第3話 精霊ストリクス

館の中は荘厳で優美な空間だった。


木を中心として造られたこの館は、まるで自然そのものが建物と一体化しているかのようだった。


高い天井が木々の枝と葉で覆われ、柔らかな光がその間から差し込んできた。

館のそこかしこに、歴史の重みを感じさせる装飾が施されており、壁には古い絵画や彫刻が飾られていた。


この場所はまるで時が止まったかのようだ。静かで神秘的な雰囲気に包まれている。


フランの後ろから、玄関の扉をくぐって部屋に茶色いフクロウが飛んで入ってきた。

パピルスの紙で作った飛行機のように、音が立たない。

まるで不思議な光景だったけれど、もっと驚くべきことが起きた。


茶色のフクロウが部屋に入ると、その姿は少しずつ変わり始めたのだ。

茶色い羽毛が褪せ、人間の男性の姿へと変わっていくのが見えた。


そして、その男は玄関の入口に立つと、部屋を見回した。


澄んだ黄金の目がフランを見つけ、男は微笑みながら歩み寄った。

穏やかな表情と、人なつっこい様子にフランは自然と警戒を解いた。


「こんにちは、君がフランだね」

と男は言った。

その声は温かく、優しい響きを持っていた。

「僕はストリクス。ごめんね、ギルは悪い奴じゃないんだけど、ちょっとぶっきらぼうなんだ」


銀髪の男が、なじるように言った。

「お前! ストリクス……なぜ、人間の前でその格好になるんだ」

「この娘さんとは長い付き合いになりそうじゃないか」

「うるさい。なんで、そんなことがお前に分かる」

「この館に人間を招き入れたことなんてなかったじゃないか」

「……ここに辿り着く者がいなかっただけだ」


ストリクスと名乗った男の正体は、さっき大木に止まっていた茶色く大きなフクロウだった。


「あの灰色のフクロウが君のことを教えてくれたんだよ」

「さっきの……」

「グレイって僕らは呼んでる」


ストリクスはギルサリオンと共に生きてきた、ラソのフクロウだったのだという。


「水を飲んだらさっさと出ていけ」

と、銀髪の男は言った。


しかし、ストリクスが不満の声をあげた。


「おいおいギル、それはないだろ? このまま放り出して、イタイケな少女を魔物の餌にするの?」

「どうしろというんだ」

「館に置いてあげようよ」

「正気か?」

「何もただでとは言ってない。ねぇ、君はなんて言う名前なの?」

「あ……フランと言います」

「フランは料理が得意なんでしょう」


フランの姿を黒目がちの瞳に映しながら、ストリクスは言い当てた。


「なんでそんなこと知って……」

「グレイが教えてくれたんだよ」


ストリクスの声には、森の奥深く待ち受けている何かのような、不穏な予感が込められていた。


「この子に館の仕事をしてもらおう。正直、もう僕一人になってしまって、君の世話まで手がまわらないんだ。そうでなくても、ギルは最近あまり食べないだろう。体に悪いよ」


とストリクスは明るく提案した。


ばつが悪そうにギルが言う。


「エルフは長寿だから、暫く食べなくても死ぬことはない」

「ギルはハーフエルフだろ。放っておいても300年は生きる種族とは違うさ。半分は人間なんだ」


「ハーフエルフ……」

人間以外の種族を初めて見た。

フランは目を瞬かせて、目の前のギルという男を見た。確かにフランの濃い葡萄色の髪とは違って、透き通るような銀髪をしている。


「つまり、エルフでも人間でもない無様な生き物だ」

そう言ってギルは自嘲した。

若いように見えるがその声には、長い孤独の時を経た冷たさが滲んでいた。


それでも、ストリクスは執拗に訴えた。「なあ、ギル。この子は助けを必要としてる。僕たちにはできることがあるはずだ」


フランは黙って成り行きを見守った。

他人事のようだが、今、自分にできることは何もない。

必要とされれば働くが、そうでなければここを出る。一晩なら、あの大木の陰で眠らせてもらえそうだ。フクロウたちがいるなら心強い。


「好きにしろ」

と、諦めたギルの声が響いた。


フランは思わず顔をあげた。

まさか、良いと言われるとは思わなかった。


ストリクスが破顔した。

「よろしくね、フラン」


フランは微笑み返しながら、エルフは何を食べるのだろうかとぼんやり考えていた。



こうして、ハーフエルフの食事当番、兼、お世話係に任命されたフランは、森の不思議な屋敷に住み込むことになったのである。

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