王都への道中

第21話 乗合馬車

 「すみません、騒がしくて。私クララっていいます、こっちのバカがルーク。この乗合馬車の護衛を任されてる冒険者です」


 「こう見えても俺達C級なんだぜ!アバンに着くまでは厄介な魔物も出ないし、ここは俺達に任せて安心してくれよな!」


 王都を目指す、とは言ったがガルドから王都に一本で行く乗合馬車は無いらしい。

 そもそも道中に魔物が出る危険性があるため、ほとんどの乗合馬車は特定の街と街を往復するだけということだった。


 そのため、王都へ行くには街から街へ、数珠つなぎに乗合馬車を乗り継いでいくしかない。そのまず1つ目となるのが、この乗合馬車の向かっているアバンという街だ。

 お爺ちゃんによれば、王都へは専用の馬車で飛ばしても1週間はかかるとのことだったので、乗合馬車で、となればその倍かそれ以上の期間がかかることが予想されるだろう。


 とはいえ、自動車も無く、道もろくに舗装されていないこの世界での長旅は、予想出来ていたことだった。だったのだが…。


 尻が痛い…!、これを2週間以上も耐えなくちゃいけないのか?

 辺境伯邸に向かう時はそうでもなかったから油断していた。あれは貴族用の馬車であって、平民用の馬車ではないんだ。

 あの時の馬車はクッションもあったし、恐らくだがサスペンションに似たようなもので衝撃を吸収していたんだろう。

 それに比べて今乗っている馬車は、クッションも無い板張りの座席のせいで、小石に軽く乗り上げただけで俺のケツを突き上げてくる始末だ。


 「どうかされましたか?スズ様」

 モゾモゾとしている俺を不思議に思ったリリーに、尻が痛いということを小声で伝えてみる。


 「なるほど、それはいけませんね。ですが、いい案がありますよ」

 なに?もしかしてクッションでも持ってきてるのか?それとも、特殊な座り方でもあるんだろうか?実際リリーもアリアも、尻を痛がっている様子が無いな。

 ここは一つ試してみようじゃないか。



 「いや、おかしくないか?これ」

 いい案を教えてもらおうと、リリーに聞いてみた途端、リリーが俺の脇の下に手を入れて持ち上げ、自らの膝の上に乗せた。

 いや、確かにこれなら俺の尻は痛くならないと思うが、リリーの負担が増すだけじゃないか?

 

 「問題ありませんよスズ様、むしろ助かります」

 何が助かるんだ…。大人しく俺が座っているのを確認したリリーがシートベルトのように腰辺りに手を回して固定してきた。せ、背中にも何か柔らかいクッションが…。

 っていうかこれ、物凄く恥ずかしいんだが…。ルークくんもクララさんもこっちを変な目で見てるし、他の乗客からも何か微笑ましい表情を向けられている気がする。


 「な、仲がよろしいんですね。…おっと」

 俺が気まずい思いをしていると、急に馬車が止まった。



 「冒険者さん、前に何かいるようなんだが、遠くて見えん。魔物かも知れないから見てきてくれないか」

 「おっ、よっしゃ!ちょっと見てくるから待っててくれよな」

 御者さんが前方に何か見つけたというので、俺もレーダーを取り出してみると、赤い点が4つほどあるのが確認できた。何かはわからないが、敵性存在なのは間違いないらしい。

 そのことをクララさんに伝えると、びっくりはしたものの、すぐに顔を引き締めて、先に行ってしまったルークくんのところへ走っていった。




 数十分ほど経つと、二人が戻って来て、俺の忠告で楽に倒せたとお礼を言ってくれた。

 「正体はゴブリンでした。どうやら群れから逸れてこの道に迷い込んできたみたいですね」

 ゴブリン…!やっぱりいるんだな!

 ゴブリンがどういう魔物なのか聞くと、怪訝な顔をされてしまったが詳しく教えてくれた。

 基本的に群れで行動し、大きな集団になると、集落のようなものを使って定住する。

 雑食性で繁殖能力が高く、短命のため環境に適応するための進化サイクルが早いのが特徴。

 小規模な群れでは人間を襲わないが、集団が大きくなるにつれ加速度的に人間を襲うようになるので、大きな集団になる前に間引かなければいけないらしい。

 狩られる側から狩る側に回ることで、人間を食料として見るようになることが理由とのことだ。


 生態だけ見れば厄介な外来種みたいだが、人間を食べるのか…。こりゃ気をつけないとな…。






 ゴブリンの一件からしばらく経って、日が落ちる少し前に目的地であるアバンが見えてきた。

 ガルドよりも少し低めの壁で囲われているが、ここはガルドと違って頻繁に獣や魔物が襲ってくるわけではないので、これで問題ないらしい。


 乗合馬車と言えど、門を素通りとはいかないようで一度全員降りて身分証の提示を求められた。

 フフフ…、ついにこのエンブレムを出す時が来たか。


 「次!」

 「あっ、はい。これで通れますか?」


 「ん?なっ!?…君、これをどこで?」

 「おじ…ガルド辺境伯様から頂いたのですが、通れませんか?」

 「しょ、少々お待ちいただけますか」

 エンブレムを見せた途端に門番の顔色が変わり、何度もエンブレムと俺の顔を交互見た後、中に引っ込んでしまった。

 もしかして、ダメだったのか?


 数分ほど待っていると、先程の門番が戻ってきた。

 「お待たせ致しました。お通りになって頂いて構いません」

 入領の許可が出たが、最初より接し方が丁寧になっているところを見ると、男爵程度の扱いになるというのは本当なのかもしれない。



 無事街の中へ入ってすぐに、ガルドを出発する時に見たグレンさん達が乗っている馬車を見つけたので話しかけると、今日はここに泊まって明日の朝にはまた出発するとのことだった。

 それに加えて、この街の乗合馬車が出るのは3日後というのも教えてくれた。

 どうやら、ここで本当にお別れのようだ。


 日も落ちてきて段々と暗くなってきたので、今日はもう宿で休もうとリリーとアリアに提案すると賛成してくれたので、まずは宿を探すことにした。


 「宿を探してるんですか?」

 唐突に話しかけられたので、後ろを振り向くとクララさんとルークくんが立っていた。

 「宿を探してるなら、陽だまり寮がオススメですよ。この街に泊まる時には、いつもお世話になってるんです。食事は出ませんけど、安いのに掃除が行き届いていていいところですよ。一度ここのギルドに依頼の報告をしてからになっちゃいますけど、案内しましょうか?」


 クララさんが魅力的な提案をしてくれたので、それに乗っかることにする。

 この街の冒険者ギルドは、ガルドと違って街の中心にあった。冒険者ギルドが街の端っこに位置しているのは実は珍しいことらしく、ほとんどの街では中心に置かれているのが当たり前らしい。

 確かに人を派遣する場所が街の端にあったら不便だもんな、そりゃそうか。


 さらに、冒険者ギルドの真横に同じようなデカい建物があったので、ついでに聞いてみると、商業ギルドという冒険者ギルドから派生したまた違うギルドとのことだった。




 クララさん達の報告も終わったところで、オススメの陽だまり寮という宿に向かうことになった。

 寄宿舎でもないのに寮という名がついているのは、昔冒険者専用の宿だった頃の名残で、街を転々とする武闘派の冒険者が減ったことで経営が成り立たなくなり、今は普通の宿屋になっているらしい。


 陽だまり寮の外観はまさに寄宿舎といった感じで、3階建ての装飾なども無い長方形の建物だ。

 中に入るとすぐに受付があり、早速3人部屋はいくらかと聞くと1万シェルだと言われた。たしかに安いな、翡翠の泉亭の3分の1だぞ。


 受付に銀貨を一枚渡すと、部屋番号が書かれた鍵をもらったので、クララさん達にお礼を言ってから部屋に向かった。



 ドアノブに手をかけて、アバタールームに行くことを強く念じながらノブを回すと、無事にアバタールームに入ることが出来た。

 良かった。これでドアさえあれば、どこでもアバタールームに行けることが証明されたかもしれない。

 今日はもう馬車に乗りっぱなしで疲れたし、風呂に入ってさっさと寝るとしよう。


 次の乗合馬車が来るまでの3日間どうするかな…。

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