第26話 オーク
ウルク子爵からもらった馬車は、小さいながらも中々快適だった。
板張りの乗合馬車と違って、しっかりとクッションがしてあるため、お尻が痛くなる心配も無い。
広さは、二人なら余裕をもって入れるが、4人入るにはキツいかなといった程度だ。使うのは俺達3人しかいないし、荷物もインベントリに入れて置けるからスペースを十分に使える。
そうそう、馬車の扉をアバタールームに繋げられるか試してみたが、ダメだった。どうやら、繋ぐには何か条件が必要みたいだ。
アバンを発ってからは快適な旅を続け、ついに王都まで街を一つ越えるだけとなった道中のことだった。
「スズ様、前方に怪しい馬車が停まっています。どうしますか?」
突然馬車を止めたアリアがそんなことを言うので、窓から顔を出して前を見ると、確かに馬車が一台停まっていた。
遠すぎて肉眼ではよく見えないので、以前使った
かなり豪華な馬車だな、ガルドで乗せてもらった馬車よりも作りが良いかもしれない。
それによく見ると、馬車の周辺に5人ほどの騎士がいるみたいだ。馬車を襲っているのかと思ったが、馬車に背を向けて守っているような様子だし、違うだろう。何から守ってるんだ…?
不思議に思って更に周りを見てみると、猪か豚のような顔をした2メートルほどはあるかという図体の大きい怪物が、馬車を大きく囲んでいるのが見えた。軽く数えただけでも10体は下らない数だ。
もしかして、あれが噂に聞くオークか?本当に豚頭をしてるんだな…。
じっくり観察したいところだが、そうもいかなくなってしまった。オークが騎士たちに襲いかかって戦闘になっている。
「アリア、リリー。馬車が魔物に襲われてるみたいだ、助けに行くぞ」
この距離から攻撃出来るのは俺しかいないため、余計なお世話かもしれないがDMRを使って騎士に襲いかかるオークの数を削って行きながら進んでいく。
大きな馬車を連れた一団は、わずかに空いた穴に嵌った車輪に対処している間に、いつの間にかオークに囲まれてしまった。
街まであと少しということで、騎士たちにも緩みが生じてしまっていたのだ。
「アリシア様、決して馬車から出ないようお願いします」
「わかっています。頼みましたよ、ロジェ」
「必ずお守り致します」
アリシアを安心させるため強く返事をするが、ロジェは内心焦っていた。
今見えているだけで、10体近いオークがこの馬車を取り囲んでいる。それを5人程度の騎士で抑え込む、ましてや討伐するのは不可能に近い。
いざとなれば、騎士だけを残してアリシアだけ逃がすという手も、使わざるを得ないだろう。アリシア達が街へ着きさえすれば、応援を寄越してくれるはずだ。そこまで耐えていられればの話だが。
様子を見ていたオーク達だったが、痺れを切らした一体のオークを皮切りに騎士達へ襲いかかる。
「隊長!抑え切れませんよ!」
「なんとか道を開けるんだ!倒す必要は無い!馬車一台分通れるだけの隙間を作るだけでいい!」
騎士たちが馬車の前方にいるオークをなんとか引き剥がし、馬車が通れる隙間が出来たため、ロジェが御者に声を掛けようとした瞬間、声が詰まった。
取り囲んでいたオークではない、周辺に隠れていたのであろうオーク達も顔を出し始めたのだ。
もう終わりかとロジェが絶望しかけていると、どこからか破裂するような音が断続的に聞こえ、その音に合わせてオークの頭が吹き飛んで倒れていく。
ロジェが音のする方向を確認すると、3つの人影がこちらに向かってきているのが見えた。きっとあの3人が、何かの武器か魔法で攻撃しているのだろう。
オーク達は続々と倒れていく仲間に危機感を覚えたのか、向かってくる3人に意識を向け始める。
「冒険者か…?あの3人には悪いが、このチャンスを活かさせてもらおう」
ロジェが馬車へ走り寄り、アリシアへ指示を出す。
「アリシア様、どうやら通りがかった冒険者が援護してくれているようです。この隙に騎士を連れて街へ向かって下さい」
「そんなっ!あの冒険者に押し付けて逃げると!?」
「ですので、私が残ります。街に着いたら応援を寄越して下さい。いいですね?おい!馬車を出せ!他の騎士はアリシア様に付いてお守りしろ!」
アリシアはなんとかロジェを説得しようとするが、無情にも馬車は指示通りに街へ全速力で走り出した。
俺がオークを撃ち抜いていると、いつの間にかオークが標的を馬車から俺達に切り替えたようで、こちらに向かってきた。さらにそのすぐ後には、馬車が街の方向へ走り去ってしまった。
え、なんか馬車が行っちゃったんだけど…。まさか押し付けられたか?
でもなぜか一人だけ騎士が残って戦ってるな。置いていかれたのかな、可哀想。
「あの馬車は逃げたようですね。恩知らずにもほどがある」
逃げた馬車を見たアリアが憤っているようだが、仕方のないことだろう。元々助けるつもりだったし、むしろ誤射する可能性が無い分反ってやりやすくなった。
20体ほどオークを倒したあたりで、ついに生きているオークがいなくなった。
一人残っている騎士も、安全を確信したようでこちらに走り寄ってくる。
「そこで止まれっ!」
アリアが剣を抜いて警告すると騎士はピタリと止まって、逃げたことへの弁解を始めた。
「まっ、待ってくれ!君達にオークを押し付けてしまったのは謝罪のしようもない、申し訳なかった。だが、おかげでまたお嬢様に会える、助かった」
「ふんっ、まぁいい。スズ様、そろそろ行きましょう、早めに宿も取らねばなりませんし」
騎士の謝罪に一先ず溜飲を下げたアリアの提案に同意して馬車へ乗り込むと、騎士が御者をすると申し出てきた。
「お前を馬車に乗せるわけないだろう、走って着いてこい」
「名案ですね。ね、スズ様」
どうやらアリアとリリーの気はまだ収まっていないらしく、俺とリリーが馬車に乗り込んだのを見て、すぐに馬車を走らせ始めた。
最初はびっくりしてしまったが、アリアも大きく突き放す気は無いようで、いつもよりゆっくりとした速度で馬車を進めていた。
まぁ、それでも騎士はかなり必死で走っているようだが…。
しばらくすると、大きな城壁が見えてきた。おお、さすがに王都近くの街となると壁もデカくなるんだな、ガルドと比較しても遜色ない大きさだ。
あれが王都に次いで大きいと言われる街タミアか、今から街を回るのが楽しみだ。
でもその前に、後ろから着いてきている騎士を帰さなきゃな。
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