ケロイド④
いいことじゃなくても、生きていれば何かある。私はあの男の言葉を胸に、日々を過ごしていた。
まずは就職活動だ。貯金が多少あるとはいえ、ダラダラ遊んでいるとあっという間に底をつくだろう。私はハローワークやインターネットで見つけた求人に片っ端から応募していた。
そんな時、偶然幼馴染みに出会った。幼馴染みといっても、子供の頃の私は、ヤケド以来、誰にも心を開かなかったから、その幼馴染みの彼ともいつしか疎遠になり、ヤケド以来言葉を交わしたこともなかった。
その彼と偶然の再会。地元の中学を出て以来だから、十年ぶりだ。
面接を終えたばかりの私と、営業先でプレゼンを終えたばかりの彼は、気分的にも時間的にも余裕があり、喫茶店に入った。
意外にも、昔話に花が咲いた。
子供の頃の私は、心を閉ざしていたけれど、彼はそんな私を色々とフォローしてくれた。よく学校を休んだ私のために、プリントを届けてくれたり、ノートをとってくれたり。話をするにつれ、そんな思い出が甦ってきた。
彼は、私が笑顔で話す姿を見て、目を潤ませた。驚いていると、ヤケド以来、笑顔を失くした私しか知らないため、感慨深いのだと涙声で語った。
私は感動していた。彼が私の笑顔を待っていたというのは大袈裟だが、ずっと気にかけてくれていたのだ。
彼は、私の実家にも何度か足を運んだと言った。元々家族ぐるみの付き合いがあったのだ。彼は、両親に私の居場所を訊いたが、両親も私がどこで何をしているのか知らず、空振りだったこと、そして、どこかで偶然会えるかもしれないと思い、いつもまわりをキョロキョロしながら歩いていたことなどを話してくれた。
嬉しかった。
話しているうち、まだヤケドを負う前に、子供ながらに二人で将来を誓いあった光景が甦ってきて、私は一人照れた。それを彼に言うと、彼も照れた。他愛ない子供の会話だったが、彼も覚えてくれていた。
あっという間に時間が過ぎた。彼が会社へ戻らなければならない時間をとっくに過ぎていた。
私たちは再会を約束し、別れた。
私たちは頻繁に会うようになり、やがて恋に落ちた。彼の、昔のままのやさしいところが好きになっていた。付き合おうと言ったのは彼の方だったが、私も同じ気持ちだった。
もう恋人なんていらないと思っていた私だったが、人を好きになる気持ちを止めることなどできるわけもなく、また、幼馴染みの彼は、私の性格もケロイドのことも全て知った上で付き合おうと言ってくれたことを考えると、断る理由はなかった。
私はあの男に感謝していた。自殺を止めてくれたからこそ、彼に再会できた。男は天使だったのかもしれない。少し薄汚れた天使だけど……。
就職も決まり、私は生きているという充実感に包まれながら、毎日を過ごしていた。
彼は本当に私の内面を好きになってくれていて、なかなかベッドに誘おうとしなかった。それはじれったいほどだった。デートをしても、常にキスどまりだった。大切にしてくれているようで嬉しかった。ずっと求めていた純愛がここにあると思えた。
しかし勝手なことに、相手を愛すれば愛するほど、もっと相手のことを知りたいという想いが日増しに募り、はしたないと思いつつも、彼が私の部屋に来た時、彼をベッドに誘った。
自信もあった。彼なら私のケロイドを見ても逃げ出さない、私の内面を愛してくれている、それに過去に経験がないとはいえ、私はセックスできない体じゃない。その自信と確信が彼を求めた。
彼は動揺していた。
戸惑っていた。
もう二十五だ。過去に経験はあるはずだが、それでも彼は恥ずかしそうにし、手を出さなかった。私は彼の誠実さ、真面目すぎるほどの真面目さ、やさしさに好感が持てた。改めて彼の心が好きになった。
でも、女に誘われて、それに応えないのは男じゃないと思ったのか、彼が怖々と私の服を脱がしにかかる。
ドキドキした。
彼を信頼していたが、それでも今までのことがある。信用していた相手が服を脱がした途端、手の平を返したような態度を見せ、逃げ出したのだ。トラウマになっていた。でも、それも今日でクリアできる、そう思い、目を閉じた。
ブラウスが脱がされた。彼の動きが止まる。
「……」
ケロイドを見ている様子が伝わってくる。かつての悪夢が脳裏を駆ける。嫌な汗が出た。
私は意を決し、ゆっくり目を開けた。
「!」
彼はやさしい目でケロイドを見ていた。十人並みの容姿の私とは不釣合いなほど端整な顔立ちをした彼がケロイドを見てやさしく微笑み、そして驚いたことに、それにキスをしたのだ。
「……」
私は目を閉じた。涙を隠すために。彼に会えてよかった。彼を好きになってよかった。私は神に感謝していた。そして、あの男にも。男はやはり天使だった。
私は彼を強く抱きしめ、そして彼の服を脱がしていった。彼はひどく戸惑っていた。
それを見て、私は失敗したと思った。私のことを経験豊かな女と思ったかもしれないと、自分の行動を後悔した。
彼が狼狽している。
でも私は自分の動きを止めることができなかった。早く彼と生まれたままの姿で交わり合いたかった。
緊張のためか、震える手で服を脱がし、ズボンを下ろし、下着をずらす。
「!」
だが、次の瞬間、私は凍りついていた。
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