第16話 代迷詞
「おー…、こりゃすごいな…」
今俺は城壁の上に立って、冒険者が森の獣を抑え込んでいるところを遠目から見ている。
この壁からはまだ距離が空いているが、徐々に押されているところを見ると、ここまで到達するのも時間の問題だろう。
壁の側には、ガルド辺境伯のものと思われる兵士たちが規則正しく並んで待機している。
待機させずに、戦闘に向かわせた方が良いのではと思ったが、大勢が一箇所に固まってしまうと身動きが取りづらいこと、冒険者とは指揮系統が違うため混乱してしまうことから、この形にしているらしい。
「なぁ嬢ちゃん、本当に大丈夫なのか?」
グレンさんが心配そうに俺を見てくるが、多分大丈夫だろう。見る限り、森で遭遇した獣以外はいないみたいだし、問題なく殲滅出来るはずだ。
だが、そのためには…
「グレンさん、冒険者を下げられますか?」
今からする攻撃は、周辺に味方がいないことが大事だ。巻き込む危険性は出来る限り下げたい。
「下げるって、あいつらをか!?」
「はい、でないと殲滅するというのは厳しいです」
俺がそう告げると、グレンさんは腕を組みながら、顔を伏せて考え込む。
「いいからスズ様の言う通りにしろ。何を悩んでいるんだ、今はなんとか抑え込めているが、崩れるのは時間の問題だぞ」
アリアが忠告するが、悩むのは当然だろう。得体の知れない少女が、大丈夫だから冒険者を下げろ、と言ったところで何の保証も無いんだ。
もし失敗すれば、街に獣達が雪崩込むことになるかも知れない。そんな決断をそう簡単には出来ないだろう。
決心がついたのか、グレンさんが顔を上げて、近くにいたシルビアさんに指示を出す。
「シルビア、信号を出せ。青だ」
「よろしいんですね?」
「ああ、早くしろ」
シルビアさんが最後の確認をすると、小さな杖を取り出した。杖の先を空へ向けると、花火のように青く細い炎が空を走った。あれが撤退の信号なのだろう。
しばらくすると、信号に気付いた冒険者達が困惑しているのが見えた。
当然だろう、あれだけ鼓舞してきたギルドマスターからの早期の撤退命令だ。それに、このまま撤退すれば、森の獣達が壁の直ぐ側まで迫ってきてしまう。
壁の前で整列している兵士たちも動揺が隠せないようで、軽くどよめいている。
それでも、グレンさんのことを信用しているのか、冒険者たちがこちらへ撤退し始めて来た。撤退に反対している冒険者もいるようだが、他の冒険者に引きずられるようにして撤退してきている。
「よし。リリー、アリア、そろそろ行くぞ。…ってうわぁ!」
俺が二人に呼び掛けると、アリアが突然俺を横抱きに抱えると、壁から飛び降りた。
アリアは俺を抱えたまま、着地の衝撃を器用に抑えながら着地する。リリーもそれに続いて飛び降りてきたようだ。
「おい!こういうことをするなら前もって言ってくれ!びっくりするだろ!」
「申し訳ありませんスズ様。ですが、こちらのほうが手っ取り早いでしょう?」
アリアが悪びれた様子も見せずに、自慢げな表情で謝罪の言葉を口にする。
「はぁ…、まぁ実際今は少しの時間も惜しい。早く行こう」
突然上から飛び降りてきた3人組に驚いている兵士たちの視線を受けながら、撤退してきている冒険者とは逆方向に進んでいく。
「スズ様、大丈夫ですか?」
リリーが俺の緊張を察してか、気を使ってくれる。
「大丈夫だ、もう少し引き付けてから攻撃する。その後は無防備になるから、その時は頼む」
「お任せ下さい」
「命に替えても」
今、俺はいつもの二丁拳銃を外して、白いコートを着ている。このコートは所々に、黄緑やピンク色がネオンのように光ってSFを感じさせるようなデザインをしている。
そして何を隠そうこの武器は、発動後の
ここである程度殲滅できれば、後は冒険者と兵士だけで対処出来るはずだ。
「そろそろだな…」
向かってくる大量の獣が十分範囲内に入ったのを確認して、武器の発動準備をする。
この武器を使うなんて、いつぶりだろうな…。
「いくぞっ」
食らうがいい、ガンスリンガーの代迷詞!
「サテライト・レイ!!」
俺が武器を発動させると、コートが淡く光り始める。
コートと同期するように空が眩く光り出すと、無数の光線が空から槍のように降り注ぎ、轟音を鳴らし始める。
迫ってきていた獣達が、降り注ぐ光線に為す術なく倒れていくのを眺めているうちに、ついぞ光に飲み込まれて見えなくなってしまった。
サテライト・レイ、この
超広範囲に攻撃をばら撒くことが可能だが、発動後の
だが、この武器最大のデメリットはこれではない。
この攻撃は、フレンドリーファイアが有効になっているのだ。
PvE、PvPともに
それだけではなく、発動中の〝光〟にも問題があった。
眩い光線が放つエフェクトで画面が見えなくなるのだ。
範囲外になんとか移動したくても、このエフェクトがビカビカと光り続け、視界を塞ぎ続けるため、範囲外に出ることはまず叶わない。
そういった理由もあって、俺が好んで使っていたガンスリンガーは存在しているだけで蛇蝎のごとく嫌われていた。もちろん、俺は滅多なことがない限り使うことは無かったが…。
コートから光が消えると、今度は電気を消したように全面が暗くなり、灰色に染まる。
攻撃が終わったようだ。
コートの光と同時に降り注いでいた光線が止んで、光に染められていた視界が鮮明になると、目の前の光景はすっかり様変わりしていた。
緑に覆われていた草原は、光線によって地面が掘り返されて一面茶色に染まり、獣の血であろう赤が点々としている。
周囲を見渡すが生き残っている獣はいないようで、さっきまでの騒々しさが嘘のように草原を静寂が包んでいた。
「よし、戻ろうか」
満足そうに頷いてから二人にそう告げて振り返ると、冒険者と兵士がこちらを呆然とした顔で見つめているのが見えた。
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