第44話 セレニタ教

 教会へ向かうため、リチャードさんが用意してくれた馬車に、マーサさんと乗り込んでいる。

 なぜマーサさんが同乗しているかといえば、教会で何かあった時のための監視役だそうだ。俺達と教会、どちらを監視するためなのかはハッキリしていないが…。


 教会は王城を挟んで反対側にあるそうなので、王城をぐるりと迂回するように移動する。当然ではあるが、王城の反対側にもしっかりと街が作られていて、王都の広さを実感してしまう。


 「あ、見えてきましたよ。あの塔に大きな鐘が吊るしてある建物が教会です」


 マーサさんが、指を差して教会の場所を教えてくれた。マーサさんの指の先を見ると、少しだけグレーの混ざった白い建物が建っている。王城ほどではないが、それなりに大きく、塔の先まで含めると、商業ギルドにも負けない大きさだ。


 


 馬車が教会の前に到着したので、馬車から降りて教会に向かう。


 目の前で見る教会は、まさに教会といった出で立ちで、元の世界とそう変わらないデザインだ。

 入口であろう大きな扉は開け放たれていて、誰でも出入り出来るようになっている。


 「では、行きましょう。何かあれば、私マーサがおりますから、安心して頂戴ね」

 マーサさんが俺達へ安心させるように微笑む。実際、マーサさんはリチャードさんに信頼されているようだし、任せておけばうまく対応してくれるはずだ。


 教会へ入ると、そこは礼拝堂なのか沢山の長椅子が並べられていて、正面奥には女性の大きな石像が飾られている。

 外から見た教会の大きさからして、この礼拝堂は教会のごく一部だろう。



 「あれ、今日の説教は終わりましたよ。それか、お祈りへ?」


 礼拝堂の奥から扉を開けて若い青年が入ってきた。信者なのか、白と紫色のシンプルな服を着ている。あれがセレニタ教の宗教服なのか?


 「どちらでもありませんよ、枢機卿へ会いに参りました。が来たとお伝え下さいますか?」


 「しょ、少々お待ち下さい!」


 マーサさんがそう伝えると、青年はぎょっとしたような顔をして扉の向こうへ戻っていってしまった。

 マーサさん、屋敷の中じゃ結構軽く接してくれるけど、こういう時はピシッとしてるんだな…。これは頼りになるぞ。


 「しばらく待ちましょうか」


 青年が伝言を伝えに行くまで礼拝堂の長椅子に座って待つ間、マーサさんがセレニタ教のことについて教えてくれた。


 礼拝堂に置かれている大きな石像は、女神セレニタを模した物だそうだ。入口からは遠くてよく見えなかったが、近付いて観察すると、髪の長い豊満な女性が裸体に薄いレースを巻き付けた随分と煽情的な格好をしている。

 女神セレニタは、月と癒やしを司ると言われており、人間の国では基本的にこのセレニタ教が信仰されているらしい。

 ヒールを始めとする回復魔法は、女神セレニタが人間たちへ授けてくれた癒やしの力だとして、神聖魔法と呼称し、信者たちは日夜習得に励んでいる。

 習得した神聖魔法は怪我人や病人が訪れた際に使い、その見返りにお布施を貰うことで、教会は成り立っているそうだ。


 教会の仕組みを聞くに、ここは病院のようなものでもあるらしい。

 それに神聖魔法ね…。この世界でも使えるかはわからないが、“蘇生リバイヴ”まで使えるリリーは、セレニタ教にとって聖女どころか女神の生まれ変わりに近い存在だろう。




 「お待たせしました! 枢機卿がお会いになるそうなので、ご案内します!」

 ちょうどマーサさんがセレニタ教の説明を終えたところで、ここまで走って来たのであろう先程の青年が、息を切らしながら戻ってきた。



 「あ、あの、聖女様というのは、そちらの方でしょうか?」

 枢機卿の元へ向かう最中、青年がリリーの方を見ながらマーサさんへ尋ねた。


 「正確には聖女ではありませんが、枢機卿が聖女と呼んでいるのは事実です」


 「俺、聖女様に会うのが夢だったんです! 光栄だなぁ…」


 青年は甚く感動しているようだが、当のリリーは少し困った顔だ。

 そりゃあ突然聖女なんて呼ばれだしたら困惑もするだろう。ここは主人として枢機卿にはビシッと言ってやらないとな。





 「こちらの部屋です」


 青年がノックしてから扉を開けると、ソファに座っていた中年ほどの男性が勢いよく立ち上がって、俺達を歓迎してきた。男性の他にも3人ほどソファの後ろに立っている。

 立ち上がった男性は、白髪混じりのグレイヘアを後ろに撫でつけた髪型で、服装は青年と同じ白と紫のカラーリングだが、生地や装飾が明らかに高級そうだ。


 「おおっ! ようこそいらっしゃいました。さ、どうぞお座りになって下さい」


 なんか、あんまり想像と違うな…。もうちょっと高圧的に来るかと思ったが、かなり物腰が柔らかい。いやいや、人の良さそうな笑顔を浮かべている人間に限って信用出来なかったりするんだ。油断は出来ないぞ。


 勧められるまま対面のソファに座ると、男性は嬉しそうな表情で自己紹介を始めた。


 「私はこのセレニタ教で枢機卿を拝命頂いているファルムと申します。この度はそちらの方が素晴らしい神聖魔法を行使されたとのことで、居ても立っても居られず押しかけてしまい、申し訳ございません。ですが、こうして会いに来て下さったこと、誠に感謝致します。して、そちらの方々は…?」


 この人がマーサさんの言っていた枢機卿か。丁寧に謝罪もしてくれたし、見てくれはただの優しそうなおじさんだ。リチャードさんは何がを警戒していたんだろう。


 「それは私から。あなた方が聖女と呼んでいるこの方はリリー様です。そしてこちらの女騎士はアリア様、そしてこの方はスズ様、お二人のあるじです。リリー様は教会ではなく、主であるスズ様に仕えている、ということはハッキリと申し上げておきます」


 マーサさんが俺達のことをファルム枢機卿に説明すると、枢機卿だけでなく後ろに立っている3人も顔を見合わせて動揺している。


 「ということは、リリー殿は教会へは所属していない、ということですかな?」


 「ええ、教会とは無関係のリリー様は聖女と囃し立てられることに大変迷惑しております。ここへはそれを伝えに参りました」


 マーサさんが毅然とした態度でそう伝えると、ファルム枢機卿はガックリと肩を落としてしまった。


 「なんと…、それは残念なことです。ならばせめて、学園で見せたという神聖魔法を見せては頂けませんか? これでも長く枢機卿を務めておりますが、天使を召喚するなどという神聖魔法は聞いたことすら無い。お願い致します」


 そう言うとファルム枢機卿は徐ろに立ち上がって、深々とリリーに頭を下げてきた。後ろの3人も枢機卿につられるように頭を下げている。


 リリーが困った顔で俺を見るので、俺も少し不本意だが、見せてやるように頼んだ。

 今のところ悪印象は無いし、魔法一つ見せて事が終わるなら安いものだろう。


 「では…」


 「見せていただけますか! では、早速広場の方へ移動しましょう! さぁ早く!時間が惜しいですよ!」


 リリーが了承の言葉を発した途端、中年とは思えない動きで部屋の外に出て俺達を呼び始めた。眼も少年のようにキラキラしている。


 ん…? 何か嫌な予感がするぞ?

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