第38話 王都観光

 今日はついに王都観光を再開することにした。

 また嫌な貴族に絡まれるのは御免なので、貴族街を出るまではリチャードさんの馬車で送ってもらうことになった。

 貴族街を出さえすれば、貴族は滅多に出歩いていないらしいので安心だ。


 「スズ様、貴族街を出たみたいです」

 アリアとリリーが先に馬車から降りて、俺も後から二人の手を借りて降りる。


 「なあ」


 「なんでしょうか?」


 「手を離してくれないか? 両手を繋がれたままだと不便なんだが」

 馬車から降りるために借りた二人の手が、降りた後も繋がれたままで、離してくれない。むしろ、しっかりと握ってくる始末だ。


 「不便なことはありませんよ? 全て私達が致しますからね、スズ様は私達にご命令下さればよろしんです。それに、着慣れない服では転んでしまうかもしれませんしね」


 リリーの言う通り、今の俺は裾の長い青いドレスを着ていて、かなり歩きにくい。

 足元が見えないせいで、馬車から降りる時も二人の手を借りないと階段も降りれないのだ。

 俺がなぜこんな服を着ているのかといえば、王妃への訪問の時と同じく、二人の要望があったからだ。このままだと、出かける度に違う服を着る羽目になりそうだ。


 「そんなことよりも、まずはどこへ行かれるのですか?」


 俺の抗議が軽く流されてしまったが、観光のルートはもう決めてある。


 「商業ギルドの方へ行こうと思う。クレアさんによれば、商業ギルドの通りは色んな店が立ち並んでいるらしい。今日はそこを見て回るぞ」


 最初はリチャードさんにアドバイスをもらおうとしたところ、市井のことは知らんと言われてしまった。だが、たまたま一緒にいたクレアさんが、商業ギルドをオススメしてくれた。

 クレアさんは若い頃やんちゃしていたらしく、よく家を抜け出して市井へ繰り出していたので、市井のことにも詳しいと言っていた。



 クレアさんから道も聞いていたので、記憶を頼りに教えてもらった道を歩いていると、一際賑わっている通りが見えた。あそこが話に聞いていた通りだろうか。





 「おおー!すごいな、まるで商店街だ」


 「スズ様、人通りが多いですから手を離さないで下さいね。まぁ、俺達が離しませんが」


 「なあ、本当に繋いでいなきゃダメか? さすがに恥ずかしいんだが…」

 両手を繋がれたまま歩くなんて、子供じゃないんだぞ。でなきゃ捕まった宇宙人だ。


 「いけません。遠慮なさらなくてもいいと言ってくれたのはスズ様ではありませんか」


 その話を持ち出されると弱いんだよ…。今になって軽率な発言過ぎたと後悔している。

 もうこうなったら開き直るしか無い、今はとにかく観光だ。




 通りに立ち並んでいる店は、本当に様々だ。

 野菜や果物を扱う八百屋っぽい店もあれば、工芸品、食事処、肉をその場で焼いて提供している露天まで並んでいる。


 八百屋には見覚えのある物もあれば、見たこともない野菜や果物も並んでいる。

 折角だし、試しに色々と買ってみようかな。


 「すみません、これってなんですか?」

 イチゴの形をしているが、ナスのような質感の見慣れない果物(?)があったので、それを見つめながら店主であろう男性に聞く。

 両手を塞がれたままなので、こうして視線を向けるしかないのだ。


 「…! こっ、これはお目が高い。こちらは黒曜イチゴと申しまして、今が旬の果物です。そのまま食べても、ジャムにしても美味しく食べられます。この時期にこれを選ぶとは、さすがでございますな」


 店主が一瞬ギョッとした顔を見せたかと思えば、急に揉み手で接客してきた。

 この服装だから貴族と間違えられたか? それとも、やっぱり両手を繋いだままは不審過ぎたか。


 「それはやめときな、嬢ちゃん」

 店主の後ろから女性が購入をやめるように忠告してきた。

 見た目的に店主の奥さんかな?


 「なんてこと言うんだよかーちゃん! 今売れそうなところだったのに!」


 「あんなデタラメ並べといてよく言えるね! 嬢ちゃん、これはね。こいつが絶対に売れると言って無理矢理仕入れてきたはいいものの、高すぎて誰も買わないうちにすっかり傷む寸前なんだ。こんなもの買わなくても、うちの店には他に良いものがいっぱいあるからね、買うならそっちにしておくれ」


 果物に付いている値札をよく見ると5000シェルと書かれてあった。

 た、確かにこれは高いな…。イチゴ1パック5000シェルなんて余程の金持ちしか買わないぞ。貴族向けならまだしも、ここは平民しか

 う~ん、でもちょっと興味あるんだよな…。

 「傷むまでどれくらい持ちそうですか?」


 「え? そうだね…、少なくとも2日は持たないだろうね。あんまり気を使わなくていいんだよ?」


 食べる直前までインベントリに入れておけば傷みも進まないだろうし、買ってみるか、金ならあるんだ。


 俺が買う意思を伝えると、店主の奥さんは思いの外喜んでしまい、お詫びにと店に並んでいる他の果物も一緒に袋へ詰めだした。


 「か、かーちゃん! そんなことしたら儲けが無くなっちまうよ!」


 「うるさいねえ! 誰のせいでこんなことになってると思ってるんだい!」

 奥さんの言葉に店主が撃沈して、何も喋らなくなってしまった。



 果物を詰め終えた奥さんがニコニコ顔で大袋を渡してきたが、俺は両手が塞がれているのでアリアが代わりに受け取った。

 ……このままだとお金も出せないじゃないか。さすがにマズいので、手を離してもらい、ライウッド侯爵に貰ったバッグに手を入れてインベントリからお金を取り出す。

 これなら、バッグから出したように偽装出来るだろう。


 「本当にいいんですか? こんなに貰っちゃって……」


 「いいんだよ。しばらくこいつの小遣いを減らすだけだからね」


 「勘弁してくれよかーちゃん!」


 「あはは…」


 八百屋の夫婦漫才を見届けた後、一度人気のない路地裏で果物の入った袋をインベントリへ収納する。人前で見せないほうがいいってライウッド侯爵に言われたからな。また貴族に目をつけられたら面倒だ。

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