第6章 チンピラ①

 間もなく四十になろうというのに、俺はチンピラだった。組から正式な盃は貰えず、DVDやゲームを販売するショップの店長におさまっている。表向きは純正物を販売していることになっているが、実際は海賊版だった。

 警察の手入れが入れば俺が真っ先に引っ張られる。組は助けてくれない。あくまで俺個人が経営していることになっているからだ。

 警察は組が経営していることはもちろん知っているが、知らぬ顔だ。警察とヤクザは凭れ合い。俺のようなチンピラを挙げることで点数を稼ぎ、警察としての使命を果たしたと世間にアピールしている。

 組としても俺を差し出すことで警察の面子を保たせることができ、また、自分たちも見逃してもらえる。まさに凭れ合い。

 俺は今まで何度もブタ箱に入っている。だが、入ったからといって組から褒められることも盃が貰えることもない。それまで通り、ショップの店長におさまるだけだ。 

 そして、ある程度月日が流れると、警察の手入れが入り、俺はしょっ引かれる。つまり俺は、組の警察に対する中元、歳暮の類であり、警察にとっては点数稼ぎの材料だった。ある意味、組と警察の潤滑油だ。

 だが俺は、今の仕事、立場から離れることができなかった。他の仕事が見つかるとも思えないし、見つかったとしても続かないだろう。やりたいこともない。だから俺はこの歳になってもチンピラを続けていが、最初からチンピラになろうと思っていたわけではない。いや、最初からチンピラになろうとする者などいないだろう。

 この世界に入る人間の例に洩れず、俺は幼い頃から気が荒く、悪事という悪事に手を染め、少年院を出たり入ったりし、ついには親から見捨てられ、当然のようにこの道に入った。俺は自分で自分のことをエリートだと信じ、ドラフト一位だと思っていた。

 しかし、俺のような怖いもの知らずは逆にヤクザには向いていなかったようだ。いつ上に牙を向くかもしれず、また、その気性のせいで外と激しくやり合い、組を破滅へと追いやりかねないからだ。だから俺は、一度も部屋住みをさせてもらうこともなく、盃を貰えないまま今まできてしまった。

 同じ時期に組の門を叩いた者の中には若頭になっている者もいる。分家の親分になっている者もいた。彼らは皆、少しだけ臆病で、頭が切れ、商才に長けていた。いわゆる武闘派ではなかった。もっといえばサラリーマン的ヤクザ。

 つまり俺は古いタイプだった。だからこそ、今まで冷や飯を食わされてきたのだ。

 若い頃になぜ、俺を鉄砲玉に使ってくれなかったのかと今でも思うことがある。鉄砲玉から出世した人間など未だかつていないが、たとえ使い捨てであっても今よりはマシだ。同じ使い捨てなら鉄砲玉の方がよかった。しかしこれといった抗争もなく、揉め事は話し合いと金で解決するという現代ヤクザの世界では、鉄砲玉すら不要だった。

 俺は諦め半分、苛立ち半分のまま、この二十年という年月を過ごしてきた。だが最近、自分の子供くらいの年齢の部屋住み幹部候補生に顎で使われ、時には尻を蹴り上げられ、罵られると、沸々と沸き上がってくるものがあるのだ。

 そしてそれを時々抑えきれないことがある。ショップの店長という商売人の陰で忘れていた凶暴な自分が姿を現すのだ。そんな時は店の裏へ行き、ポリバケツやビールケース、スナックの看板などを蹴り飛ばし、何とか抑え込む。

 このままでいいのかという声が聞こえてくる。このまま歳をとっていってもいいのかという疑問も浮かぶ。だが、俺はその声やその疑問を抑え込んだ。俺にはこういう生活しかないのだと自分を諭しながら。諭すことは諦めだと知りながら……。

 そんな時、両親が死んだ。交通事故だった。呆気なく亡くなったらしい。そして俺にそれを知らせてくれたのは、遠い親戚で、それも四十九日が終わった後だった。俺に、葬儀などに出てもらいたくなかったのだろう。たった一人の息子である俺なのに……。

 悲しさよりも、虚脱感が俺を襲った。

 人間なんて呆気ないものだという事実を改めて知りもした。

 俺を見捨てた両親だったが、亡くなったと聞くと、色々な後悔が浮かんでくる。

 ただ、もうどうしようもない。今さら親孝行などできないし、そもそもそんなガラでもない。

 俺は変わらず、諦めを抱えたまま、仕事を続けた。


 そんなある日、組から電話が入った。

「明日、手入れだから。わかっていると思うけど、ウチとの関係を連想させるものは処分しておくこと」

 部屋住みのエリートは、まるで子分に命じるように言った。

「……」

 電話が切れた瞬間、何もかもが嫌になった。

 今度シャバに出てくる頃にはもう五十近くになっているだろう。

 かといって、逃げ出せばヤバいことになる。ヤキを入れられるだけならまだしも、殺されるかもしれない。

 不意に、もうそろそろいいのではないかという想いが込み上げてきた。

 死にたいというのとはちょっと違う。いや、そういうことなのだが、何もかも終わらせたい、その想いしかなかった。

 倉庫に行き、棚の奥から古新聞にくるまれた塊を取り出す。

 ズシリとした重さが、逆に俺の心を軽くしてくれた。

 古新聞を剥がしていく。

 中から黒光りする拳銃が現れた。

 数年前、中国人から手に入れたものだ。軍用ベレッタ。口に銜えて引き金を引くと、頭の半分が吹っ飛ぶことだろう。

 俺は床に両膝をつき、銃口を口に突っ込んだ。何の迷いもなかった。

 俺を見捨てた両親に会えるかもしれないと思うと、少しホッとした気持ちになった。

 引き金に指をかける。

「!」

 だが、次の瞬間、俺は銃を吐き出していた。背後に人の気配を感じたのだ。

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