第17話 招待状
「う、うおおおお!!」
呆然とこちらを見ている大勢の視線に気圧されていると、冒険者の一人が雄叫びを上げた。
それに呼応するかの如く、冒険者だけじゃなく、兵士たちも雄叫びを上げ始める。
「「「うおおおー!!」」」
「やったぞー!!溢れは終わったんだ!!」
「生きて嫁に会える…!」
大勢の雄叫びは、まるで地響きのように大地を、空気を震わせていた。
今度は俺達が雄叫びに呆然としていると、人混みをかき分けてグレンさんが走り寄ってきた。
「はぁ…はぁ…。今のは、嬢ちゃんがやったのか…?」
「はい、私のした攻撃ですよ。まぁ、ちょっとやりすぎちゃったみたいですけど…」
首を後ろに回して、すっかり掘り返されて茶色になってしまった草原をチラリと見る。
「いや、それはいい。この溢れをほとんど被害も出さずに終えられたんだ。土が掘り返されたくらいで文句の言うやつはいない。それよりも、まさか嬢ちゃんがこんなことを出来るなんてな…。嬢ちゃん、いや、スズ、ありがとう。後ろではしゃいでる奴らも同じ気持ちだろう。ここまで被害の少ない溢れは初めてだろう、多分だがこれから皆で祝杯を上げることになる。どうだ、是非参加してくれないか?」
祝杯か、この街に来てからイベント事なんて無かったし、参加するのも良いかもな。
「い「ダメだ」「ダメですね」
俺が了承の返答をしようとしたところで、アリアとリリーがズイと前に出てグレンさんの提案を断ってしまった。
あれから冒険者や兵士にもみくちゃにされながらも、なんとか宿に戻ってきたので、さっきの断りの真意を聞くと、あんな下卑た男たちの集まる場所へスズ様を連れては行けない、無防備な今のスズ様を危険な目に合わせられない、と強く説得されてしまい、俺は今アバタールームのベッドで不貞腐れている。
従者の二人は、サテライト・レイのCDが上がるまで俺を外に出す気は無いらしく、完全監視体制だ。
そしてその肝心のCDは、24時間。そう、丸一日だ。
この装備が実装されてから、当然の如くプレイヤーたちからのクレームが相次ぎ、運営はCDの延長という形で弱体化を図った。その弱体化が重なりに重なった結果、使用後は丸一日装備を外せない、というあまりにふざけた装備アイテムになってしまったのだ。
丸一日ここで監視されているのは辛すぎる、と二人に交渉してみた結果、明日の朝になればまた外に出してもらえることになった。
なんだか主従が逆転している気もするが、俺としても何かあった時に対処が出来ないというのは事実のため、仕方なく言う通りにしている。
「そうだ、忘れてた。アリア、ちょっと来てくれ」
アリアを呼び寄せると、インベントリから一つの装備アイテムをアリアに手渡す。
「これからはそれを着てくれ、今の装備は少々仰々し過ぎるからな」
手渡したのは、赤と黒が混じった騎士服だ。今着ている装備とは防御力が二回りほど劣るが、問題ない範疇だろう。街中でガシャガシャ言わせながら歩くのも、ちょっと大袈裟過ぎるしな。
「ありがとうございますっ!」
目を輝かせながら騎士服を受け取ると、その場で鎧を外しだしてしまったので、慌てて後ろを向く。
「スズ様!着替えましたよ!」
その声を合図にアリアの方を向くと、渡した装備が見事に似合っていた。
「よし、じゃあ試しにあの変身能力を使ってみてくれ」
アリアが以前見せてくれた、一瞬で装備を脱着する能力を使うと、問題なく下着姿と騎士服が入れ替わるように装備された。
うん、予想通り装備枠に入れることで脱着する装備を弄れるようだな。
アリアにさっきまで装備していた鎧を返してもらい、インベントリに入れる。
「これで前より動きやすくなるだろ?それに、まぁ、これなら抱き着かれても痛くないしな」
言っている途中で恥ずかしくなってそっぽを向いた俺を、アリアはお構いなしに力いっぱい抱きしめた。
翌日の朝、宿の食堂で朝食を食べていると、アレクさんが宿の入口から手を振りながら声をかけてきた。
「お~い、スズさーん!ちょっといいかーい!」
俺が声に気付いて手を振り返すと、アレクさんはこちらに近寄ってきた。
「食事中ごめんね、伝言を頼まれちゃってさ。ギルマスが今日中にギルドに来て欲しいって、大丈夫かな?」
俺が確認を取るようにリリーとアリアに目を向けると、二人とも渋々といった感じで頷いてくれた。
「大丈夫です。これ食べたら行きますね」
「そうしてくれると助かるよ。じゃあ俺は行くから」
アレクさんは伝言を伝え終わると、足早に宿を出ていってしまった。
朝食を食べ終えた俺達がギルドの中へ入ると、依然としてギルド中の視線が俺達へ向くが、今回ばかりはなんだか違うような…?
「お待ちしておりました、スズ様」
受付に声をかけるまでもなく、今回はシルビアさんから出向いてくれたようで、そのままグレンさんの執務室へ案内してくれた。
「おお、来てくれたか、早速で悪いがそこに座ってくれ」
グレンさんが笑顔で俺達を出迎えてくれる。
「まずはもう一度礼を言わせてくれ。君たちのおかげで人的な被害は皆無だった、こんな溢れはこの街の歴史でも初めてのことだろう。40年前のことが嘘みたいだ。本当にありがとう」
「私からもお礼を言わせて下さい」
そう言ってグレンさんが頭を下げると、側にいたシルビアさんまで頭を下げてくれた。
「い、いえ、気にしないでください。むしろ、こんな小娘の言う事を聞いてくださってありがとうございます。それよりも聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「気にしないってわけにはいかないが…、まぁいい。なんだ?」
「昨日の演説でも言ってましたけど、40年前って何があったんですか?」
「そのことか…」
グレンさんの話によると、40年前にも溢れが起きたが今回と同じように戦力が足らず、街に獣が侵入してきてしまったらしい。冒険者や兵士だけじゃなく、多くの領民が犠牲になり、最終的に近隣の領主の援軍もあって撃退することには成功したが、その時にはすでに街の中は酷いものだったらしい。
当時まだ若かったグレンさんも冒険者として参加していたそうで、右目に走る大きな傷跡はその時についた傷だそうだ。
「シルビアの親父さんは、その時にな…」
伏し目がちにグレンさんがシルビアさんのほうを見る。
「そうだったんですね…」
グレンさんとシルビアさんがやけにお礼を言うのはこれが理由か。
「と、まぁ嬢ちゃんを呼んだのはお礼を言うためだけじゃないんだ。見返りに、身分証が欲しいって言ってたろ?だが、旅をするために使う国中を回れる冒険者カード以外の身分証ってのは俺じゃ作れない。そこでだ、」
そう言ってグレンさんが懐から封蝋のされた手紙のようなものを取り出して、テーブルの上に置いた。
「シリウスから…、ガルド辺境伯からの招待状だ。昨日辺境伯の使いが届けに来てな、その時に身分証のことを伝えてあるから、何か手を打ってくれるはずだ」
「招待状ですか!?しかもガルド辺境伯ってここの領主ですよね?大丈夫なんでしょうか…」
おいおい、貴族からの招待状なんて嫌な予感しかしないぞ。でも、さすがに無視は出来ないよな…。
「ははっ、貴族と聞いて心配する気持ちはわかるが、ガルド辺境伯は信用出来るやつだ。悪いようにはならないさ、とりあえず開けて読んでみろ」
恐る恐る招待状をテーブルから拾い上げて封を開けると、中には手紙が一枚と、カードが入っていた。
手紙の内容は、明日の昼に泊まっている翡翠の泉亭に迎えを寄越すこと、服装はこちらで用意しているから気にしなくてもいいこと、カードは招待状を受け取った証明になるので忘れないこと。最後に、溢れを撃退したことへの感謝の言葉が簡単に書かれていた。
これはもう、行くしかないか…。
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