第300話

(ぐおおお!?なんぞ可愛がられている感触がするが、目が開けられぬから見えん!)

「あだぁ……ウエエエエエン!」

「あ、やっと泣いた。赤ちゃんは泣くものだって言うのに全然泣かないから心配だった」

「よしよし、私が母さんでちゅよ-」

「俺が父さ……パパだ!」


 母さんが抱いている紅羽を優しい視線で聖羅が見守り、母さんがでちゅね言葉に目覚め、父さんが欧米的な呼称を叫ぶ。

 実に騒がしくも微笑ましい光景だ。

 可愛がられている本人が嫌がっているのを除けば。


(こ、小僧!魔力の波長から察するに、そちらに居るのだろう!?助けてくれ!)


 紅羽の小さな手がこちらに向けられる。

 なんだこれ……可愛いにも程があるぞ……。


「あら?紅羽はお兄ちゃんに抱っこして欲しいのかしら?」

「バカな!?なぜ俺ではないんだ!?」

「私だって小さい時は大試に抱きしめてもらってたし……」


 聖羅さん、赤ん坊に張り合わんでも……。

 ……ちゃんと責任が取れるようになったら、俺だって我慢しないし……。


 そんなことを思いながら、母さんから紅羽を渡され、大事に抱える。


「だぁ、だぁ」

(ふぅ、やっとちょっと落ち着いたわい)

「…………」

「ばぁぶ、ぶぶ?」

(それで、私はこれからどうすれば良いのだ?)

「…………」

「ぶぶーぶ、ばばぶ……。ばぁぶ」

(まさか赤子に生まれ変わることになるとは思わなんだ……。死んで魂が抜けた兵士の体にでも叩きこまれるものだとばかり……)

「…………」

「……だぁぶ?」

(おい?大試よ、なぜ黙る?)

「あああああああああああああ!」

「ばぁぶ!?」

(なんぞ!?)


 俺の心の中が、愛しさで満ちていく。

 いや、オーバーフローを起こしている!


「すまん紅羽!ほっぺすりすりが我慢できん!」

「だぁ!ぶうば!」

(な!?おいやめよ!)

「その気持ちわかるぞ大試!父さんにもさせてくれ!」

「うるさい!紅羽は俺のだ!」

「違うわ!母さんのよ!」

「パパのだぞ!」

「今更欧米かぶれしてんじゃねぇよオッサン!」

「父親に対してオッサンとはなんだオッサンとは!パパと呼べ!」


 30分後。


「……くだらねー親子喧嘩してしまった……」

「子供産んですぐこれは疲れたわ……」

「何故誰もパパと呼んでくれないんだ……」

「だぁぶ……?」

(こいつら大丈夫なのか……?)


 どうかな……?

 個人的な感想としては、あんまり大丈夫じゃないと思う……。

 可愛いって……怖いな……。


「なんだろう?この子見ていると、なんだか他人に思えないんだよね……」


 そんな中、暫く沈黙していた理衣がそんな事を言い出した。

 そりゃそうだろうな。

 だって、憑依させて神様と戦った仲だもんな。

 教えたらビックリするだろうか?


「理衣ちゃん、貴方はもう義理とは言え私の娘よ?だから、もちろん他人じゃないわ」

「あ、えっと、そう言う意味じゃなかったんですけど……でも嬉しいです……えへへ~」

「大試!早くこの娘たち連れて帰って来なさい!絶対逃がしちゃ駄目よ!」

「……はいはい」


 娘を産んですぐなので、母性が暴走しているらしい母を見て、逆に冷静になった俺。

 頭が落ち着いてくると、今度は、てふ子様について色々考えなければならない気がしてきた。

 タケミーとの戦いで、健闘の褒美として転生の権利が授与されてたけれど、まさか俺の妹になるとはなぁ……。


(世の中何が起こるかわかりませんね)

(さっきまであの世にいた気がするがな……まあ、魂が体に定着したのが何時かは知らんが……)


 紅羽の顔が、赤ん坊ながら渋そうな表情になる。

 何も知らない人たちからは、愚図りだす直前か、もしくはおしめの中に何かが生み出されたのではないかと思ってしまいそうな雰囲気だ。

 まあ、本人的には泣きたいくらいの状況かもしれないけれど。


「データ収集完了。これが、人の赤ちゃんが持つ魅了の効果であると推測します」

「赤ちゃんが可愛いのは、人間を始めとした高等動物がそう感じるように進化されただけであって、赤ん坊だからと特別可愛いというわけではないはず。にも拘わらず可愛いのは不可解」

「マスター、私も産みたいなー?」

「「「身の程を弁えろ!私のマスターだぞ!!!」」」


 AI同士の喧嘩をスルーする。

 お前たちも弁えろ。

 俺の紅羽だぞ?



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