第306話

「あけましておめでごうございます」


「ああ……おめでとう。オレ、この挨拶したの生まれて初めてだわ」


「神様の世界には、お正月とか無いんですか?」


「色々な世界が密接に接触してっからよ、そういう時節の挨拶は意味無いんだわ」


「へー」




 新年早々、俺はリスティ様のところへ来ていた。


 開拓村には、ろくな神殿や神社の類がないため、適当に石を組んでそれっぽく見せた物に祈ってここにきた。


 祈れれば本当に何でもいいんだな……。




「で?何しに来たんだ?」


「いや、正月は暇かなって思って」


「暇じゃねぇよ!女神を何だと思ってんだよ!?」


「綺麗で面白いお姉さん?」


「……ならいい」




 うん、チョロい。


 そこが良い。




「お正月なので、お酒とおせち料理でもどうかなとお持ちしました」


「おー!気が利いてるな!」


「まあ色々あるので、お楽しみください」


「ああ!ありがたくもらっとくわ!」


「それと、忘れちゃいけないのがこれ」


「ん?」




 そう言って俺が取り出したのは、スーパーでよく売っている切り餅。


 そして、袋詰のきな粉とアンコ。


 砂糖醤油。


 お雑煮入りのスープジャー。




「餅食べると、一気にお正月っぽい感じがするんですよねー。普段はそこまで食べないんですけど」


「そうなのか?死んでも食べたいもんなんじゃねーのか?」


「そんなのジジババだけですよ」




 車道を歩くより危険度高いんじゃないかなぁ餅食べるのって。




「悪いな!いやー、確かに正月っぽい雰囲気になったな!」


「でしょう?」


「……でだ、お年玉が欲しいんだな?」


「はい!!!!!」




 ほしいんです!


 お正月の楽しみといえばお年玉だろ!


 東京に来るまで、ここが日本だって知らなかったし、両親もそんなもんくれなかったからなぁ……。


 ほしいんだ!お年玉!




「いくら欲しいんだ?女神がお年玉やることなんてまずねーから、相場がわかんねーわ」


「これは気持ちです。俺が口出しすることではないです。ぶっちゃけると、1円玉でもお年玉カウントなので、なんでもいいんです。お年玉もらったって事実が欲しいんです!」


「そうか……うーん、わかった!じゃあこれやる!」




 そう言ってリスティ様が手渡してきたのは、ガチャのカプセルだった。


 ……え?怖いんだけど。


 こういう場面で渡されるものって、相当特別なものなんじゃ?


 開けたらスモークが出てくるくらいのヤバさなんじゃ?




「まあ失敗作なんだけどな!その中から適当に出した!」


「えぇ……?」


「でもちゃんと神剣だし、特殊な効果はもちろんあるぞ?ただな、戦力としてはどうかってやつの中のどれかだ」


「どれか……」


「やっぱランダム性ってのは神性の重要な部分なんだよ。あっちの世界に帰ってから開けろ」




 そこまで言うと、リスティ様はちゃぶ台につく。


 これは、これから飯食うから付き合えのサイン。


 俺は、持ってきた重箱を広げ、更に箸や雑煮なんかを準備する。


 赤漆の酒器でそれっぽさを演出しつつ、日本酒を注ぐ。




「めしあがれ」


「おう!」




 ガツガツと男らしさすら感じる勢いで、多めに作ったおせちを平らげていく。


 酒もグビグビいっているようだ。


 日本酒だけではなく、ビールも飲んでいる。


 だけど、体感時間で2時間ほど、珍しく酔いつぶれることもなく満足が行ったようだ。




「いやぁ!いい酒と飯だった!」


「それはよかったです」


「機嫌がいいから、お前の妹にも加護をやっておこう!」


「マジすか!!!!ありがとうございます!!!!!!」


「えっ、過去一喜んでないか?」


「だって、妹ですよ?」


「……そ、そうか……」




 弟ならわからんが、妹は嫁の次くらいには大事にすべき存在じゃなかろうか?


 男兄弟は、多分ほっとけばおっきくなる気がするけれど、妹は全力で守りたい。


 守れる存在でありたいし、守らせて欲しい。


 できれば、思春期に入るまでは「お兄ちゃんと結婚したい!」って言ってくれるような存在であって欲しい。


 仮に思春期になったら、「お兄ちゃんの服と一緒に洗濯しないで!」って言われるとしてもだ。


 ……てふ子様がそんな事言い出すかはわからんが。




「あ、それとな、もうすぐやべー自体が起きるかもしれないから気をつけろよ?」


「わかりました」


「……蛋白だな。もう少しビビってもいいんじゃね?」


「だって、俺この世界に転生してからずっとヤバい事起きてると思いながら生きてるんで」


「まあ、そうか……」




 バツが悪そうな女神の顔。


 貴方のせいではありませんとニヒルに言えるような存在ではないからなぁこればっかりは。




「そのやべー事とやらが終わって生きてたら、また何か美味しいもの持ってきますよ」


「ああ!楽しみにしておくぜ!」




 それを最後に、現実世界へと帰る。


 皆が起き出す前の、まだ真っ暗な早朝。


 見られていたら、奇妙な行為に映るかもと思って人目を避けている。


 すごい寒い……。




「大試、ありがとうね」




 だけど、母さんには通用しないらしい。


 背中から毛皮のコートをかけられた。


 秘密にしてたんだけどな。




「何の話?」


「紅羽に女神様のご加護がついたの、大試のおかげでしょ?」


「……さぁ?女神様のみぞしるってやつじゃない?」


「そうなんだけどね。でも、やっぱり小さい子に加護がついていると、安心感が違うじゃない?だから、すごく嬉しいの。しかもそれが、大試がここで祈ってくれたタイミングだったんだもん。母さん本当に嬉しい」


「俺の祈り程度で妹が健康に生きれるなら、いくらでも祈るけどね」


「……貴方が、私の子供で良かった」




 そう言って、抱きしめられる。


 たまにこうやって、優しい母親っぽい面を出されると、どう反応して良いのかわからなくなるんだよな……。




「……俺も、母さんの子供で良かったよ」


「いやーんもう!」




 即その雰囲気をぶち壊し、いつも通りのノリになるのも怖い。


 まあ、大好きなんだけどね。




「あけましておめでとう、今年もよろしく、母さん」


「こちらこそよろしくね!愛してるわ!」


「……よく恥ずかしげもなくそう……」


「息子に愛を語るのは恥ずかしいことじゃないもの!大好きよ!」


「わかったから!もう十分だから離れてくれ!」


「やーだ!」




 新年早々、親子の過剰なふれあいを行った。


 ちなみに、父さんは聖羅の家で酔いつぶれていた。




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