ケロイド⑤

 私は、おそらく今まで私の秘密を知った男たちが見せた反応と、同じ顔色、態度をとっていたと思う。

「……」

 彼の下腹部には陰毛がなく、その部分には、私と同じくケロイドが広がっていた。そして、はじめて見る陰部は半分以上爛れ、その形をなしていなかった。

 全て合点がいった。

 彼が私の体を求めなかったことも。裸になることを躊躇っていたことも。私のケロイドにやさしくキスしたことも。

 彼は今まで私と同じ想いをして生きてきた。

 私は彼の内面が好き。外見がどうであれ、彼の全てを愛する気持ちに偽りはない。そう自分に言い聞かせ、私は彼の陰部に触れようとした。

 偽善者だった。

 幼い頃から忌み嫌ってきた偽善者に私はなっていた。

 だが……手が震え、その震えを止めようとすると、固まり、動かなくなった。

「無理しないでいいよ」

 彼の冷たい声。

 でも、私にとっては救いの声だった。

 かつての自分の声のようにも聞こえた。

 私は首を横に振った。だが、偽善者にはなれなかった。

 彼から離れる。

 彼は黙ったまま、淡々と下着を身に着けた。

「高校生の時、寮が燃えてね。ボヤだったんだけど、火元の近くにいた僕は下半身に大ヤケドを負ったんだ」

 よく見ると、彼の太腿や膝、そして足先と、いたる所にヤケドの痕があった。それらから目を逸らし、私は鏡に映る自分の胸を見た。醜かった。いや、それ以上に私の心が醜かった。

 今まで私が心の中で叫んでいた言葉……内面が、心が好きなら外見なんてどうだっていいじゃない! 彼は今、同じことを心の中で叫んでいるはずだ。

 彼が部屋を出て行く。

 私は……彼を追いかけなかった。

 追いかけたら偽善者になり、追いかけなければ追いかけないで自己嫌悪に陥る。そんなことを考え、何も行動を起こさない私は、自分で自分の気持ちがわからなかった。

 ただ……最低だということだけはわかる。私は、ケロイドより醜い人間だった。

 鏡に映る私の姿に、かつて私のケロイドから逃げ出した男たちの姿がダブる。

 そもそも私は、彼のことを本当に愛していたのだろうか。私に好意を持ってくれ、やさしくしてくれ、それに懐かしさも加わり、彼を愛していると錯覚していただけではないのか。

 前の彼氏……いや、彼氏じゃない。会社の部下の彼にしてもそうだ。私に懐いてくれていると思ったから、気になり、放っておけなくなり、愛していると錯覚した。

 いや、違う、錯覚なんかじゃない。

 でも……錯覚じゃないと言い切る自信もない。

 わからない……そう、わからない。そもそも正解が何かがわからない。

 私は今後、本当に誰かを愛することができるのだろうか。

 私は愛し方がわからない。

 どうすればいいのだろう。

 と、男のガラガラ声を思い出した。続いて、両親と妹の顔を思い出した。家を出てからというもの、一度も思い出すことなどなかったというのに……。

 両親と妹と話したい、そう思った。

 まずはそこからだ。そこから始めよう。両親を、妹を愛することから始めよう。

 私は裸のまま、携帯を掴み、十年ぶりに自宅へ電話をかけていた。

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