第19話 ガルド辺境伯邸 2

 「え、お爺さん!?」

 「ほほ、久しぶりじゃなスズちゃん」


 ソファに座っていたのは、以前にベンチでこの街の話を聞かせてくれたお爺さんだった。まさか…。


 「お爺さんが、ガルド辺境伯だったんですか…?」


 「そうじゃよ、何を隠そうこの儂が、この街を治めておるシリウス・ガルドじゃ。騙すようなことをして悪かったのう」

 なんてこった…。だとしたら俺、相当不敬なことをしていたんじゃ…。


 「すみません…、そうとは知らずに今まで大変な失礼を…」


 「あぁいやいや、いいんじゃよ。儂としても、可愛い孫娘が出来たみたいで楽しかったしのう。それにしても今日はまた随分と可愛らしい、どうじゃ、一度お祖父ちゃんと呼んでみてくれんか?」

 

 「はぁ…、シリウス様?」


 「お、おお、そうじゃな、3人共そこに座ってくれ。立たせたままで悪かったの」


 ガルド辺境伯の後ろに控えていたヴィクターさんが、呆れたような顔で注意すると、ガルド辺境伯はハッとした様子で着席を勧めてくれたので、遠慮なく3人がけのソファに座ることにした。


 俺達が座ると、ガルド辺境伯は先程の目尻を下げた表情から打って変わって、真剣な顔つきになり、唐突に頭を下げてきた。


 「御三方、此度の溢れを退けてくれたこと、誠に感謝する」

 これにはヴィクターさんも驚いたようで、目を見開いたまま固まっている。


 「あっ、あの、お礼とかは本当に大丈夫ですっ!それに、貴族の方があまり頭を下げてはいけないのでは…」


 「いや、今回ばかりは頭を下げざるを得ん。スズちゃん、本来この街はな、生贄なんじゃよ」


 「生贄?」


 「そうじゃ。溢れが来る度にこの街で足止めをして、援軍が到着するまでの間耐え忍ぶ。言うだけなら簡単じゃが、現実は違う。一領地であれだけの獣を相手にするのは不可能じゃ、耐えている間大勢の冒険者や兵士が犠牲になり、街に入り込めば今度は領民達が犠牲になる。この街の住人は、そんな恐怖と隣り合わせの場所で日々を暮らしておるんじゃ。それを何の犠牲もなしに溢れを退けてくれた英雄に、頭を下げないわけにはいかないんじゃ。スズちゃん、ありがとう、それしか言葉が見つからん」


 生贄。その言葉の意味を知って、溢れが終わった後の冒険者や兵士達の喜びよう、そしてグレンさんやガルド辺境伯がやけに感謝してくる理由わけがわかった。

 冒険者だけじゃなく兵士達でも抑えられなかったら、獣達は街まで侵入して街中を蹂躙するだろう。

 冒険者達が撤退し最前線に立ったあの瞬間、俺の背中には一つの街が乗っかっていたことを自覚して、今になって血の気が引いてきた。


 「わかってくれたかの、スズちゃん」

 俯いていた顔を上げると、ガルド辺境伯はいつもの優しい表情に戻っていた。


 「はい、グレン…ギルドマスターからもやけに感謝された理由がわかりました」

 「そうか、なら儂からの褒美も受け取ってくれるな!」

 「えっ?」

 俺が戸惑っていると、ヴィクターさんが棚から平たい箱のようなものを取り出して、テーブルに置いた。


 「シリウス様、本当によろしいんですね?」

 「儂ももう歳じゃ、いつまでも抱えておっても仕方ないじゃろう」

 ヴィクターさんがテーブルに置いた箱を開くと、中には紋章のようなものが彫刻されたエンブレムが入っていた。

 エンブレムは、丁度手に乗るくらいの大きさの盾形で、夜空を背景に狼が吠えているようなデザインだ。


 「グレンから身分証を欲しがっていると聞いてな。冒険者カードのように国は跨げないが、この国を回る分にはこれがあれば十分じゃろう。是非、受け取ってくれ」

 「あの…これは…?」

 「簡単に言えば、儂が後ろ盾にいるという証明じゃ。それを持っておれば…そうじゃな、男爵程度の扱いは保証出来るじゃろう」


 功績を上げれば騎士爵にも、ってグレンさんは言ってたけど、一気に男爵扱いとは…。実際に貴族になれるわけじゃないが、これがあればこの国を回る上で、かなり楽が出来そうだ。


 「非常に有り難いんですが、良いんですか?その、大事そうなものですけど…」

 「いいんじゃ、いいんじゃ。遠慮なく受け取ってくれ、受け取ってくれんと儂の気が収まらん」

 さすがに、ここまで言われて断るほうが失礼になるだろうと、遠慮なくエンブレムを受け取ろうとしたところで、廊下の方からメイドらしき女性の声と、誰かが走ってくるような音が聞こえてきた。


 「レオノール様っ!いけません!」

 女性の止める声が聞こえるのと同時に、高校生くらいの青年がドアを乱暴に開いて部屋に入ってきた。


 「お祖父様!溢れを退けた英雄が来ているというのは本当ですか!?」

 「レオノール!今は客人の応対中じゃ!何を考えておる!」

 ガルド辺境伯が叱りつけるが、レオノールと呼ばれた青年は勢いを失わず、お構いなしに俺達の方をキラキラとした目で見つめてきた。

 後から入ってきた青年を止めていたのであろう年配のメイドは、ドアの前で申し訳なさそうに小さくなっている。


 「おぉ!そちらの方々が噂の英雄なのですね!?是非ともお手合わせを願いたい!」

 「レオノール!いい加減にせんか!」

 ついに堪忍袋の緒が切れたのか、ガルド辺境伯は青年の首根っこを掴むと、俺達に一言断ってから部屋を出ていってしまった。

 部屋に残されたヴィクターさんに目を向けると、ヴィクターさんは深くため息をついてから、レオノールという青年のことを教えてくれた。


 「レオノール様はシリウス様の孫なのです。いつもは領民を想う良い青年なのですが、どうにもシリウス様に似て少々やんちゃに育ってしまったようでして…、名のある武人と聞くと、見境なく手合わせを申し込んでいるのです」

 やんちゃね…。ヴィクターさんも苦労してるんだな…。


 二人が部屋から出ていき手持ち無沙汰になってきたあたりで、やっと戻ってきたガルド辺境伯は、疲れた様子でソファにどかりと座ると、申し訳無さそうな顔で一言謝った後、遠慮がちに話を切り出してきた。

 

 「こんなことを頼むのは図々しいとわかっておるんじゃが…、レオノールと手合わせをしてやってくれんか?このままじゃと、スズちゃん達が帰った後も付き纏いそうでのう…」


 「構いませんよ、良い物も頂きましたし。ただ、手合わせって何で勝負するんですか?生憎、私は剣を使えないんですが…」

 俺が了承の返事をすると、アリアがすかさず立ち上がり、スズ様の手を煩わせるわけにはいかない、と自分から立候補してきた。

 ガルド辺境伯にアリアでも構わないか聞くと、むしろその方が有り難いと言ってくれたので、そのまま皆でレオノール君が待っているという屋外の訓練場に向かうことになった。




 到着した訓練場は円形をしていて、学校の体育館がすっぽり入りそうな広さをしている。随分広いんだな…。


 「おお!待っていましたよお祖父様!連れてきて下さったんですね!」

 訓練場の中心に立つレオノール君が俺達を見つけるや否や、もう待ち切れないと言った様子で、大きく手を振ってこちらに走り寄ってくる。


 「レオノール、こちらが今回相手をしてくれるアリア殿じゃ。それと一言だけ言っておく、覚悟するのじゃぞ」


 「それほどまでのお方なのですか?」

 少し驚いたような顔でレオノール君が聞き返すと、ガルド辺境伯は黙って頷いた後、アリアに武器は持っているか聞いてきた。


 「持ってはいるが、ここで抜くつもりは無い。木剣か何かがあれば一番いいんだが」

 アリアがそう言うと、ガルド辺境伯は近くにいた使用人に木剣を持ってこさせ、アリアに渡した。

 その光景を見ていたレオノール君は納得がいかないようで、アリアに抗議してくる。


 「木剣同士でなんて、やっても意味がないでしょう!最低でも訓練用の剣で手合わせ願いたい!」

 その台詞を聞いたアリアは、何か呆れた様子だ。


 「誰が木剣同士で、なんて言ったんだ。貴様は真剣で構わん」

 アリアの言葉にレオノール君は何か言いたげだったが、ガルド辺境伯が何か耳打ちをすると、悔しそうな顔で訓練場の中心へ走っていった。


 「スズ様、見ていてくださいね。は軽く往なしてきますから」

 領主の孫をあんなの呼ばわりか…。

 アリアが軽い足取りでレオノール君に向かい合う位置まで歩くと、レオノール君はしっかりと剣を構えるが、アリアは手をぶらりとさせて、自然体のままだ。


 俺達は入り口付近の屋根つきのベンチに案内され、ついでに何か冷たい飲み物ももらった。何の果物を使っているかわからないが美味しい。

 両者が位置についたことを確認したガルド辺境伯が、使用人に目配せをして開始の合図を送らせる。


 「よーい、始め!」

 合図がした途端、レオノール君が剣を大きく振り下ろすが、アリアはそれを軽く避けてから脇腹に一撃を加えた。

 少し怯んだレオノール君だったが、それから負けじと剣を振り続け、今度は全てアリアに叩き落されている。

 あれ…?アリアが持ってるのって木剣だよな?なんで真剣と打ち合えてるんだ?


 「剣の腹を叩いておるんじゃよ。剣を横から叩いて、逸らした方向とは逆側に移動して避けておるんじゃ。レオノールのやつはまだ打ち合えてすらおらん。ここまで差があれば、レオノールも身の程を思い知るじゃろうて」


 俺が疑問に思ったのを察してくれたのか、ガルド辺境伯が解説してくれた。

 そんなことしてたのか…、俺にはさっぱりわからんぞ。


 「ほれ、そろそろ終わりかの」

 ガルド辺境伯の言う通り、アリアがレオノール君の腹に一撃入れたのを最後に、崩れ落ちて動かなくなってしまった。


 「これで身の程を知ったじゃろう。おい、担架を持ってきてやれ」

 レオノール君が担架で運ばれていくのを見ていると、ガルド辺境伯が今日は泊まっていくよう勧めてくれたので、お言葉に甘えることにした。夕食も出してくれるそうなので、至れり尽くせりだ。

 これはガルド辺境伯には、頭が上がらなくなっちゃったな…。






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リリーが喋らなくなった…

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