第619話

「大試君、衣の準備出来たよー」

「よし、じゃあ揚げていくか。まずは、サツマイモから」

「はーい」


 左手に持った剣からリンゼの元へ炎を送って芋を焼いてもらいつつ、右手は理衣の料理の手伝いをしている俺。

 包丁は、流石に使えないけど、それ以外は割とできるので、多少は力に成れているだろう。


 ジャアアァ………


 厚さ5mmから1cmくらいの厚さに切り、衣をつけられたサツマイモを熱した油に投入すると、揚げ物特有の良い音と匂いがする。

 いやぁ……。

 これだけでも、揚げ物している気分になれるなぁ……。


「おやおや、これは美味しそうですね」

「きゅるる~」


 白川郷リゾートで一時的に料理長を任されていたため、暫くはもう料理がしたくないらしいソラウは、今日は観客となっている。

 ソラウの腕の中に抱かれている変なトカゲは、揚げ物を見るのが初めてなのか、とても興味深そうに泡立つ油見て、目をキラキラさせていた。


「ソラウ、そのトカゲは、揚げ物食べても大丈夫なのか?」

「問題ないと思いますよ。ドラ……このトカゲは、その程度でどうこうなるほどヤワではないので」

「へぇ。よくわからんが、すごいトカゲなんだな」

「えぇえぇ。とてもすごいトカゲですよ」


 そもそも、サイズがまずすごい。

 ソラウが抱きしめているけれど、見た目からすると、大きなぬいぐるみを抱きしめる幼女くらいの比率があるからなぁ。

 目算、1m弱くらいだろうか?


「なぁ、そのトカゲって何て種類なんだ?」

「おやおや、種類ですか。確か……トワイライトナイトメアレクイエムドラ……トカゲだったかと」

「トワイライトナイトメアレクイエムドラトカゲ?長くないか?」

「はいはい、貴重なトカゲですからね。そういう種類は、名前が長くなりがちです」

「まあ、そうかもなぁ……。ヘラクレスだって、ヘラクレスヘラクレスだの、ヘラクレスオキシデンタリスだの、正式名称は結構長いし……」

「そういうことです」

「きゅるるっ」


 なんだか、トカゲが誇らしげな表情になっている気がする。

 てか、トカゲなのに鳴けるって凄いな?

 本当に貴重な種類なのかも。


「大試君、そろそろ揚がったかも!」

「おー、良さそうだな。ほいほいっと」


 理衣に言われ、揚げていたサツマイモを油切り用の網の上へと乗せていく。

 消費する人間が多い上に、エルフたちを始めとした大食漢までいるので、今回使用しているのは、揚げ物屋でも使われているフライヤーだ。

 これでもシオリたちのペースに追いつけるかわからない辺りが怖いが、まあその時は他の物を食べてもらおう。


「きゅるる……」

「ん?」


 ふと見ると、トカゲが物欲しそうな目でサツマイモの天ぷらを見ていた。


「なんだ?食べたいのか?でも皆来てないから、ごはんはまだだぞ?」

「きゅるる~……」

「…………」


 なんか、めっちゃ悲しそうな表情に見える……。

 トカゲなのに……。


「はぁ……しょうがないな。調理場にいる者の特権で、先につまみ食いするか!」

「きゅるる!?」

「やったー!」

「おやおや、これは嬉しいですね」


 事前に作っていたちょっと甘めの天つゆを小皿にとる。

 そして、サツマイモの天ぷらをもうひたひたになるくらいつけて一口……。


「あー……うっめぇ……」

「大試君大試君!私も!あーん!」

「いや、理衣は両手空いてるんだし、自分で食べたらいいんじゃ……?」

「……えへへ~……」

「ちっ!しょうがねーなー!」


 仕方ないので、あーんを敢行する。

 嬉しそうに頬張る彼女の笑顔が美しかったので、あざとい行動も不問とする。


「ではでは、大試様、私にもあーんを」

「ソラウもか?」

「今両手がふさがっておりますので」

「あぁ……ならしょうがないか」


 というわけで、ソラウにもあーんをした。


「ふむふむ、美味しいですねコレは。やはり、簡易的なダンジョンで採る物より、正規のドキドキ!秋の味覚祭りイベントのダンジョンで採れるサツマイモの方が、味は上ですね」

「そりゃあ、こっちは100レベルが基準になっているからなぁ。味も良くないとおかしいわ」

「私の尻尾も100レベル越えの旨味ですよ?」

「いや……美味しかったけどさ……」

「おやおや、おやおやおや!」


 尻尾が美味しかったと言っただけで、ソラウのテンションが爆上がりした。


「きゅるる~!」

「おっと、お前にもやらないとな」

「きゅる!」


 なんか知らんトカゲにも、天つゆドバドバ天ぷらをお見舞いする。

 本当に天ぷら食べさせても大丈夫なのか少しだけ不安になりながらも、まあ本人が食べたがっているんだし、自己責任で良いだろ……と開き直り差し出すと、一口で食べてしまった。


「おぉ、良い食いっぷりだな!美味いか?」

「きゅるる……きゅるる……きゅるる~!」

「喜んでるっぽいな?ちゃんと味が分かるんだな~こいつ」

「きゅる!」


 動物の味覚って、人間ほど鋭敏じゃ無い事も多いらしいけれど、コイツはちゃんとこの天ぷらのおいしさが理解できているようだ。

 ということは、恐らく知能も高いんだろう。

 おまけに大人しいし、ペットとして人気出そう。


「ソラウ、このトワイライトナイトメアレクイエムドラトカゲって、いっぱい捕獲できるものなのか?繁殖させられたら、名物に出来そうな気がするんだけど」

「いえいえ、それは難しいでしょう。そもそもダンジョンの魔物ですから、通常であれば、ダンジョンから出ることもできませんし、繁殖も外部の魔物と仕組みが違いますから」

「まあ、そうかぁ……」

「それに、この子に関して言えば、私が使い魔として使役することでこうしてボスエリアから連れてくることができるようになりましたが、本来はこのようにウロウロと動き回れるような存在では無いのです」

「世の中そう上手く行かんもんだなぁ……」


 少し残念に思いながらも、俺と理衣は、天ぷらを揚げる作業に戻って行った。

 次はイカかなぁ……。

 あ、タマネギでかき揚げも良いなぁ……。

 キノコも行くか……。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る