第302話

 クリスマスイブは、妹の生誕というビッグでハッピーなイベントによって、とてもいい思い出となった。

 そして、翌日の今日は、クリスマス当日。

 この世界でも、クリスマスはある。

 といっても、教会が幅を利かせるこの世界のクリスマスは、完全にお祭りとかしているわけだが。


「今年もこの日がやってきたな」

「うん、楽しみ」

「準備は、もちろん万全だ」

「私も、仕込みはバッチリ」


 さて、そのクリスマスだけれど、前世のクリスマスとは少しだけ違う。

 まず、この世界のクリスマスは、プレゼントを贈るのが男側からだけだ。

 じゃあ女側はどうするのか?


「今年は、ピーチパイです」

「美味そうだ……!」


 こうして、何かしらの料理を提供するというのが通例らしい。

 できれば手料理が望ましいけれど、別に手作りでなければいけないというわけでもないと聞いた。

 まあ、聖羅はちゃんと手料理を毎年作ってくれるんだけれど。

 普段は俺が作ることが多いけれど、こうやってたまに作ってくれるからこその破壊力が有る。


「じゃあ俺からは、クイーンアシッドスパイダーシルクのマフラーだ」

「すごい……!軽いのにあったかい!」

「よく知らないけれど、火にも酸にも強いらしい」


 聖羅には、毎年プレゼントしてきたわけだけれど、去年までは聖羅と母さんにだけ渡せばよかったので割と楽だった。

 だけど今年からは、割と渡す人数が増えてしまった。

 というのも、家族や友人であろうとも、女性相手には贈って当然らしいからだ。

 その辺り、前世のバレンタインデーに近いものがあるように感じる。

 菓子メーカーに踊らされ、恋人だけではなく、義理と言いながら知り合いの男性に贈りまくったり、最近では同性の友人相手にも贈ることが多くなっているとも噂されるアレ。


 俺は、そんな俗っぽいイベントには参加していなかった。

 絶対俺に渡すやつなんていないから、朝は遅刻ギリギリでやってきて、放課後は脇目も振らず帰っていた。

 悲しくないぞ。


 話が逸れまくった。


 クリスマスだっけ?

 今年俺が送る相手は、俺の婚約者はもちろん、家族の面々。

 そして、聖羅を守りに来てくれている聖騎士の方々や、あの聖戦士軍団の人たちにも贈らなければと考えていたわけで。

 更に言うなら、委員長にもお世話になったから贈るつもりだ。

 もっとも、届けるのは、俺ではなく便利なお仲間に依頼したけれども。


「人使い荒いにゃ…」

「ごめんって。でも、他にあの人数に一晩でプレゼント配りきれるやつなんていなかっただろ?」

「まあそうだけどニャ」

「さて、はいこれ。ファムの分」

「……ねぇボス、これ、多分売ったら国宝みたいなお値段すると思うにゃ」

「流石にそこまではいかないでしょ。魔物素材とはいえさ」

「その魔物、倒せる人類殆どいねーからニャ……?ダンジョンのボスを糸目的で周回する頭おかしい事する奴なんてまずいないニャ」

「でもさ、プレゼントで贈るってなったら、やっぱり拘りたいだろ?」

「気持ちはわからんでもにゃいけれど、やったことはわけがわからんニャ」


 そうかなぁ?

 ちょっとだけボスの蜘蛛を押さえつけて、糸が出てこなくなるまで引っ張り出しただけだろうに。

 それを使ってシルクの毛糸を作り、更に編んだわけだ。

 強化された身体能力で、それはもう編みに編みまくったわ。

 親密さで作りは大分変わるけどな。

 たとえば、聖羅用のあのマフラーは、様々な模様を入れ込み、更にいろいろな色の毛糸を使って作り上げた。

 およそ1日かけて作り上げた一品だ。

 他の婚約者たちの分も、1日かけるようなものになっている。

 その次に家族たちへは、1枚数時間で作り上げるクラスの物だ。

 委員長にもそのくらいの出来のものだな。

 聖騎士や聖戦士の人たちには、1枚10分くらいでできるシンプルなものだ。

 それでも、糸を取り出す手間は変わらないから、割と大変だった。


 あの蜘蛛を倒しまくるだけで、10レベルも上がってしまった。


 ――――――――――――――――――――――――


 ※王城にて


「姫様!そのマフラーはいったい!?」

「明らかに高位の魔物素材によって作られていますぞ!?魔術耐性も物理耐性も現存する古代遺物クラスです!」

「そうなんですか?婚約者から贈られたものですので、詳しくはわかりませんが……。ただ、これ以上の贈り物はありません……!」



 ※ガーネット公爵家


「リンゼ……ちょっとそのマフラーを見せてくれないかい……?それは……魔道具なのかな……?人類にそこまでのものが作り出せるなんて……。いや、技術自体は特別なものではない!しかし、素材の質が常識外だ!」

「お父様もそう思われますか……?本当にアイツは……」

「まあ、リンゼがそれだけ嬉しそうにしているのであれば、構わないけれどね」

「……そんなに喜んでいるように見えましたか?」

「そこまで大切そうに抱きしめていればね」

「……」



 ※武田家

「認めん!認めんぞそんな浮ついたプレゼントなど!ごぼ!?」

「貴方が認めるかどうかなんて関係ないのよー?ねー水城さん?」

「は……はい……。ですが、そろそろ結界を緩めてあげないと死んでしまうのでは……」

「加減は出来ているから大丈夫よ」



 ※犀果王都邸


「フフ……開拓村には連れて行ってもらえなかったが、これほどの手作りプレゼントを貰えるなんてね。やっぱり彼は、私にメロメロになっているようだ。いいプロテインを用意しておかないと……」

「あぁ……噂のでかいクモを絵に描きたかったっスねぇ……」

「まさか我々聖騎士全員に用意されているなんて……」

「聖戦士にも……これ、絶対防御力おかしいですよね……?」



 ※委員長の部屋


「な……なんで犀果君からクリスマスプレゼントが届いてるの!?私達って、プレゼントを贈り合う間柄だったっけ!?別に嫌ってわけじゃないけれど……でもでも……えー……?うーん……うん!これは、きっと友人との距離感がわからないとか、そういうのだよね!?男女の仲だとかそういうのじゃ……」

「京奈、プレゼントだよ……って、それ……」

「うわ!?おじいちゃん!?」

「む……む……息子よ!京奈に男ができたぞ!」

「なんだって!?それは本当ですか!?」

「酒盛りしないと!」

「あーもー!なんでもないったら!ただの友だちだから!犀果君だよ!?」

「あー、彼か。うん、応援するよ」

「だから違うって!」



 ※カレー屋


「パパ!大試からプレゼントもらっちゃった!」

「何!?ニンゲンの社会だと、今日プレゼントを男が贈るっていうのは、殆ど告白に近いんじゃなかったか!?」

「どうなんだろ?大試は、割と世間知らずなんだよねー」

「そうだな!アイツなら魔物の領域に婿に来ても許すぞ!」

「もー!そういうのじゃないってー!」

「ところで、リリアちゃんはおかわりはもういいのかい!?」

「いただきます!」

「リリアー、カレー食べるときは、そのマフラー外したほうがいいよ?」



 ※神社


「これってお供え物になるのかな!?」

「微妙であるな。信仰による物品では無いようじゃからのう」

「じゃあ普通にプレゼントだ!?わーい!ボク、クリスマスプレゼントって初めて!」



 ※エルフの集落

「すごいいい手触り……でもお休みのほうが欲しいです……」





 ――――――――――――――――――――――――



 とまあ、色々なところにファムに届けてもらった。


「この世界のクリスマスって、男側の負担がでかすぎないか?」

「去年までは、私とお義母さんだけだったもんね」


 他の人達って、一体どうやってプレゼントを用意しているんだろう?

 俺にはわからん。


「あ……あのね大試くん?普通は、付き合ってる女の子位にしかプレゼントなんて渡さないよ?あとは自分の子どもとか……。友達同士でも、よっぽど仲いい間柄でもないと……」

「え?でも母さんは……」

「大試、お義母さんのいう常識は、あんまり当てにならない」

「……」


 それを言われるとぐうの音も出ない。


「どうじゃ!?ワシのマフラーすがたは!似合っているであろう!?」

「余も中々ではないか?」

「ヒトから衣類を提供されるとは……これはこれで……」


 エルフもドラゴンも割と気に入ってくれたようだ。

 作った介があったな。


 さて、妹には流石にマフラーというわけにもいかなかったし、赤ちゃん用の衣服は、素人にはわからないテクニックも必要らしいから作れなかった。

 だから、将来大きくなった時用にサイズを調整して作った。

 その時まで、紅羽のマフラーすがたはお預けだな……。


(楽しみだなぁ……)

(な……なんぞニタニタした雰囲気を感じるが……)

(なんでもないぞ。お兄ちゃんを信じなさい)

(難しいな人を信じるのは……)


「どう!?母さんも似合っているでしょう!?」

「母さんってさ、モデルとしても大成功できたんじゃない?」

「スカウトされたことは何度も有るわよ?でも、私のことを知ると皆逃げ出すのよねー」

「あぁ……」


 紅羽もこんな美人になるんだろうか?

 もし邪な想いのスカウトがやってきたら、俺はきっとソイツをミンチにしてしまうだろう。


「それより大試、早く食べて」

「じゃあ皆で食べ始めようか……っと、その前にあの挨拶をしないとな」

「そうだね。お約束だもんね」

「じゃあいくぞ?せーの……」


「「「メリークリスマス!」」」


 女性陣が用意したクリスマスメニューに舌鼓を打ち、クリスマスは過ぎていった。


 このときはまだ、休み明けに王都で謎のマフラーブームが起きていたり、俺が稀代のスケコマシと言われ始めている事には気がついていなかった。






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