

 実際に天使を召喚すると、こう見えるのか…。こりゃ神々しいな。



 スアン先生と生徒たちが固まったまま、授業が進まなくなってしまったので、訓練場を後にした俺達は帰ることにした。

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