第40話 スペルブック

 「ヒールですか…、生憎うちには優秀なヒーラーがいるので、あまり必要ではないですね」


 回復はリリーの得意分野だし、いざとなればインベントリ内のポーションもあるしな。

 

 「そうでしたか、それは残念です」


 「スペルブックって他にどんな魔法があるんですか?」


 簡単な魔法しか習得出来ないと言っていたが、案外役に立つ魔法も無いわけじゃないだろう。


 「当店ではこちらのヒールしか置いておりませんが、有名どころですと、“火球ファイアボール”、“湧水ウォーター”、“光彩ライト”辺りでしょうか? あ、そうそう“清浄クリーン”も忘れてはいけませんね」


 「“清浄クリーン”? ってなんですか?」

 他の魔法は名前からなんとなく想像が付くが、クリーン…?掃除でもするのか?


 「“清浄クリーン”というのは、物や身体を綺麗にする魔法でございます。野宿などの多い冒険者が、よく好んで使っていらっしゃいますね。この商業ギルドも、3日に1度は“清浄クリーン”を使える方々を雇って綺麗にしていますし、貴族の中には、この魔法が使えるメイドしか雇わないという家もあるくらいです」


 本当に掃除する魔法なのか! ギルドの中が随分綺麗だったのは、この魔法のおかげみたいだ。

 もしアバタールームが使えずに風呂に入れなかったら、この魔法を血眼になって探していただろうな…。

 

 「便利な魔法もあるんですね…、簡単な魔法以外は込められないんですか?」


 過程をすっ飛ばして魔法を覚えられるなら、もっと強力な魔法をスペルブックに込められないのかとも思うが、店員の話からすると何か理由がありそうだな。


 「スペルブックを作るというのは、魔法使いにとって大変な作業なのです。魔法を込める際に多量の魔力が必要になるので、複雑な魔法になればなるほど必要になる魔力も膨大になってしまいます。ですので、並の魔法使いでは簡単な魔法一つ込めるだけで精一杯、というのが現実ですね」


 なるほどね…。旅の途中で探そうかと思ったが、これは見つけても期待出来無さそうか…?


 「とはいえ、の魔法使いでは、の話です。各国の魔術機関には類稀な才能を持った魔法使いの方々が在籍していますから、極稀にそういったスペルブックが世に出ることもございます。まぁ、大抵は国か貴族が買い上げてしまいますがね。個人が売り出しているものもありますが、私としてはオススメは出来かねます」


 「どうしてですか?」


 「一つは、通常よりも高く付くことですね。欲しいスペルブックを確実に手に入れられるのならば安い、と感じる方もいますが、もう一つオススメ出来ない理由がございます。それは、製作者によって品質にムラがあることです。粗悪なスペルブックを使ってしまい大変な目にあった、なんて話はどこでも聞く話ですからね」


 「大変な目にというと?」


 「実は魔法ではなく呪いが込められていた、“火球ファイアボール”を使った途端火だるまになった、“湧水ウォーター”を使ったら魔力が尽きるまで水が出続けた。などなど、様々な事案がございますね。といっても、殆どの場合は魔法そのものが発動しない、ということのほうが多いですね。――ですが!このギルド内で販売されているスペルブックの品質は確かですし、もし何かあれば保証もしっかりしておりますので、ご購入される際は、是非商業ギルドでお求め下さい」


 最後にしっかり宣伝を入れてきたな…。でも、確かに個人で頼むのはリスクが高そうだ。


 「ところで…一つよろしいでしょうか?」

 先程まで饒舌に語っていた店員が、少し申し訳無さそうな表情になった。


 「そちらの方々が使っていらっしゃる剣や杖は、どこで手に入れた物でしょうか? 見たところさぞかし名のある職人が作られたものかと推察しますが…」


 店員がアリアとリリーが持っている剣と杖を指さして、入手先を聞いてきた。

 どこでって言ってもな…。リリーの杖はドロップ品だし、アリアの剣は素材を集めてNPCに渡すことで手に入る交換品だから、こっちの世界では間違いなく手に入らないだろう。


 苦し紛れに「知人に貰ったものなので私も入手先は知らないんです」と言ったら、ならせめてよく見せてくれないかと頼んできた。

 リリーとアリアに見せていいか聞くと、手を触れないという条件なら見せてもいいと返事を貰った。


 「おぉ…やはりどちらも素晴らしい武具ですね…。私も王都に店を構えて長いですが、ここまでの物は見たことがありません…。」

 店員が目を輝かせて、剣と杖をあらゆる角度から観察している。


 「ここまでだ」

 アリアとリリーが武器を下げると、店員は「あぁ…」と名残惜しそうな声を出した。




 「面白い話を聞けました。ありがとうございます」


 「いえいえ、私も良い物を見させて貰いました。次回お越しになるまでに、お眼鏡に叶う商品を取り寄せておきますね」


 もしかして、商品を眺めて使えないと言っていたのを聞かれていたのか? 申し訳ないことをしたな…。




 

 長い間話しこんでいたせいか、商業ギルドの外に出ると日が落ち始めて空が赤く染まっていた。


 「暗くならないうちに帰ろうか。まだ行けてないところもあるけど、また今度来ればいい」


 「はい、スズ様。では手を」


 「暗くなれば変な輩も多くなるでしょう。安全のためです」


 ギルド内だと手を離してくれていたから、すっかり忘れていた…。

 渋々だが、二人と手を繋ぎながら帰路に着いた。










 屋敷へ戻ってきて夕食を頂いて、風呂も入り、相変わらずファンシーな部屋で寛いでいると、ドアがノックされた。


 「スズ様宛にアリシア・ライウッド侯爵令嬢からお手紙が届いております」


 アリシアから? そういえばアリシアは王都の学園に通ってるんだったな。でも何の用だろう。年頃の女の子だし、文通でもしたいのかな。


 手紙を受け取って内容を確認すると、アリシアの通う学園に招待してくれるらしい。

 外部から人を呼んで見学させる許可が下りたので、明日迎えに行くと書かれていた。


 明日ってまた急だな。でも、貴族が通う学園なんて滅多に見れるものじゃないだろう。授業内容は全然違うんだろうか? 映画で見たみたいに魔法の授業があるかもしれない。うん、今から楽しみだな。

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