第4話 ギルサリオン
館の主の名は、ギルサリオンといった。
ギルサリオン様と呼んだら、ギルと呼べと言われた。
「屋敷にいるのはいいが、余計なことはするな」
ギルは冷たく言い放って、部屋に消えた。フランのことはストリクスに任せる気のようだ。
「ごめんね」
と、ストリクスは代わりに謝った。
「ものすごーく、人間嫌いなんだ。ここニ十年くらいは特に」
「二十年? ってことは、ギルさんは何歳なの?」
「フランは何歳なの」
「ええと、十九」
「それに八十を足したくらいかな」
キョトンとしたフランに、ストリクスは笑って言った。
「エルフは長生きなんだ。でも、ギルは混血だから、寿命はせいぜい、いいとこ二百年くらいだろうね」
「はぁ……」
フランには想像できないくらいの年月だ。
他人の心などどうにも動かせない。
ギルというハーフエルフの男に何があったのかは分からない。
ただ、フランにできるのは食事を作ることや少しばかり屋敷を手入れすることだけだ。
住ませてもらえるなら自分のできる仕事はすると、フランはギルとストリクスに宣言した。
フランは屋敷に招き入れられ、ギルの身の回りの世話をすることを条件に、しばらくここに留まることになった。
屋敷の中は、長い間人が住んでいなかったかのように荒れていた。ギルはほとんど自分の部屋から出てこなかった。が、フランは少しずつ掃除し、整えていった。
フランは館の一室で、埃まみれの家具や床を丁寧に掃除していた。
古びた家具の表面には長年の放置が刻み込まれ、埃が積もっていた。ぼろ布でこすりながら埃と古い汚れを取り除いていく。
窓から差し込む光が、部屋に生気を取り戻させるように見えた。
手を動かしながら、フランの心は静かな決意に満ちていた。
戦火に焼かれた家を思い出す。
窓辺には優しい風が吹き、フランの頬を撫でた。
フランは微笑んで、再び掃除に取り組んだ。木々の匂いは良い。心を落ち着けてくれる。
ギルは全てに無気力だった。
毎日の食事もほとんど食べないらしい。
フランは、館の掃除をしているうちに、埃のつもった楽譜がたくさんあるのに気付いた。
(すごい、ずいぶん昔の物もある……)
乾いた布でそっと拭き上げながら、フランは楽譜を整理した。たくさん書き込みがあるものや、綺麗なものなど状態は様々だ。だけど、バラバラになって乱雑に床に落ちていて、あまり大切にされているとは言い難い。
人間とエルフの混血のギルはラソにもゼガルドにも居場所がなかったのかもしれないなあと、フランは少しだけ思った。
古い楽譜を皺を伸ばして、革の楽譜入れにまとめる。
きっと大切なものだろう。
そういえば、一階の玄関を入ってすぐのところには、来たものを迎えるように大きなピアノが置いてあった。
貴族の晩餐会で使うような仰々しいものだ。
(あの人はピアノを弾くんだろうか)
フランは、いずれ一階のピアノも拭き上げておこうと決めた。
乾いた布で埃を取るくらいしかできないけれど、やらないよりはいくらかましだろう。
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