第20話 旅立ち
「お爺ちゃん、本当に色々とありがとうございました」
「またいつでも来てくれていいからの、スズちゃんなら大歓迎じゃ」
あれから夕飯を頂き、デカい風呂まで堪能した俺達は、翌日の朝に辺境伯邸から帰るところだ。服もドレスからいつもの服装へ戻している。
呼び方が変わっているのは、夕飯を共にした時にそう呼んで欲しいと請われたからだ。ヴィクターさんは最後まで渋い顔をしていたが、結局は何も言わなかったので、お言葉に甘えている。
帰りも翡翠の泉亭へ馬車で送ってくれるらしく、至れり尽くせりだ。
「シリウス様、あの少女に心を許し過ぎでは?」
「何を言うておる、老い先短い年寄りの我が儘くらい、少しは聞いたらどうなんじゃ。ハァ…、あんな可愛い孫娘がいたらのう…、余生にもハリが出るというのに。なんでうちには男子しかいないんじゃ…」
馬車が宿に着いたので中に入ると、途端に1階にいた大量の人に囲まれてしまった。
「溢れを終わらせた真っ白い光ってスズちゃんだったのかい!?」
「本当にこんな可愛い女の子がか!?」
「あんたのおかげで息子の顔が見れたよ、本当にありがとう」
どうも辺境伯邸に行っている間に、冒険者や兵士の談と領主から迎えが来たという事実から、溢れを終わらせたのが俺だということが、街中に広まってしまったようだ。
ヘルガさんも興奮しっぱなしで、宿代はもう要らないとまで言ってきたが、さすがに悪いので払うつもりだ。
宿に入ってから絶えず人が話しかけてくるので、3階にある自分たちの部屋に到達するまでにえらい時間がかかってしまった。
それから一週間ほど経って、ついにガルドを旅立つ時がきた。
この一週間で存分に街を観光出来たし、ガルド
お世話になった人達に挨拶へ向かうと、皆見送りをすると口を揃えて言ってくれた。
この街から出る方法は、基本的に乗り合いの馬車しかないらしく、それ以外となると、貴族や商人が持つ個人所有の馬車か、さもなくば徒歩だと言われてしまった。
その乗り合い馬車が丁度今日出発するというので、急遽出発を決めたのだ。
俺達がこの街に入ってきた関所とは反対側にある関所近くの広場で、乗り合い馬車を待っていると、竜剣の皆さんやヘルガさんだけじゃなく、街中の人が集まって来ているようだった。
予定していない大勢の人達に囲まれ呆然としていると、人混みの中からミアさんが前に出てきた。
ミアさんから話しかけてくるなんて珍しいな…。
「助かったわ、その、ありがとう」
そっぽを向きながらミアさんが感謝の言葉を言ってくれたが、ヘルガさんが後ろからミアさんの頭を
「全く素直じゃないねぇ、この娘は!」
親子のやり取りを微笑ましく見ていると、何やら後ろのほうがざわつき始めた。
段々そのざわめきが近付いて、人混みが真っ二つに割れた先には、ガルド
「お爺ちゃん!」
俺がガルド辺境伯のことをそう呼ぶと、グレンさんがギョッとした顔になった。
「お爺ちゃんって…。シリウス、あの
「ほほ、羨ましいじゃろう?グレン」
前々から思っていたが、貴族相手にあんな軽い口を叩けるあたり、二人は親しい関係なんだろうか?
「儂とグレンは昔からの仲でな、もう40年になるかの」
40年ってことは、以前の溢れがきっかけなのかも知れないな。
「そんなことより、もう行ってしまうんじゃな…」
「はい、本当に色々お世話になりました」
お爺ちゃんは寂しそうな顔を見せるが、俺が感謝の言葉を述べると少しだけ笑顔になった。
「そうじゃ、言い忘れておったことがある。王都に着いたら、儂の息子を頼るといい。これを渡せば後は察してくれるはずじゃ」
そう言ってお爺ちゃんが渡してきたのは、封蝋のされた手紙だった。
お爺ちゃんは相談に乗ってくれていた関係で、目的地のことを話してあるが、まさかこんなことまでしてくれるなんて…。
「何から何まで…、良いんですか?」
「いいんじゃいいんじゃ、この老いぼれに可愛い孫娘を目一杯甘やかさせておくれ」
孫娘になった覚えは無いが、ここまでしてくれたんだし、少しくらいサービスしても
「ありがとう!お爺ちゃん!」
俺が抱き着つくと、お爺ちゃんは見たこともない程目尻を下げて喜んでくれたが、俺の後ろを見た途端に顔が真っ青になり、俺から離れてしまった。
気になって俺も振り向くが、いつものアリアとリリーが居るだけだった。
「ふぅ…、肝が冷えたわい。じゃが、それだけの価値はあったのう。もう10年は若返った気分じゃ!」
乗合馬車の時間が来たようなので、乗り込もうとすると、真横に止まっていた馬車にアレクさんやグレンさんが乗り込んで行くのが見えた。
「実を言うと俺達も王都に行く予定だったんだ、奇遇だね」
えぇ…、じゃあ今の見送りはなんだったんだよ…。
どうやらもう少しだけ、アレクさん達とは離れられないみたいだ。
気を取り直して馬車に乗り込むと、俺達以外は全員乗り込んだ後のようだった。
「おいおい、まさか英雄サマがご一緒とはね。こりゃ楽が出来そうだ」
空いている座席に座ると、向かいの席の男が大きな独り言を呟いた。
「バカ。その英雄サマに快適な移動をしてもらうために私達が居るんでしょうがっ。すみません、こいつバカなんです」
横にいた女性が男の頭を容赦無く叩く。
「いてっ、わかってるよ!おかげでまたかーちゃんの飯が食えたんだ、感謝しないわけないだろ!なあっ、俺達も実はあの溢れのとこにいたんだぜ、あの真っ白い光りがブワーッ!ってなって獣共が消えていくのをこの目で見てたんだ!あれ君がやったんだろ!?どうやったんだ?やっぱり魔法か?すげーよなー!俺もいつか有名になって、いでっ!」
「話が長い、うるさい、バカ」
「バカは余計だろ!」
旅はまだ始まったばかりだが、退屈はしなさそうだ。
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