第41話 学園

 「突然で申し訳ありません、リチャード元帥」

 迎えに来てくれたアリシアが、リチャードさんに頭を下げた。

 いつものドレス姿とは違って、白い生地に赤い刺繍が入った上着に、ストンと下に落ちるような白いロングスカートを履いている。


 「いやなに、お互いスズに世話になった家同士だ。また家に戻ることがあれば、ライウッド侯爵によろしく伝えてくれ」


 「はい、必ず。 ではスズ、外に馬車を待たせてありますから、早速学園へ向かいましょうか」


 屋敷の外に出て、アリシアの豪奢な馬車に乗り込み、学園へと馬車が走り出した。




 「手紙を送ろうとした時はびっくりしました…。まさかスズがリチャード元帥の邸宅に泊まっているなんて。ですが、考えてみれば当然でしたね。ガルド辺境伯から勲章を貰っている方を、御子息であるリチャード元帥が放って置くはずがありませんしね」


 そういえば、関所で一度止められてアリシアと別れてしまったから、アリシアは俺がリチャードさんの屋敷に泊まっていることを知らないままだったのか。


 「手紙を送ったのも急ですみません。学園を見てみたいと仰っていたので、帰ってからすぐに見学の申請をしたんですけれど、許可が下りたのが今日しか無かったんです。予定などは大丈夫でしたか…?」


 そういえば、夕食時の会話の中でそんなことを言ったような…?

 まぁ、実際学園には興味があったし、有り難いことには変わりないな。


 「いえ、大丈夫ですよ。元々予定なんて無いようなものですしね」


 「良かったです。それじゃあ学園に着くまで、軽く学園のことを教えてあげましょう!」


 人差し指をピンと立てたアリシアが、少し得意げな顔で学園の解説をしてくれた。


 学園に通う学生は皆寮で生活していて、男子寮と女子寮に分かれている。校舎と寮を合わせた敷地を学区と言い、かなりの広さがあるらしい。学区内には、数は多くないものの貴族向けの店舗がいくつか並んでいるので、さながら小さな街のようだとか。

 入学は試験に合格し、入学費や通学のための費用を支払えれば、貴族でなくとも入学は可能らしい。それなりに稼いでいる商人の跡継ぎが通うことも珍しく無いとか。


 「そして、そんな閉鎖的な環境で大勢が暮らすのですから、中はまるで貴族社会の縮図です。お茶会で微笑みながら談笑しているテーブルの下では、足を蹴り合っているのです。はぁ…、早く卒業して領地へ帰りたい…」


 「卒業はいつなんですか?」


 「学園は4年制なので、私はあと2年で卒業します。はぁ…、あそこにまだ2年も居なきゃいけないなんて、もうホームシックになりそうです」

 アリシアがガックリと肩を落としている。


 アリシアの反応を見る限り、学園というのは相当陰湿な場所らしい。やっぱり、元の世界の学校とは何もかもが違うみたいだな…。



 「あ、着いたみたいですね。まずは受付に行きましょうか」


 いつの間にか学区というところに入っていたらしく、目の前には王宮にも引けを取らない大きさの校舎がそびえ立っていた。

 デカいな…、マンモス校でもここまで大きい校舎は無かったぞ。


 馬車から降りて、守衛室のような小屋に行くと、受付の女性から腕章を渡された。見学者はこのビジター用の腕章を付けていないといけないらしい。

 リリーが手早く俺の左腕に付けてくれた。



 「では、早速案内しますね! まずは…、私の教室からにしましょうか」

 俺達を学園に呼べて嬉しいのか、アリシアが張り切っている。


 教室へ向かうために廊下を歩いているが、すれ違う生徒や教師がジロジロと値踏みするように見てくる。

 アリシアが学園を嫌う理由が、少し分かった気がするな…。


 校舎に入ってから気付いたが、アリシアの着ている服はここの制服だったみたいだ。みんな一様に同じ服装をしているから、きっとそうだろう。


 「あらアリシアさん、御機嫌よう。……そちらの方達は?」

 正面から歩いてきた、紫がかった長髪の女生徒が話しかけてきた。


 「御機嫌よう、ルトラさん。こちらは私の友人達です。学園に興味がお有りだったので、案内しているところです」


 アリシアが俺達を友人に紹介しているが、女生徒はあまりいい顔をしていないようだ。


 「そ、そうでしたか。ですが、そういった方々を呼んでしまうと、ここでは恰好の的になってしまいますから、今度は自重されたほうがよろしいかと…」


 「この方達は私の領地の英雄です。お父様も認めていることですから、そのようなご心配は無用です。ご忠告ありがとう、ルトラさん」


 アリシアは女生徒の言葉にそう言い返して、ツカツカと歩き始めてしまった。


 「ごめんなさい、あれでも比較的まともな方なんですが…」


 女生徒から離れると、アリシアが眉を落として先程のことを謝ってきた。


 「いやいや、別になんとも思ってないですよ。さっきの人も、アリシアを心配して言ってくれたんだと思うし」

 確かに、よくよく考えてみれば俺達は平民も同然なんだし、生徒でもない俺達が貴族が集まる場所にいたら異様に映るのも当たり前か…。





 「ここが私の教室です! 後ろから四番目のあの席が私の席ですね」


 案内された教室はそれなりに広く作られていて、長机を複数人で共有する形の教室だ。正面の黒板から後ろに行くほどに段々と高くなっていて、元の世界の大学みたいだな。


 「あらぁ? どうされたの? アリシア・ライウッド侯爵令嬢。今日は休講ですのよ? そちらの方々は…まさか冒険者ではありませんわよね、こんなところで剣まで佩いて、どういうつもりですの?」



 俺達よりも前に教室にいた一人の女生徒が、後ろに女生徒を4人連れてアリシアに話しかけてきた。後ろのは取り巻きか何かか?

 制服ではなく、灰色の長髪に真っ赤なドレスを着て扇子で口元を隠しているが、目だけでも俺達を嫌そうに見つめているのが分かる。他の4人も同じような表情だ。

 それに、なんか歳を取りすぎてないか? 見た目だけ見るとアリシアよりも一回りは歳を取っていそうだ。


 「ヘザー・アリンガム公爵令嬢、この方達は冒険者ではありません。私の友人であると同時に、この方達はガルドでも、私の領地タミアでも武勲を上げてくれた英雄です。言葉は慎んで下さい。今は学園の見学のため案内をしているところです」


 「ガルド? あんな獣臭いところで武勲を上げたと言われてもねぇ…? やっていることは冒険者と変わらないじゃないの、野蛮だわ」


 アリシアが反論するが、ヘザーと呼ばれた女生徒は意にも介していないようで、なおも言い募ってきた。

 後ろにいる女生徒たちも、ヘザーの発言を肯定するように首を縦に振っている。


 「それに、学園に見学だなんて、まだ子供には早いんではなくて?」

 ヘザーが俺の方を見て、見下したように鼻で笑ってきた。


 「貴様、スズ様を侮辱するつもりか?」


 俺を馬鹿にされたことで堪忍袋の緒が切れたのか、アリアが女生徒たちをジロリと睨みつけると、小さな悲鳴を上げながら教室を小走りで出ていった。

 さすがに剣に手をかけることはなかったが、睨みつけるだけでもそれなりに迫力があったらしい。


 ドレスでよくあんなに素早く歩けるな…。俺なら絶対転ぶぞ。


 「はぁ…。今の方はヘザー・アリンガム公爵令嬢です。公爵家の次女なのですが、ご実家でも手に余るようで、随分と遅れて学園へ入学してきたんです。言い忘れていましたが、この学園は試験と入学費さえあれば何歳でも入学出来るんです。といっても、ご令嬢であそこまでの方は滅多にいませんけどね」


 やたら歳を取って見えたのは気のせいじゃ無かったんだな。


 「き、気を取り直して、次は訓練場に行ってみましょう! ちょうど今なら魔法の実習をしているはずです」


 「魔法の授業! 一番気になっていたやつです!」

 子供の頃映画で見て、ちょっと憧れてたんだよなぁ。

 今のところいい印象が無いから、ここでテンションを上げたいところだ。





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 今更ですが、小説のフォロワーが1000を越えました。

 最近更新を休みがちですが、どうかお付き合いください。

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