第25話 誘蛾灯と子爵

 スズ達が散策を終えた夜のこと。

 「眠ったようですね」


 「あぁ、そうだな」


 「いつ見ても本当に可愛らしい寝顔」

 従者の二人が安らかに寝息を立てている主人の頬や頭を、目を細めて愛おしそうに撫でる。


 「気持ちはわかるがそろそろ行くぞリリー。スズ様が眠っている間に終わらせねば」


 「わかっていますよ」


 二人は眠っている主人を起こさないように、小声で会話をしながら慎重に部屋から抜け出し、音を立てないようにそっと扉を閉める。

 リリーが防御魔法を扉に使って開かなくなったことを確認してから、二人は街へ出ていく。



 街の中でも人気のない地区に移動して路地裏に入ると、アリアが虚空に向かって話しかける。


 「明かりに群がる虫のように、燦然と輝くものに目を奪われてしまうのは仕方のないことだ。だが、何事にもやり方というものがある。出てこい、下衆共」


 「バレてたか。まぁいい、わざと俺達を誘い込んだようだが、この周辺にはすでに俺達の仲間が大勢控えている。顔さえ傷つけなければ、少々手荒い真似も許されてるんだ。後悔するなよ」


 「聞いてた通りかなりの上物じゃないっすか!多少の味見するくらいあの人も大目に見てくれますよね?」


 「はぁ…、所詮は虫か」

 路地裏を挟むようにしてこちらを囲い込んでいるを見て、従者の二人は呆れたように深くため息をつく。



 あの屋敷で応接間に入った瞬間から、二人は気付いていた。

 粗暴な門番に、壁際に立つ男達、そしてロアール・ウルクと名乗る男が、自分たちを獲物として見ていたこと。特に、二人の崇拝する主人を。


 屋敷を出て街を散策している間も、かなりの人数が尾行していることにも気付いていたが、主人に心労をかけるわけにはいかないとあえて無視をしていた。

 駆除ならいつでも出来る、そう考えて。


 「強がるのも今のうちだぜ、この路地裏じゃお前の長剣も自由に振り回せんだろう」


 「スズ様から頂いた愛の結晶を、貴様らのような虫の血で汚すわけないだろう。おい、リリー」


 「はいはい、“守護天使ガーディアン・エンジェル”」


 「よし、素手で虫を触るのは少々気色悪いが相手をしてやる。かかってこい」

 アリアはファイティングポーズを取ると、リーダー格らしき男を挑発する。


 「素手だぁ?舐めやがって!」

 路地裏を挟んでいた男たちが、短剣を持って二人に襲いかかる。


 「ふんッ!」

 「ぐべあっ」

 短剣を振り下ろしてきた男に、アリアが拳を振り抜くと、短剣が砕け散り男が吹き飛ばされる。


 「なっ…!剣ごと叩き割りやがった!なんなんすかアレ!」


 「うるせぇ!少しでも傷さえつけりゃこっちのもんなんだ!いけ!」

 大声を張り上げて周りを奮い立たせるが、次から次へと仲間が倒れていく。




 「なぜだ…なぜ痺れ薬が効かない…」

 いつの間にか路地裏には大勢の倒れた男たちが転がり、中には腕や足があらぬ方向を向いている者もいる。

 最後に残ったリーダー格の男は、その人外じみた腕力もそうだが、短剣に仕込んだはずの痺れ薬が一向に効果を現さないことに慄いていた。


 「ん?さっきから何かレジストしていると思っていたが麻痺だったか。スズ様からの寵愛で状態異常に耐性を持っている、効くわけないだろう」


 「そんな馬鹿な話があるかっ、クソッ!」

 「“バインド”」

 男は踵を返して逃げようとするが、リリーの魔法によって拘束され地面に転がる。


 「貴様らの飼い主に伝えろ。それなりの謝罪をすれば今回は許してやる、だが次は無い。いいな?」


 男が何も言わずに首をブンブンと縦に振ったのを確認して、二人は宿へ歩き出した。



 「早く戻りましょう、スズ様との添い寝の時間が減るのは惜しいです。あ、一度お風呂に入って下さいね?少し臭いますよ」


 「なに?虫の臭いがついたか…。ん?…予想出来ていたことだが、虫はあれで全部じゃないらしい」

 従者が宿を出たということは、残っているのは幼気な少女ただ一人。

 そのことを、悪知恵の働く虫達が見逃すはずは無かった。


 「全く…どこからでも湧いてくるな…」

 「虫ですから」

 従者二人は、2度目の深いため息を吐いた。





 「どうなってる!?あれだけ金を払ったのに返り討ちにあっただと!?ふざけるのも大概にしろ!」

 朝になって部下からの報告を聞いたロアールは激昂していた。

 無断で家の金を使ってしまったが、あの女神官と女騎士を売れば十分補填できる額だった。いや、それ以上の金が生まれたはずだった。


 苛立ちを隠せないロアールは机に置いてあったコップを部下に投げつける。

 「失敗した時の為に指示したことはやってあるんだろうな!?」


 「はっ、はい。乗合馬車の件でしたら、確かに」

 コップに水が入ったままだったのか、部下が顔を拭きながら答えると、不意にドアがノックされた。


 「誰だ!?今忙しい、後にしろ!」


 「私がいない間好き勝手しているというのは本当らしいな、ロアール。それに、どうやら私が王都からここに来るまでの間にも何かやらかしたみたいだな」


 ロアールの言葉を無視するように部屋へ入ってきたのは、現ウルク家当主ダレル・ウルクだった。


 「ち、父上!?なぜここに!?」


 「数日前にジョーンズから手紙が届いたんだ。お前が家で勝手をしているから一度帰って来て欲しいとな。それで、今度は何をやらかしたんだ?教えてくれジョーンズ」


 「はい、旦那様」

 ジョーンズと呼ばれた執事が、スズ達がこの屋敷を訪問してからのことを語り出すと、みるみるうちにダレルの顔が赤くなっていった。




 「この馬鹿者が!家の金を使うだけじゃ飽き足らず、私のまで使ったのか!その上子爵を名乗っていたそうだな、現当主は私だ!お前ではない!あのジジイのお気に入りに手を出した挙げ句、返り討ちにあったなどと王都の連中に知られたら私はいい笑い者だ!今までは大目に見ていたが、ほとほと愛想が尽きた。お前を辺境伯領の訓練兵の中に入れる。しばらくそこで反省していろ」


 「そんなっ!」


 「最後の慈悲として縁は切らないでおいてやる。ただし向こうでまた何かしたら今度こそお前を廃嫡する。いいな?」

 ダレルがそう言うと、部屋に使用人が二人ほど入ってきてロアールを両側からがっちりと掴んで拘束する。


 「まっ、待って、待ってよパパ!」

 部屋の外へ引き摺られるように出ていくロアールが暴れて抵抗するが、使用人は意にも介さない。


 「そう呼ぶなと何度言ったらわかる!はぁ…、少々甘やかしすぎたな。それで、例の勲章持ちはどうなってる」

 ダレルはロアールが部屋から引きずり出されたのを見届けた後、執事にスズ達のことを聞く。


 「それがですね…」


 アリアから駒へ与えられた伝言をそのまま伝えると、ダレルは軽く眉間を揉んでから指示を出す。


 「王都で言いふらされたら困るな。ナハ村に支援金を送っておけ、その少女についてはお前に任せる。金に糸目はつけなくていい」


 「かしこまりました」


 「はぁ…手痛い出費になりそうだ」







 「えっ、乗合馬車が出ない?」


 「そうなんだよ。なんでも、朝見たら車輪が壊されてたんだってよ。車輪の修理に3日はかかるって話だぜ」


 乗合馬車に乗るために関所前の広場までやってきたが、出鼻をくじかれてしまった。

 参ったな…。まさかガルドから出て1つ目の街で足止めを食らうなんて…。

 まぁ急ぐ旅でもないし、あと3日くらいなら我慢するか?


 「失礼、少々よろしいでしょうか?」

 一度宿に戻って予定を立て直そうかと考えていると、執事服を着た40歳くらいの男性が立っていた。


 「私ウルク家の執事を務めております、ジョーンズと申します。この度はナハ村をゴブリンキングという脅威から救って頂いたということで、から感謝の品をお送りしたいと、馳せ参じた次第でございます」


 わざわざ謝礼品を送ってくるなんて、義理堅いんだなぁ。これなら、ナハ村にもちゃんと支援金を送ってくれそうだ。若いのにしっかりした領主みたいで、少し安心した。


 謝礼品は簡単に運べないような物らしく、ジョーンズさんが謝礼品のある場所まで案内してくれるそうだ。

 でも、運べないほどデカい物を渡されても困るんだが…。


 広場をほんの数十メートルほど移動して、一台の小さな馬車の前まで来たところでジョーンズさんが立ち止まった。


 「こちらでございます」

 こちらです…って、え?これ?


 「あの…もしかしてお礼の品ってこの馬車ですか?」

 いくらなんでも信じられないので、ジョーンズさんに確認すると、その通りだと言う。


 「お気に召しませんでしたでしょうか?」

 ジョーンズさんが不安そうな表情で見つめてくるが、そういう問題じゃないだろう。

 馬車ってそんな簡単にあげたりするものなのか?いくら小さくても、この世界じゃ値が張るものじゃないのか?貴族だとこういう金の使い方もするんだろうか?

 っていうか、そもそも馬ってどうやって世話するんだ?それに御者なんて出来ないぞ、乗馬なんて元の世界でもやったことないのに。


 「その、折角用意してもらって申し訳ないんですが、御者を出来る者がいないので今回はお気持ちだけ頂く形に…」


 「御者なら出来ますよ、スズ様」

 俺が断りの返事を入れようとしたところで、アリアが出来ると言い出した。

 本当なのか確かめるために試しに馬車馬へ乗らせてみたところ、アリアは見事に馬を操ってみせた。


 無事に御者を任せられると判断したのか、ジョーンズさんは一通り馬の世話の仕方を教えると、これで話は終わりとばかりに帰って行ってしまった。


 「どうしよう、これ…」


 「まぁ、良いんじゃないですか?旅をするなら馬車の一つくらい欲しいですし」

 呆気にとられている俺とは対照的に、リリーは馬車を貰うことに抵抗がないらしい。

 確かにリリーの言う通り、これから先ずっと乗合馬車で旅を続けるのは無謀なのでは、と実際に乗った時に思ってはいたが…。


 まぁいいか…。餌はインベントリに入れておけばいいし、安宿には泊まれなくなるかもしれないが、金は持ってるんだ。

 あれ、案外いけるかも?









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 主人公は能天気です。

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