ケロイド②
私は仕事に没頭した。大手商社の経理という仕事だったが、会社の財務はもちろん、営業マンの日々の経費清算などに追われる仕事は、没頭するにはピッタリの仕事だった。
人間を相手にするより数字を相手にする方が楽しかった。少なくとも数字は私を裏切らない。いつしか私は会社の金庫番になっていた。
そんなある日、新入社員が入ってきた。彼は営業部に配属され、経費精算などで私と接することも多く、また、それだけでなく、経費のことや社内のことを色々と私に質問してきた。
他の先輩社員には訊きづらいことも、私には訊けたのだろう、彼は私によく懐いてきた。まるで弟のような存在だった。
私には妹がいるが、彼女は親の愛を一身に受け、その喜びと自信からか、しっかり者で、生意気だった。嫉妬もあったのかもしれないが、私は可愛げがない彼女が大嫌いだった。
その点、新入社員の彼は抜けたところもあったし、わからないことは何でも訊いてくるなど、可愛げがあった。まさに弟のような感覚で、私は接していた。
だが、それもいつしか恋心に変わっていく。彼を放っておけない気持ちになったのだ。
懲りない私は、彼に告白していた。彼は戸惑っていたが、私の想いを受け容れてくれた。
彼は仕事を早く覚えようと必死だったし、営業は残業が多い。客の都合に左右されることもしょっちゅうだったから、デートはあまりできなかったけれど、私は彼のサポートを精一杯した。彼が知りたいことなら、資金のことや会社の裏側まで教えてあげた。
彼は私を求めてはこなかった。それがまた好感を持てた。一生懸命に私の話を聞き、仕事をする彼が愛おしかった。
それでも、ずっと彼といたい気持ちが強くなり、ある日私は彼に言った。「今度、どこかに泊まらない?」と。彼は緊張した顔をしたが、すぐに頷いてくれた。
そしてその日が来た。私はシティホテルを予約した。
いつしか私たちの関係は会社の知るところとなっており、私も彼が営業から戻ってくるのを堂々と待つのが常になっていたが、彼は、先にホテルにチェックインしてほしいと言ったので、私はホテルへ向かった。いつも会社を出るのは私たちが最後のため、彼に鍵を預けて。
だが……彼は来なかった。
彼の携帯にかけてもつながらず、結局、私は待ちぼうけをくらった。
裏切られたという気持ちより、彼の身に何かあったのではないかという想いが強く、翌朝、いつもより早く会社へ向かった。
会社は大騒ぎだった。
彼が資金を持って姿を消していた。前日、私から預かった鍵を使って金庫を開け、そして、それだけでなく、社長と私しか知らない資金の隠し場所からもそれがなくなっていた。
私は会社の会議室で警察の事情聴取を受けた。明らかに私を共犯だと決めつけていた。当然だろう。私が警察でもそう思う。
だが、逮捕には至らなかった。彼が逮捕されたのだ。最初こそ、私に唆されてやったとか、私と一緒に犯行を計画したと供述していたようだが、コロコロ変わる供述と、その内容に綻びが見え始め、警察に厳しく突っ込まれると、彼は単独犯だと自供したのだ。
私はもちろん無罪だが、それでも大切な鍵を第三者に預けたことが問題となり、会社にいられなくなった。
私は懲戒解雇となり、仕事を失ったが、それでも彼をまだどこかで信じていた。きっと魔がさしただけなんだと思っていた。それから、彼の私への気持ちも信じていた。
だから私は拘置所の彼に会いに行き、それを確認した。私はまだ彼のことが愛おしかったし、彼にまだその気持ちがあるなら、私は彼を待とうと思ったのだ。
だが、彼の答は私をどん底に突き落とした。
彼は私の目を見ようともせず、「ただ利用するために近づいた」とだけ言ったのだ。
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