ヒットマン②

「おい、自殺はダメだぞ!」

「!」

 ガラガラに嗄れた声だった。男だということはわかるが、年齢はわからない。

「飛び降り自殺は、落下している途中に気を失うケースがほとんどで、楽に死ねるらしいが……だが、タチが悪い」

「……」

「地面が血だらけになって、脳漿が飛び散って、顔面がグシャグシャになって、目玉が転がり落ちて……死んだ後まで恥晒しだ。いや、迷惑だ」

「……」

「勘違いするなよ。タチが悪いとはそういうことじゃないんだ」

「?」

「自殺自体が、タチが悪いと言っているんだよ」

「……」

「自殺で死んだ俺が言うのだから間違いない」

「!」

 色々なことが脳裏を掠め、言葉が出なかった。恐怖心もあった。

「自殺はやめとけ」

「……」

「自殺は、最悪の『犯罪』だ」

「……」

 男はそこでひとつ溜息をつき、続けた。

「ところで……あんたが撃った弾が、何の罪もない女の子に当たったことは知っているな?」

「!」

 そうだ! 忘れていた。いや、考えないようにしていたのか……。情けないことに、俺は仕事をまっとうできないどころか、無関係の少女を撃っていた。

「気にならないのか? 無関係の人間に弾を撃ち込んで、そのまま逃げるのか?」

「……」

「一命は取り留めたようだ。重体で、予断を許さないことに変わりはないらしいが……」

「……」

「まあ……あんたが自殺を取り止めたところで、少女に対して何ができるわけでもないだろうが……もちろん、刑務所に入るというのは別にしてだが……」

「……」

 俺に何ができる?

 生死の境を彷徨っている少女に何ができる?

 金か? 

 治療費を送ることか? 

 だが、そんな金、どこにある?

 と、男の手が肩から外された。

「別に、『生きろ!』なんて熱いことを言うつもりはないし、言いたくもない。でもな……自殺はやめとけ」

「あんた……一体?」

 ようやく声が出た。出た言葉は、最もシンプルな疑問だった。

「ん? 俺か? 別に名乗るほどの者じゃない。というか、この世ではもう名前はない。善意の第三者とでも名乗っておこうか。といっても、俺もあんたに偉そうに説教できる人間じゃないんだけどな」

「?」

「さっきも言ったように、俺は自殺したんだよ」

「!」

「確実に死んだのにな……成仏できねえ。いや、自殺したからこそ、成仏できずに、こんなことをやらされているんだ」

「……こんなこと?」

「……そう、まあ……こんなことだ」

 不意に背後から気配が消えた。

 咄嗟に俺は振り向いていた。

「!」 

 だが、そこには誰もいなかった。

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