第3章 ケロイド①

 今まで付き合った男たちは皆、私をベッドに誘い、いざ私を裸に剥いた途端、尻込みし、尻尾を巻いて逃げ出した。

 胸のケロイドのせいだ。

 中には平静を装い、行為を続けようとする偽善者もいたが、平静の向こうに明らかに狼狽と嫌悪が見え、「無理でしょ?」と逃げ道を与えてあげると、「そんなことない」と否定しつつも、今度は安堵感を隠そうともせず、体を遠ざけ、去って行った。

 幼い頃、ストーブをいたずらしていて、沸騰しているヤカンを引っくり返し、熱湯をかぶったのだ。

 狂ったように泣き叫ぶ私を、両親は病院へ連れて行ってくれた。

 大ヤケドで、一時は発熱し、意識を失うほどだった。幸い、命に別状はなかったが、首筋から胸にかけて大きなケロイドが残ってしまった。

 気のせいか、或いは私の僻みかもしれないが、それ以降、両親の愛情は、二つ年下の妹に注がれたように思う。

 いや、気のせいなどではないだろう。なぜなら、可愛らしい洋服や、女の子らしいことは全て妹のために存在したし、全てが妹中心の生活に変わっていったからだ。

 いくら着飾っても、中身はケロイドだからという気持ちが両親にあったのだろうか。

 それに、両親の私のケロイドを見る目。それは、憐れみのような、嫌悪感を含んだようなものであり、明らかに私は疎外されていたからだ。愛されていないと感じたことだって一度や二度ではない。

 友達にさえ同情され、また、気持ち悪がられた。小学生の頃は、恰好のイジメの対象になった。化け物。妖怪。悪魔。そして、キモイ。いや、気持ち悪がるだけならまだいい。本人でさえ、気持ち悪いのだから、正直な反応だ。小学生がイジメの標的にするのも頷ける。逆に正直でいいと思う。

 最悪なのは、気持ち悪いくせに無理をして近づいてくるクラスメートだ。首筋にまでケロイドは広がっているため、嫌でも目に入る。それなのに、それを見ないように見ないように努力し、話しかけてくるクラスメートに嫌悪感を覚えた。

 また、私がイジメに遭っているのを、善人ぶったクラスメートが慰めてくれ、いじめっ子に注意してくれた。でも、彼女たちは明らかに私を下に見ていた。まるで弱者、あるいは憐れむ対象のように。自分たちが優位に立っているという無意識という意識の中、私を気遣う態度を見せていたのだ。

 本来なら素直に喜ぶべきだったかもしれない。だが、その頃の私の心はケロイドの皮膚同様歪んでいて、誰も彼もが偽善者に思え、心を開けずにいたのだ。

 いや、その頃だけでなく、以来ずっと私の心は歪んでいた。

 もちろん愛されていない家族にも背を向け、高校を出ると就職し、同時に家を出た。以来、家には連絡を取っていない。


 現代の形成の技術なら、ケロイドは綺麗に取れるらしいが、私は敢えてそのままにしていた。

 女性の命である乳房が、火傷のため、原型を留めていなかったからだ。所々引き攣れ、窪み、乳首などは片方はめり込み、もう片方は存在していなかった。

 それでも年頃になると、人並みに男性に興味を持つようになった。それまでは、男性はおろか、女性ともうまく付き合うことができなかったというのに……。

 でも……付き合った男たちは皆、ケロイドを見て逃げ出した。

 新しい男と出会うたび、この人こそ私の内面が好きになってくれていると実感し、やっと出会えた相手だという嬉しい気持ちでベッドに入るのだが、嬉しいのはそこまでだった。ベッドへ行き、服を脱いだ瞬間、喜びは悲しみへと変わる。

 容姿は十人並みの私だったから、「君のかわいい性格が気に入った」とか「やさしいところが好き」、「一緒にいてホッとする」と言われるとつい有頂天になった。それと同時に、十人並みの容姿を誉めない相手が信頼できた。誠実だと思った。ベッドに誘いたいがため、口先だけでたいしたことのない容姿を誉めないところに好感を持てた。

 だが、同じだった。

 私の内面が好きになったといっても、ケロイドの胸を見ると私の全てに興味を失う男ばかりだった。だから私はある時から恋愛に背を向けた。いや、本当はセックスのない純愛を望んだ。だが、幼稚園児ではないのだ。相手が好きになればセックスもしたくなるし、相手をもっと知りたいと思う。

 つまり、この世に純愛などないことに気づいた私は、それ以来、男に背を向けたのだった。

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