第303話
クリスマスも恙無く終わり、後はもう年末年始を迎えるのみとなった26日。
俺は、そこそこ忙しく動き回っていた。
いつまでも開拓村に居られるわけじゃない。
新年になったらすぐに王都へ逆戻りだ。
学園の休み自体は、1月10日まであるから大丈夫なんだけれど、リンゼ曰く、正月になったらあいさつ回りが必要らしい。
といっても、俺一人で回っても相手だって困るだろうからと、今回はガーネット家と一緒に回ることになっている。
まあ、公爵ともなれば、大抵の場合は相手から挨拶に来るそうだけれど、それでも自ら出向く場合も多いらしい。
大貴族様の取り巻きA的なポジションだな。
貴族の世界でも友人と呼べる人間が全然いない俺にとって、ありがたい事ではあるんだろうけれど、とてもメンドクサイ……。
前世では、年賀状すら送る機会の無かった俺にとって、リアルで年始の挨拶とかハードル高いわ……。
という予定があるため、こっちに居られる間に、色々とやっておかなければならない訳だ。
例えば、ドラゴン達の移住先の選定とか、それ以外の人たちが移住する場所の選定とか、表には出せない類の人たちの移住先の選定とか、まあとにかく、将来的に開拓地を発展させるための道筋をつけて帰りたいわけだ。
AI3人娘たちが今、超特急でテレポートゲートを新設してくれているらしいので、来ようと思えば来れるはずだけれど、そう思っていても案外チャンスが無いのは、今年王都に行ってから痛い程理解したので、大急ぎで色々とやっています。
まず、起床と同時に眠っている紅羽の顔を見て、日課のトレーニングをこなす。
次に、出産早々「やっとお酒が飲めるわ!」と態々アルコールに対する耐性を下げて、酔いつぶれるまで飲んでいたらしい母さんの代わりに朝食を作る。
本当であれば、赤ん坊に母乳を与えている期間も飲酒は控えるべきなハズなんだけど、あの人自分で体内のアルコール除去できるからな……。
できないとしても、俺や聖羅がするが。
全員分の朝食を作り終えたら、とりあえず皆を起こして回る。
といっても、父さんと母さんが起きてくる気配はまったくないので、聖羅たちだけと朝食を食べ、その後は開拓村の周りで魔物を倒してレベル上げだ。
実際に戦い始めると、やっぱりこの開拓地の魔物は、王都の周りの奴らよりも断然強い。
むしろ、開拓村の周囲1km程に出没していた魔物なんてまだいいほうで、10kmも行くと化け物しか見当たらなくなった。
普通に魔術みたいな攻撃技を使ってくる上に、単純にデカい。
エルフの集落の周りにもデカいのが居たけれど、それですらこの場所の魔物たちに比べたら前座にもなれない。
その差が最も顕著に表れるのは、魔石のサイズだろうか?
大きければ大きい程いいのかはわからないけれど、今倒した鹿から取り出した魔石は、直径が1m程もある。
きっと売ったら凄い値段になるんだろう。
ただ、個人の話に限れば、この魔石は大きすぎて、逆に使いどころ無さそうだなとも思う。
リンゼの家の人たちにあげたら、喜んでこれを使える魔道具作りそうだけれども。
そんな化け物だらけのこの場所だけれど、今の俺なら戦えない事も無い。
ヒリ付く緊張感の中で戦う事で、なんとなくいつもより経験値が稼げている気がする。
多分気がするだけだけども。
この世界がゲームをモデルにしているとしたら、別に俺の緊張感なんて関係ないだろうし。
「のう大試、ワシ、長い事十勝でエルフの集落を治めておったが、こんな危険地帯に攻め入ろうとしたことは一度も無かったんじゃが?」
「やっぱりソフィアさん的にもここは危険地帯ですか」
「当たり前じゃろ!?空中を駆け回るクマの魔獣なんぞ初めて見たわ!」
「あー、アレはびっくりしましたね。ずんぐりむっくりのあの体型であの洗練されたスマートな動きは似合わないっていうか……」
「そう言う話じゃないんじゃが……」
因みに、今の同行者はソフィアさんだけだ。
他のメンバーは、のっそりと起き出してきた母さんに捕まって、色々とお話をしている。
何を話しているのかわからないけれど、時々聖羅たちが俺の方を見て顔を赤くしていたので、ろくな内容ではないだろう。
ファムですら顔を赤くしていたから、かなりろくでもない内容のはずだ。
暫くそうしていると、不意にかなり強い血の匂いを感じた。
ソフィアさんも気が付いたらしく、2人で気配を殺しながらそちらへと向かう。
どんなヤバイ相手がいるのかわからないけれど、確認もせず立ち去るのもそれはそれで怖い。
そう思って向かったその先には、真っ赤な地面の中央に佇む美女がいた。
「すごぉい!こんなに見たこと無い繊維が沢山!アハハハハハハハハハ!」
ビックリするほどテンションの上がっているクレーンさんだった。
元が何だったのかわからない魔獣のミンチの上で、毛皮を使って一心不乱に何かをしている。
何も知らない人が見たら、スプラッタなホラー作品にしか見えない光景だ。
……訂正する。俺から見てもスプラッタなホラー作品だ。
怖いので、見なかったことにした。
猟奇的な場所から離れて散策する事1時間ほど。
そろそろお昼という事で、昼食にすることにした。
「ソフィアさん、ちょっと上空から休めそうな場所探してくれません?」
「ふむ、わかった」
鬱蒼とした森の中で、周囲を把握するのはとても難しい。
だから、空中を移動できるソフィアさんの存在はとてもありがたかった。
今回もその力に頼りきりである。
1分ほどでソフィアさんが降りてくる。
「あちらの方に、奇麗な川があったぞ。河原も平らで休みやすそうじゃった」
「じゃあそこでお弁当食べますか。野生動物がやってこないことを祈って」
俺達が休みやすい場所は、動物や魔獣にとっても休みやすいという事だ。
しかも水場なので、自然と危険地帯になりやすい。
でも大丈夫!ソフィアさんが指をパチンと鳴らせば、一瞬で周りから中が窺えないフィルターのようなものが展開されるので、安心して休めるんだ!
もしかしてソフィアさんは、22世紀のネコ型ロボット並みに便利な存在なのでは?
「おー!東京ではなかなか見れない清流だ!」
「あっちの川、なんだか臭かったしのう!」
水がすごく透明な川へと辿り着き、都会で荒んだ心が洗われていくような感覚に身を任せる。
この川だって別に匂いが無いわけではない。
コケの匂いや、植物の葉っぱから抽出された香りもする。
だけど、やっぱり河口付近の腐臭がプラスされた川の水とは雲泥の差なんだよな。
人間の営みが無いとしても、長い川の終着点ってのはどうしても臭い。
こうして奇麗な川は、都会に何か月か住むととても貴重に感じてしまうな……。
「さて、ソフィアさん、例の指パッチンを!」
「心得た!」
「大試?」
ソフィアさんが、右手を上げたその時、不意に声がかけられる。
俺とソフィアさんがそちらを向くと、そこには見慣れた顔がいた。
「風雅?なんでこんな所に?」
「俺は、まあ……仕事だな。村に住まわせてもらってる対価を払わねぇと……」
「そうか」
あそこ、住むのに対価とか必要だったのか!
なんて思ったけど、よく考えたらそう言う風な条件でもつけないと、罰にならないとかそう言う事なんだろう。
本人だって、そうやって罰せられている方が気が楽だろうし。
ただ、正直あれだけ色々やらかしていた上に、俺を殺そうとした奴に対して何を話せばいいのかなどわからん。
もっというと、それ程心が離れた相手に対して、そこまで親密になろうという気持ちも沸いてこない。
こればっかりは、幼馴染だからとかそういうもので割り切れるもんじゃない。
だから、俺はそこで会話を打ち切ろうかと思ってたんだけれど、風雅の方は俺に何か用があったらしい。
「大試!頼みがある!」
そう言って、地面に額をこすりつけて懇願してきた。
突然なんだろうか?
前にもいったけど、俺は土下座されるの嫌なんだが?
「俺と、剣で戦ってくれ!」
ただまあ、真剣な表情の幼馴染の必死の頼みなら、聞くだけ聞いてやってもいいかなと思う程度の情はあるんだ。
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