第305話

「遅い!考えてから動いてたら間に合わないぞ!反射運動も連動させて、後は勘で補え!」

「んな……こと!言われたってよ!」


「相手が武器を持っているからって、武器にばっかり集中するな!敢えて武器に集中させて、他の攻撃をしてくる奴だっているんだぞ!」

「だからって木刀投げ捨てるなよ!」


「生き残るのは重要だが、命を捨てるくらいのつもりで突っ込まないと、実力者相手だと無駄死にだぞ!最悪腕の一本二本明け渡すつもりで、相手の骨を断て!」

「無茶苦茶言いやがるな!?」

「無茶でもやれ!死ぬ気で生き残れ!」


 久しぶりに幼馴染の男の子と親交を深めています。

 あ、今いいの入った。

 おら!呼吸しないと死ぬぞ!横隔膜動かせ!

 という応援メッセージと共に蹴り上げる。

 うん、呼吸が復活したな!

 じゃあ……やろっか♪



「で、ボコボコにしたんじゃな?」

「しましたねぇ……」


 目の前には、ぼろ雑巾のようになって横になる風雅の姿が。

 いやぁ、久しぶりだったから張り切っちゃったぜ。


「満足したのか?」

「え?全然。俺の命を狙ったことについては、もう二度とこっちに手を出せなくなった以上、ぶっちゃけそこまでどうとも思ってないんですけど、聖羅に手を出そうとしたことについては、コイツが生きている限り許さないので」

「じゃが、殺さないんじゃろ?」

「生かしておけば、いざという時に役に立ちそうですからね」


 なんせ、主人公様だもん。

 真面目に稽古つけられ続ければ、すぐにそこそこの実力を手に入れられるだろう。

 しかもこの辺りは、ある程度レベル上がった奴等のレベル上げには最適だろうし。

 化け物だらけだもん。


「ワシとしては、殺しておいた方が良いと思うんじゃがのう。万が一呪いが解けて王都まで暗殺に来られても嫌じゃし」

「それについては大丈夫ですよ。母さんの呪術が解けることはまずありませんし、それに……」


 俺は、スマホの画面をソフィアさんに見せる。

 そこには、『おい!桜井!』とでかでかとした文字が横に書かれた風雅の写真が。


「あいつ、日本の法律が適用される場所では、思いっきり指名手配されたんで」

「おー、大犯罪者じゃのう!」

「教会が自分たちでなんとかする気無くしたみたいですね。しばらく前からこんな感じです」

「大試は、懸賞金かけられたりされとらんのか?」

「さぁ……裏ではされてるかもしれませんけど、公式には無いですね。むしろ俺なんかよりソフィアさんの方が高値つきそうじゃないですか?結婚できるなら10億円くらい即金で払うって言う人世界中に居そう」

「まあのう!」


 そんな馬鹿話をしていると、ぼろ雑巾……じゃなかった、風雅が呻きながら目を覚ました。


「起きたか?」

「んっ!……あぁ……、くそ、全く歯が立たなかったな」

「そりゃそうだろ。お前、どんだけ鍛錬サボって来たと思ってんだよ」

「……もう覚えていない。だけどよ、なんだか清々しい気分だ……。今の俺には、家族と、家族を護るっていう気持ちくらいしか持ち合わせがない。だから後は、がむしゃらに強くなるだけだって事を改めて決意できた」

「……そうか」


 もう何年も見ていなかった、風雅のそんな澄んだ目を見て思ってしまう。

 なんだ、ちゃんとカッコいいじゃないか。

 もうどうしようもない汚名被って、酔った勢いで童貞捨てて子供作ったアホだけど。

 まあ、聖羅に手を出そうとしたことは許さんから事あるごとにボコボコにするが。


「大試よ、そろそろ帰らんと暗くなるぞ?」

「あれ?もうそんな時間ですか」

「この季節は、午後4時には暗くなるからのう」

「じゃあ帰りますか!よく考えたら、休憩の時に食べようと思ってた弁当も食べてなかったし……」

「心配ないぞ、暇じゃったから大試の分までワシが食べておいた」

「……夕飯のソフィアさんのデザート没収しますね」

「殺生な!?」


 泣きながらまとわりついてくる年上美女を押しのけながら帰り支度をする。

 その時ふと、足元の雑巾が目に入った。


「風雅、立てるか?」

「……いや、さっきから脚にも手にも力が入らねぇ。痛てぇってことしかわからねぇな……」


 クソ!めんどくさいな!

 たかだか何度か手足が変な方向に曲がったくらいで!


「仕方ない、戦場での軍隊式負傷兵輸送方法でいくか」

「なんだそれ……?」




「大試よ、それ、大丈夫なんじゃろうか?」

「大丈夫ですよ。死ななきゃ聖羅が治してくれますし。あ、でもアイツ、風雅の事治してくれるかな……?」

「治す前に殴ったりするかものう」


 風雅の服の襟首部分を引っ張って速足で進む。

 風雅は、最初こそ悲鳴を上げていたけれど、今は静かになってくれた。

 どうやら、さっさと帰りたいという俺の思いに応えてくれたんだろう。

 白目を剥いているけれど気にしない。


「帰ったら何しようかな。やっぱり紅羽にほっぺスリスリかなぁ……」

「赤ん坊にあんまり触れるのは良くないぞ?」

「あああああああ!そうなんですよねぇ!困ったなぁ!」

「風雅に土下座されたときよりも苦渋を嘗めたような顔しとる……」


 仕方ない!顔を見るだけにして、聖羅や理衣とご飯でも作るか。

 母さんも、ぴんぴんしているように見えて、やっぱり出産でまだまだ疲れているだろうしな。

 肉ならいっぱい手に入ったし、野菜なら聖羅がモリモリにょきにょきしてたから問題ない。

 さて、何を作ろうか……。


「ソフィアさんは、何か食べたいものあります?」

「鍋じゃな!」

「寒いですからね……」


 そこまででは無いけれど、雪が積もっている程度には寒い。

 というか、雪がモリモリあった方がまだ暖かいんじゃないかな?

 あれ、空気をいっぱい含んでいるから断熱材にもなるらしいし、かまくらみたいにして通路作ったら快適だったりしそう。

 それはそれとして、この辺り、滅茶苦茶寒いんだよなぁ。

 小さいころ、濡れたタオルを回すと一瞬で凍るって言うのを初めて体験して感動したもん。

 それと同時に戦慄したけど。


「あ、じゃあ夕食は鍋にして、シメに蕎麦でも食べます?」

「ソバか!いいのう!酒も飲んでいいんじゃよな?」

「まあ……ちゃんと命綱つけておいてくれれば……」

「おおお!愛しとるぞ大試!」

「はいはい……その代わり、料理も手伝ってくださいね?」

「無論じゃ!」


 獣道しかない鬱蒼とした大地をエルフとぼろ雑巾と共に抜けると、懐かしき故郷に辿り着く。


「「「ガウ!ガウガウ!」」」


 俺の臭いを嗅ぎつけたのか、ケルベロスケロ兵衛が駆けつけてきた。

 100mくらい先にいるときは普通のサイズに見えるんだけど、こっちまで寄ってくるとやっぱでけぇな……。


「ケロ兵衛、このバカを家まで運んでおいてくれ。後で聖羅とそっち行って治してやるから」

「「「くぅん……」」」

「悪いな、今日は遊んでやれないんだ。その代わり、夕食にはデカい肉食わせてやるから許してくれ」

「「「ワフン!!!」」」


 ケルベロスは、尻尾を振りながらぼろ雑巾を咥えて走り去った。

 喰われているようにしか見えないが、まあいい。


 俺は、自分の家へと入る。

 外と違って、家の中はパンツ姿でも問題ないくらい暖かい。

 あー……生き返るぅ……。


「大試、おかえり」

「大試君おかえりなさい!」

「ただいまー」

「あったかいのう……」


 居間には、聖羅と理衣が居た。

 2人で編み物をしているらしい。

 そういえば、昨日母さんに何か教わってたな。


「何作ってるんだ?」

「秘密、できてからのお楽しみ」

「……正直、まだ早いかなって思うんだけれど……ね……」


 フンスとやる気満々の聖羅と、顔を赤くしている理衣。

 何作ってるんだろうマジで。


 テーブルには、開いたままの「自分の赤ちゃんには自分で作った服を!」なんて書かれた本が置かれているけれど、見なかったことにしよう。


「あら大試!おかえりなさい!じゃあそろそろ夕食の準備しちゃうわね!」


 奥から母さんが出てきてそんな事をいう。


「いや、夕食は俺が作るよ。母さんは休んでなって」

「えー?大試に私の手料理食べさせてあげたいのにー……」

「子供産んだばかりの母親に、仕事を押し付けて平気な顔している男にはなりたくないんだ」

「……もう、うちの息子はどうしてこう母さんの事をメロメロにするのかしら!あーもう王都に帰らせたくなーい!」

「それは流石に無理かな……」

「王都が灰燼に帰せば……」

「母さんが言うと冗談に聞こえないからやめて」


 なんとか母さんをソファーに座らせて、編み物を中断した2人と、エルフを引き連れ台所へ。

 この家は、台所がかなり広い。

 ちょっとした飲食店並みだ。

 何故かというと、使用する食材が大きかったのと、母さんが料理好きだったかららしい。

 なので、4人で料理をしていても、狭く感じないのが良い。


「何作るの?」

「寒いから鍋にしようかなと。シメは蕎麦にしよう」

「お鍋いいね!ってなると、しょうゆベースの感じかな?」

「そうだな」

「ついでに何かツマミも作ってほしいんじゃが!」

「じゃあ天ぷらでも作っておきますか?」

「タマネギ入っとるとワシが嬉しい!」

「あー、いいですねー」


 ワイワイと料理していると、それだけで嬉しい気持ちになる。

 前世でこんな機会はまず無かったからなぁ……。

 神也は、ろくな料理しなかったし……。


「鍋の気配がするニャ!」


 ネコミミメイドが乱入した。

 しかし、食べるの専門なため居間へと行ってもらう。


「犀果様、テレポートゲート設置完了しました。しかも、この辺りはとても強力な地脈の上らしく、エネルギーのチャージがすぐにできるため、簡単に王都との行き来ができそうです」


 AIメイドが、どことなくドヤッとした無表情でやってくる。

 やっている事は凄いんだけれど、


「お兄ちゃん!ピリカ頑張ったよ☆」

「そのキャラまだ続けるのですか?」

「犀果様は、やはり妹萌え?という性癖がありそうなので、継続します」

「あれはシスコンというのです」

「ねぇマスター、イチゴがんばったよ?頭なでなでして?」

「犀果様は、あざといのはあまり好みでは無いですよ?」

「実際にされたら考えが変わることがあるのよ黙りなさい」


 うん、AIメイドが3人揃うだけで残念な感じになるのはなんなんだろう?

 この3人だけで、情報化社会を崩壊させられるくらいの存在なのに……。

 とりあえず、料理の手伝いに入ってもらった。


「美味そうな匂いがするな」

「捨てる部分は繊維にしていいかしら?」


 ルージュとクレーンさんも帰って来たらしい。

 クレーンさん、さっきは返り血で真っ赤だったきがするんだけれど、もうすでにいつも通りだ……。


「移住するのにいい場所は見つかったか?」

「ああ、というか、どこでもいいなこの辺りは。人目が無く、それでいて大地からの自然魔力も多い。余も油断すると心地よ過ぎて眠くなる……」

「冬眠か?」

「貴様、今トカゲか何かと一緒みたいに言ったな?」

「でも寒いの苦手なのは事実だろ?ほら、お茶入れたから皆の分も居間に持って行ってくれ」

「う……わかった……」


 ルージュも随分丸くなったもんだ。

 戦った時以外割と丸い気もするけれど。

 そしてクレーンさんは、俺が捌いていたエゾ魔シカの毛皮と角を持ってホクホク顔でどこかへ行った。

 夕食までには帰ると言っていたけれど、あんな生の物もってどこ行ったんだろう?

 ……ちょっと考えるの怖くなってきたけど、まあいいか。


 今夜は、シカ鍋だ。

 今年に入ってから鹿肉率が高い気がするけれど、気にしない気にしない。

 だって鹿だらけなんだもんこの世界……。


 準備ができたので、俺達も居間へと料理を運ぶ。

 この人数で食卓だと狭すぎるので、ここの所はいつも居間で食事しているんだ。

 ソフィアさんの炎魔術をコンロ代わりにして、鍋をテーブルの上にいくつもセットする。

 すごい量だけれど、いっぱい食べるやつが複数人いるため、これでもまだ足りないだろうな……。

 因みに父さんは、今夜は聖羅の実家にいる。

 あっちで村のおっさんたちと酒盛りしているらしい。

 風雅はそこでこき使われていると、さっき渋々風雅の治療をしてきた聖羅が言っていた。

 あっちで料理作っているのは、ドワーフで風雅の嫁の銅子さんらしいけれど、ドワーフの料理は男向けっぽい肉!魚!しょっぱいもの!以上!って感じらしくて、おっさんたちに大人気なんだとか。

 面倒だろうけれど、おっさんたちの面倒を見るの頑張ってほしい。


 火にかけていた鍋の中身が、大分いい感じになって来た。

 ではそろそろ……。


「来たわよ大試!」

「来ました!」


 食べようかと思っていたその時、入り口が開け放たれ、美少女2人が入って来た。

 かなり急いできたのか、息が乱れている。


「リンゼに有栖、会長まで!?来たって……」

「テレポートゲートが完成していたみたいだったから、急いできたのよ!」

「お仕事は全部終わらせてきたので大丈夫なんです!」

「お……おう……」


 どうやら、かなり頑張って時間を空けて来たらしい。

 ストレス溜まってそうな顔をしている。


「これから夕食だけど、食べるか?」

「食べるわ!」

「いただきます!」


 そう言うや否や、もうテーブルについている2人。

 勢いがすごい。


「会長は……流石に無理か」

「誘いはしたんだけれど、流石に神社が忙しすぎて年末年始は無理らしいわね」

「なので、スマートフォンでオンライン夕食したいって言っていました」

「地方の同窓会みたいだな……」


 何て話していたら、その会長から連絡が入る。


『大試くぅん……元気ちょうだい……』

「えぇ……?が……頑張れ?」

『頑張ってるわよ……』

「じゃあ……えっと……やっぱり巫女服すごい似合いますよね」

『あ、すごい元気でたわ』

「年明けに、ソフィアのキャットタワーでも買いに行きません?買うのは別になんでもいいんですけれど、一緒に買い物したいなって」

『そうね!ありがとう!すごく元気出たわ!これから夕食なのかしら?私もそうなの!』

「じゃあ、オンライン夕食とか言うので一緒に食べますか」


 なんだか、思ったより人数が増えてしまった。

 でも、それが嫌じゃない自分がいる。

 前世自分と比べると、随分と変わったなと我ながら思う。


(小僧!母乳がほしい!母上殿にたのめんか!?)


 母さんが抱えている紅羽が愚図りだしたと思ったら、そんな声が頭に響く。

 てふ子様も、随分赤ちゃんライフに慣れたらしい。

 今では普通に赤ちゃんしている。

 うん、可愛い。


「はいはい、おっぱいでちゅねー」


 これで全員夕食を食べれるな。

 じゃあ、始めますか


「いただきます!」

「「「「いただきまーす!」」」」


 どうか来年も無事に過ごせますように。


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