第12話 散策と情報収集

 ギルドを後にした俺達は、街の中を軽く散策したが、街全体を見ることは叶わなかった。

 どうやらこの街はかなりの面積があるらしく、入ってきた関所から、俺達が泊まっている翡翠の泉亭、冒険者ギルドの付近は街のごく一部に過ぎないようだ。


 そして、この街は名はガルド、正確には辺境伯領都ガルドというらしい。

 街を治めているシリウス・ガルド辺境伯の家名がそのまま名付けられたこの街は、ガルド辺境伯の大きな屋敷を中心として、放射状に道が走り、それを基準に家や店が立ち並んでいる。というのを屋台のおじさんに教えてもらった。

 教えてもらったお礼に、売っていた串焼きを買おうとして銀貨を渡したところ、逆に困らせてしまった。

 金貨は1枚10万シェル、ということは知っていたので、利便性のために換金する時には全て銀貨にしてもらったが、これでも買い物をするには少し不便らしい。


 銀貨1枚1万シェル、大銅貨1枚1000シェル、小銅貨1枚100シェル。

 屋台回りで買い物をするなら銅貨類を持っていたほうがいい、と屋台のおじさんが両替までしてくれた。

 おじさんが親切な人で良かったな…。もしかしたらボッタクられていた可能性もあったわけだし。


 話を戻して街の作りに関してだが、森へ通じる関所から、中心にある屋敷へ一直線で行けてしまうというのは、防衛の面で問題があるのではと思ったが、どうやらあえてこういう形にしているらしい。

 辺境伯領、と一口に言ってもこの領土が相手にするのは人ではなく、森に住む獣を相手にしている、というのがその理由だ。


 数十年に一度起こる、『溢れ』という森から大量の獣が攻めてくる現象に対処するため、援軍を向かわせやすく、かつ街に獣が侵入してきても迎え撃ちやすい形にしている。冒険者ギルドが関所の近くにあるのも、森へ出入りする冒険者を考えてのことだ。

というのを、屋台で買った肉の串焼きをベンチに座って食べている時に通りがかった、身なりのいいお爺さんが教えてくれた。


 お爺さんがやけにこの街に詳しそうだったので、思い切って色々なことを聞いてみることにした。

 「ねぇ、お爺さん」

 「ん?なんじゃ?」

 「ずっと気になってたんですけど、冒険者って何をする人達なんですか?」

 俺がこの街に来てから、気になっていたこと、それは冒険者という謎の職業の存在だ。

 俺の予想では、狩人か、それに準じる職業であろうことは想像に難くない。

 答えを催促するようにおじいさんの方を向くと、信じられない、といった様子で目を見開いてこちらを見つめていた。


 「参ったのう…、お嬢ちゃんは箱入り娘か何かじゃったんか?まぁ良いか、教えてあげよう」

 お爺さんが説明するに、冒険者というのは何でも屋に近いらしい。

 商人の護衛や、街から街への配達、果ては街の清掃なども受け持ち、依頼を出し、それを受ける人間さえ居れば、どんなことでもやる。それが冒険者だ。と、おじいさんは語る。

 すごいな…、本当に万屋みたいだ。


 「でも、なんで冒険者って言うんですか?聞く限りだとただの何でも屋って感じですけど…」

 おじいさんの話を聞いていると、冒険者に冒険要素が無さすぎないか?

 なんで冒険者なんて、大層な名前が付いてるんだろう。


 「はははっ、お嬢ちゃんは痛いところを突いてくるのう。この街の外に大きい森があるじゃろ?あれが冒険者の始まりなんじゃ」

 元々冒険者というのは、この大陸の中心に広がる広大な謎の森を探索し、未知を追い求める者たちのことを言ったらしい。

 時代を経るにつれて森の外周部の探索が進み、奥へ行けなくなった冒険者達が少しずつあぶれ始めたことで、野盗化することを危惧した国々がその受け皿と、冒険者の管理を兼ねて作ったのが冒険者ギルド。

 それが今は形骸化し、何でも屋=冒険者というイメージになってしまったんだとか。


 「この街には武器を持った武闘派の冒険者が多いじゃろ?それはこの街が森に近いからなんじゃな」

 

 冒険者ギルドに行った時に、粗暴そうな人達が多かったのはそういう理由だったのか…。


 「そろそろ帰るとするかの、久しぶりに若い娘と話せて元気が出たわい。お嬢ちゃんも気をつけて帰るんじゃぞ、まぁその心配は無さそうじゃがな」

 「はい、2人のことは信頼してるので。今日は色々ためになるお話ありがとうございました」

 俺が軽く頭を下げると、お爺さんは満足そうな顔をして帰っていった。


 「陽も落ちてきたし、俺達もそろそろ帰ろうか」

 「「はい、スズ様」」


 帰路について無事に翡翠の泉亭に戻ってきた俺達は、ヘルガさんに今日の分の宿泊代を渡して、ついに自分のお金で払うことが出来た。

 ヘルガさん、随分嬉しそうだったな…。


 宿に戻ってきて思い出したが、いい加減お風呂に入りたいんだよなぁ。

 あの森で目覚めたときから、風呂はおろか着替えすらしていないんだ。今度ヘルガさんに銭湯みたいなものがないか聞いてみるか…。



 そんなことを考えながら部屋のドアを開けると、そこに部屋は無く、なぜか何も無い真っ白い空間が、目の前に広がっていた。

 「はえ…?」






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 シリウス・ガルド辺境伯視点


 「それで、職務を放りだしてそのスズという少女に会ってきた感想は?」

 「そりゃあもう可愛らしい娘じゃったぞ、お付きの二人もそりゃあ美人じゃったしな!わしも若さを分けてもらった気分じゃ!」

 長年わしに仕えてきたヴィクターが遠慮なくチクリと刺してくるが、負けじととぼけ返す。


 「そうではなくてですね…、危険は無いのかと聞いているんです。話によれば、あの森で3日以上生存し、悪魔まで倒した上、あの竜剣が勝てないとまで言ったんですよ。そんな正体不明の3人組に護衛もつけずに…」

 マズい、ヴィクターの説教が始まる前に話を変えなくては。


 「あーわかったわかった!じゃが、お前の言うような心配は要らんと思うぞ。あの娘、通貨の価値だけじゃなく、冒険者がどんな職業かも知らない様子じゃったぞ、まるで箱入り娘じゃ。後ろに控えていた二人も、娘に忠誠を誓っているようじゃったし、娘に手を出すような真似さえしなかったら大丈夫じゃろう。そもそもな、あの二人が暴れたら誰も止められんぞ?」


 「それは…シリウス様でも、ということでしょうか?」

 ヴィクターが恐る恐る確認するように尋ねてくる。

 よし、話を逸らすことに成功したみたいじゃ。


 「わしでも、じゃ」

 冗談めかして言っているが、実際あの二人を相手にしろと言われたら、わしはこの国から逃げ出す覚悟じゃ。そちらのほうがまだ成功率は高い。わしはきっちり天寿を全うしたいんじゃ!


 「ますます無視できなくなったではないですか!はぁ、一体どうすれば…」

 ヴィクターが頭を抱えている。

 「今考えたところで仕方のないことじゃ、とにかく今はあの3人を刺激しないことじゃな」


 「……そうですね、まだ起きてもいないことを嘆くより、今すべきことをするのが第一ですね」

 そう言って、ヴィクターは眼鏡をキラリと光らせると、部屋を出ていってしまった。

 「そうそ…、ん?」

 ヴィクターのセリフに違和感を覚えていると、数分ほどでヴィクターが戻ってきた。

 ……大量の書類を持って。


 「シリウス様にはやって頂かなくてはならないことが山程ありますので、今日サボった分も含めて、しっかりとお願いしますね。それに、話を逸らして説教を回避する、なんて学生時代からの常套手段を今更食らうわけ無いでしょう」


 最初からヴィクターの掌の上というわけか…。

 机に載せられた大量の書類を見ると、娘からもらった若さが失われていくようじゃ…。











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前回の話に、ペンダントの件は他言無用という会話を追加しました。

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