第15話 『溢れ』

 「あのスズ様?今日は街を散策するのでは…?」

 ギルドへ向かい始めた俺を不審がるリリーの声で、ふと我に帰った。

 アレクさんの話を聞いて我慢できずに歩き始めてしまったが、二人に相談もせずに決めちゃいけないことだ。

 一度足を止めて二人と向き合う。身長差があるせいで、見上げる形になってしまうが、目を合わせて問いかける。


 「リリー、アリア、さっきの話を聞いて決めたことがある。俺は色んな街に行って、色んな物が見たい。他の国にも行ってみたい。そこでだ、そこに二人も一緒に来て欲しいって言ったら、付いてきてくれるか…?」

 二人の返答が怖くて、少し俯き気味になりながら二人の様子を窺う。


 「スズ様、それは……ズルいです」

 「ええ…ズルいですよ、スズ様」

 想像していた返答の、どれとも違う返答に困惑していると、二人が俺を挟むようにして抱き着いてきた。


 「今のはダメですよ…可愛すぎます」

 「そんな上目遣いでお願いされたら断れるわけないじゃないですか…。まぁ、お願いされなくても、俺達がスズ様から離れることなんてありませんがね」

 「えぇ、そうですよ。スズ様が嫌だと言ってもお側にいますからね」

 二人が嬉しいことを言ってくれているが、ぎゅうぎゅうと抱き着かれているせいで何も喋れない…!アリアに至ってはまた鎧が当たって痛いぞ…!


 「わっ、わかったから!公衆の面前で恥ずかしい真似をするな!」

 道のど真ん中でこんなことやってるせいで、通りすがる人達の視線が痛い。





 二人を落ち着かせて、なんだか顔が熱くなったまま冒険者ギルドの前まで来た。

 中に入ると、相変わらず不躾な視線が俺達を刺してくる。


 グレンさんは受付に伝えればいいって言ってたよな…。



 「よう姉ちゃんたち」

 受付へ足を進めようとしたところで、ガラの悪そうな男が俺達の前を塞いできた。


 「この間はアレクのやつが邪魔で近づけなかったが、今日は居ないみたいだな。どうだ?そんなガキの護、ぐうっ!!」

 立ち塞がってきた男が何か言いかけた瞬間、アリアが前に出てきて男を蹴り飛ばしてしまった。

 「ハエの分際でスズ様の前を塞ぐな」

 アリアがそう吐き捨てるが、当の男はすっかり伸びて耳には入っていないようだ。

 まぁ…今回ばかりは俺も怖かったし、仕方ないか…?



 男を放置して受付に向かうと、今の騒ぎでこちらを認識していたらしく、受付嬢から話を振ってくれたので、グレンさんへ会いたい旨を伝える。

 「少々お待ち下さい」

 受付嬢が奥へ引っ込み、1分ほどで先程の受付嬢とは違う女性が出てきた。

 銀縁の眼鏡が特徴の、茶髪のミディアムヘアで落ち着いた感じの女性だ。

 「ギルマスの秘書をやっている、シルビアと申します。以後お見知り置きを。それと、先ほど絡んできた冒険者に関しては、こちらで対処しておきますので」

 そういえば忘れてた…。騒ぎの件を謝罪すると、気にしなくていい、といった感じで片手を上げた後、ギルマスの元へ案内してくれた。



 部屋の前まで来ると、シルビアさんがドアを2回ノックして呼び掛ける。

 「ギルマス、スズ様達がお会いになりたいそうです」

 「お?嬢ちゃん達か。いいぞ、入ってもらえ」

 シルビアさんがドアを開けると、グレンさんが机に座って、こちらに顔を向けずに書類仕事をしているようだった。

 グレンさんはチラリとこちらを見やると、シルビアさんに下がるように言ってから、前回話し合いに使ったテーブルへ着いた。


 「ここに来たってことは、見返りの件だろ?随分早かったな、もうちょっと抱えとくもんだと思ってたぜ。まぁ俺としちゃ早いほうが嬉しいがな」

 俺がここに来た時点で、グレンさんは何の用事でここに来たのか、察しているようだった。

 なら、こっちも単刀直入に行こう。

 「私達、これから色んな街や国を回って旅がしたいんです。でも、そのためには身分証のような物が必要だと思うんです。この街に入る時にも、少し手間取っていましたし…。お願いできませんか?」

 「身分証?冒険者カードじゃダメなのか?」

 「冒険者カード…?」

 「冒険者になると冒険者カードってのが作られて、それが身分証になるんだ。ほら、これが俺のカードだ。どうだ、冒険者もそう悪いもんじゃないぞ?」

 グレンさんが懐からメタリックなカードを取り出して、こちらに見せてくれる。これが冒険者カード…。

 でも…冒険者かー…。


 「スズ様を小間使いにでもする気か?」

 アリアの爆弾発言がまた飛び出した。

 が、正直俺もアリアと同じ気持ちだったりする。最初は冒険者という職業に魅力を感じていたが、蓋を開けてみれば、冒険者とは名ばかりの日雇いアルバイトのような扱い。武闘派の冒険者も居るには居るが、ごく一部でしかない。

 なんというかこう、夢が無いのだ。


 「こ、小間使いってなぁ、まぁ否定もできないのが悔しいところだが…。だが、庶民が作れる身分証なんて、それくらいなもんだぞ?後は、何かしら功績でも上げれば一代限りの騎士爵になれたりもするが、滅多にないことだ」

 う~ん、やっぱり冒険者になるしかないか…?






 俺が悩んでいると、にわかに階下が騒々しくなってきた。

 建物の外からも、鐘のような音がけたたましく聞こえだした。

 四方から聞こえてくる音に戸惑っていると、廊下からドタドタと足音がして、ノックも無しにドアが開いた。

 「ギルマス!早く来てくれ!森が『溢れ』を起こしてる!!」

 一人の冒険者が乱暴にドアを開けたと思うと、ギルマスであるグレンさんに大声で報告する。

 「なに!?すまん、嬢ちゃん、この話はまた後だ」

 グレンさんが冒険者の報告を聞いた途端、顔色を変えて1階へ降りてしまった。

 『溢れ』って、前にお爺さんに聞いた森から獣が押し寄せてくるっていうアレだよな?


 居ても立っても居られなくなって、俺達も1階のエントランスへ行くと、入ってきた時とは比べ物にならない数の冒険者がエントランスにひしめき合っていた。


 「おい!よく聞け!40年ぶりの『溢れ』だが、恐れることはない!こっちには竜剣を代表するA級パーティーが3組もいる!ガルド辺境伯様も兵を出してくくれるだろう!40年前の悲劇を繰り返すな!!」

 お立ち台のような場所に立ったグレンさんが冒険者に向かって演説すると、士気は万全と言った形で、冒険者たちが叫び声を上げながらギルドを出ていく。


 途端にガラリとしたエントランスで呆然としていると、グレンさんが近付いてきた。

 「嬢ちゃん、頼みがある。聞いてくれるか」

 グレンさんが顔を強張らせながら尋ねてきたので、了承する意味で軽く頷くと、グレンさんが話し始める。


 「正直なところ、今の戦力で『溢れ』を抑えるのは無理だ。A級パーティーが3組いないのでは、話にならない。そこでだ、嬢ちゃん、君の護衛を少しの間貸してくれないか。君の護衛は3日以上も森で生き延びた実績があるし、見た所かなりの実力者だろう。頼む。『溢れ』を抑えるのに力を貸してくれ、この通りだ」

 そう言うと、グレンさんが深々と頭を下げて懇願する。



 「スズ様、どうされますか」

 アリアがそっと耳元で聞いてくるが、答えは決まっている。


 「いいですよ、早速行きましょうか」

 「スズ様ならそう言うと思っていましたよ」

 俺がギルドの出入り口へ歩きだすと、リリーが後ろから誇らしげに言ってくる。


 「い、いや、嬢ちゃんは行かなくていいんだぞ!君は安全な場所に避難していてくれ!」


 「何か勘違いしてないか貴様、スズ様は俺達などよりもよっぽど強い。お前こそ、安全なところで大人しくしてるんだな」

 

 「は…?」

 空っぽのエントランスに、グレンの間抜けな声が響いた。

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