第37話 勧誘
「さぁ!どこからでもかかってくるのじゃ!」
アリアとセレーネ皇女が訓練用の剣を持って対峙している。そういえば、ガルド辺境伯のところでレオナルド君を相手にした時は木剣だったけど、今回は訓練用とはいえ真剣なんだな。アリアもそれなりにセレーネ皇女の実力を認めているということなんだろうか?
「セレーネ皇女は有名な剣客でもある。冒険者でいえば、単身でA級は堅いと言われているほどだ。この留学も、武者修行としての意味合いが強いんだろう」
リチャードさんが俺の疑問を解くようにセレーネ皇女の説明をしてくれた。あんな滅茶苦茶そうな人だけど、実力は確かなのか…。
「むぅ…。突っ立っているだけならこっちから行かせてもらうのじゃ!」
中々向かってこないアリアに痺れを切らしたのか、セレーネ皇女が先に動いた。
セレーネ皇女が下から掬い上げるような太刀筋で斬りかかるが、アリアが後ろに下がりながら往なす。
下がったアリアを追いかけるようにセレーネ皇女が剣を振るい、二合三合と剣が交わる。打ち合いが十を越えた辺りで剣戟が激しくなり過ぎて、俺の目では追えなくなってきた。
何十という長い打ち合いの末、急にセレーネ皇女がアリアを大きく弾いて距離を取った。
「お主、名は何と言う!」
「……アリアだ」
「アリア! 妾の元へ来い! 聞けばお主はどこの国にも所属していないらしいではないか! これほどの猛者を遊ばせておくのは惜しい。もう一度言う、妾の元へ来ぬか」
剣を納めたセレーネ皇女が、アリアを勧誘しだした。
おいおい引き抜きは困るぞ…、アリアはうちの大事な従者なんだから…。
「断る。俺が忠誠を誓うのはこの世界で、いや――この世界でも、スズ様たったお一人だ。それに、俺よりも弱いものに仕える気はない」
「なっ!?」
アリアが勧誘を断ってくれて安心したが、セレーネ皇女が俺を物凄い顔で見つめた後、俺に詰め寄ってきた。
「ということはお主、アリアよりも強いのか!? 冗談じゃろう!? ――そうじゃ!スズ、お主が帝国へ来い! そうすればアリアも着いてくるじゃろう?」
俺がアリアより強いか、と言われればクラスの相性的な問題もあるが、レベル差のおかげでギリギリ辛勝といったところだろうから、嘘ではない…と思う。
それに、帝国か…。どこかに定住するのも悪くはないが、少なくともこの世界を巡ってからにしたい。
「アリアより強い…というのは嘘ではないですが、私は剣が使えないので単純な比較は出来ません。それと、今はまだ旅の途中ですので、お誘いは断らせて頂きます。不敬だとは思いますが、申し訳ありません」
「むぅ…、そうか。無理に従えるのは後が怖い、と母上も言っておったし、諦めるとしようかの。良い臣下を持ったな、スズ」
そう言うとセレーネ皇女は「満足した!」と王宮へ帰っていってしまい、側付きの人も頭を何度も下げながら、慌ててセレーネ皇女の後を追いかけた。
「災難だったな。今度こそ帰るか」
嵐が過ぎ去って立ち尽くしている俺達だったが、その後は無事に屋敷へ帰ることが出来た。
そして、そんなことがあった二日後。
「リチャード様がお呼びですので、執務室へお越し頂けますか」
また呼び出しか、今度はなんだ?
「お、来たな?」
執務室へ入ると、執務用の大きな椅子に座ったリチャードさんがニヤニヤと笑みを浮かべながら俺達を待っていた。
「お前たち宛にまた手紙が届いているぞ」
リチャードさんが机の引き出しから一通の手紙を取り出すと、机の上に置いた。
「これは?また王妃様からでしょうか?」
王妃からの手紙がまた届いたのかと思ったが、よく見ると以前と封筒の装飾も印璽も違う気がする。
「セレーネ皇女から帝国への招待状だ。昨日セレーネ皇女が王城の仕事場に直接来てこれを渡してきた。旅をしているなら是非うちにも来い、だとさ」
あの皇女か…。いつかは違う国にも行きたかったから、願ったり叶ったりだが、あの皇女からの招待状というだけで急に不安になってくるな…。
「まぁ、有難く受け取っておけ。冒険者でもない人間が、何の審査も無く国を渡れるんだ。それに、皇族の印璽付きの招待状なんて特別扱い間違いなしだぞ?」
リチャードさんの言う通りなのだろうが、面白そうにニヤニヤと笑っているせいで説得力が無いぞ…!他人事だと思って…。
とはいえ、さすがに受け取らないというわけにはいかないので、いざ使うという時までインベントリに死蔵しておくことにした。
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「セレーネ様、わざわざご勧誘しておりましたが、あの女騎士はそこまでの者なのですか?」
近習であるイアンが、セレーネに疑問をぶつける。
セレーネが直接勧誘したこともそうだが、断られて素直に引き下がったことも、イアンは不思議に思っていた。
普段のセレーネであれば、駄々をこねるなりしていたはずだ。それでなくても、再戦を申し込むなどして食い下がっていただろう。
たった一度断られたくらいで、すっぱりと諦めるほうが不自然だった。
「イアン」
イアンの言葉に立ち止まったセレーネは、いつもの表情豊かな顔から一変して、暗く沈んだ面持ちをしていた。
「あの長い打ち合いの間、妾は3回は斬られていた。手を抜かれていたのじゃ」
「なっ!? まさか、思い違いでは?」
イアンが目を見開く。セレーネ皇女は性格にこそ難あれど、その腕は確かなものだ。帝国であらゆる剣術家に教えを請い、この王国でも数多の剣客と剣を交えてきた。
そのセレーネ皇女相手に手を抜いていた?あの打ち合いを見た後では、とても信じられる話では無かった。
「間違いないのじゃ。あやつと妾には圧倒的な力量差があった。手を抜かれても尚、軽く往なされていた。悔しい…!悔しいが、あやつらならば、もしかすればやってくれるかもしれん。あの3人は旅をしていると言っておった。帝国への招待状を送れば、きっと帝国へ赴くはずじゃ。それまでに帝国へ戻り、準備を整えるのじゃ」
セレーネとイアンの影が王宮の奥へ消えていった。
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