第299話
「で?どういう事さ?」
「母さんが隷属の呪いをかけた。今後大志やその家族に手を出そうとすれば、直ちに死ぬちょっと重めのやつな。その上で、一生この村のために働くことを約束させられている。それが、風雅の生存を許す上での最低限の条件だった。あいつの両親は、顔見て早々ぶち殺そうとしてたが、それはもったいないだろうって村の奴らの中で話し合ってな。大志は、自分たちに危害を加えられないようにしてあれば、正直どうでもいいだろ?」
「まあ、殺せるなら殺しておこうって思ってただけだからね。母さんが隷属化させてるなら間違いは起きないだろうし。それでさ……」
俺は、父親との会話を一時的に中断し、件のアホの方を見る。
なんか、へたり込んでいる風雅に寄り添う小さい人影が見える。
最初髪が長いから女の子かと思ったんだけど、髭生えてるし、顔が厳つい。
「あれは誰?前までいなかったよね?」
「あー彼女か。函館ドワーフのシルヴァちゃんって言うらしいぞ。お前たちと同い年だな。ついでに言うなら、風雅の嫁だ。手出すなよ」
「ふーん、そっか。手は出さないよ。目玉が飛び出そうなくらいびっくりの情報だらけでそれどころじゃないから」
父さんによると、日本の国内の市街地じゃもうまともに生活できそうにないと考えた風雅は、手漕ぎボートで大陸へ逃げようとしたらしい。
もちろんそんな無謀な挑戦が成功する確率なんて殆どない。
化け物だらけのこの世界の海を舐めるなと言いたい。
案の定遭難した風雅が流れ着いた先は、偶々函館の近くの海域で、そこに魚をとりに来ていたドワーフの船に救助されたんだとか。
衰弱していた風雅を漁師のドワーフたちは家に連れて帰り、その娘のシルヴァさんが看病した。
そうして体調が良くなるまでの数週間の間に仲を深めた2人は、アレやコレをしてしまい、それが漁師の父親にバレて責任を取らされたそうな。
結婚を機に、自分の行いを反省した風雅は、殺されるかもしれないと思いながらも、ここへ帰って来たらしい。
嫁を連れてな。
えっと……何してはるんどす?
主人公っていうのは、とんでもないストーリーを紡がないとダメなゲッシュでもあるんです?
「……まあ、いいや」
「お?思考を放棄したか?」
「うん。それよりも今は重要なことがあるし」
「だろうな。俺も、本当はそっちの方が重要で、この話をさっさと切り上げたかったんだ」
風雅など知るか!
コッチはもっと重要な案件のために帰って来てんだよ!
「妹は!?」
「今産んでるとこだ」
「こんなとこでくっちゃべってる場合なのかよ?!」
「いや、さっきまで隣の部屋でことの成り行きを伺ってたんだが、あまりにもソワソワし過ぎだって言われて女性陣に追い出されてな……」
見ると、周りのおっさんたちも、渋い顔で頷いている。
こいつら全員追い出されたのか……。
「って、よく見たらうちの女性陣ももういない……」
「ワシはいるぞ?」
「ソフィアさんは、離れられないだけじゃないですか」
「いやいや、これはこれで楽しい故好きで一緒に居る部分が大きいんじゃよ?そもそも、近くに居たくない者と契約などせんしのう」
そう言って、俺の腕に抱き着いてくる美女エルフ大精霊。
頑張れ俺の理性!
「……よし、落ち着いた。ってことで、俺は母さんのとこに行ってくる!」
「いいけどな、父さんたちですら追い出されたんだぞ?お前も多分……」
「ふっ!出産がなんぼのもんじゃい!」
こちとら何度命がけの修羅場をくぐってると思ってるんだ?
まあ、潜れなくて即死したこともあるわけだが。
そして3分後。
そこには、追い出されて消沈する俺の姿が!
「もう男は問答無用でダメだってさ」
「仲間だな大試!」
「あああああ!妹が生まれる瞬間に立ち会いたかったああああああ!」
「まあ落ち着けよ。生まれたら呼んでくれるって。お前の時もそうだったし、聖羅や風雅の時もそうだったぞ?」
「はぁ……まあ実際待つしかないんだけどな……」
「男は情けないのう……もう少し余裕を持たんといかんぞ?」
父さんたちの目がソフィアさんに向く。
「……でだ、大試。この別嬪さんは誰だ?」
「ソフィアさん。十勝エルフの元族長で、今は大精霊だって。俺と契約してるらしい」
「大精霊?……大精霊だぁ!?」
父さんたちが禿そうな勢いで驚いているけれど、この世界の大精霊ってそんなすごいもんなのか。
ソフィアさんの他に見たこと無いもんな俺も。
「どうじゃ大試?ワシのすごさが改めて分かったじゃろ?」
「大精霊がどうこうっていうのは正直よくわかりませんけれど、ソフィアさんがすごい事は理解してますよ。強いしカッコいいし奇麗だし喋ってて退屈しないので」
「おおう?なんだかおヌシに褒められるの久しぶりでビックリなんじゃが……?」
「一々いうのは恥ずかしいので、今妹に脳の理性容量が割かれている間に言っておこうかと思って。いつも褒めてたら調子に乗って深酒しそうだし」
「そ……そうか……」
その後もしばらく、俺とおっさんたちの会話は続いた。
俺が王都に向かってから何があったかや、開拓村の変わった所などについてが主な話題だったけれど、その雑談がピタッと途切れる。
別に、何か会話の中で地雷を踏んだとかいうわけではない。
ただ単に聞こえただけだ。
「……父さん、今聞こえたよね?」
「あぁ……ああ!」
産声だ!俺達の上がりに上がった聴覚が、確実に赤ん坊の泣き声を聞き取った!
「妹!妹だあああああ!」
「俺の娘!娘えええええ!」
大した距離がある訳でも無い。
俺達が本気で走ったら、それこそ一瞬だ。
部屋に飛び込むと、既に聖羅に治されたのか、多少疲れているような顔ではあるけれど健康そうな母さんと、その腕に包まれる小さな生き物が見える。
「おお!すごい!本当に俺の妹が産まれてる!」
「そうだぞ!冗談や間違いじゃないぞ!お前の妹だ!」
「うちの男どもって、時々バカじゃないかと思うのよね」
「でも好き」
「聖羅ちゃんは可愛いわねー!早く家に嫁に来てねー!」
「あ、あの!私も……」
「理衣ちゃんももちろん歓迎よ!寧ろ、よく来てくれる気になったなって心配になるくらい……」
「そ……それはその……好きになっちゃったので……」
「あらあらあらあら!」
いやアンタら、それより妹について語ろうぜ?
俺を恥ずかしがらせてなんか意味あるのか?
俺は、妹の顔を覗き込む。
赤ん坊って、生まれた瞬間は猿みたいな可愛くねー感じなイメージがあったけれど、ゲームをモデルにしている世界だからか、もしくは俺の妹が天使だからかはわからないけれど、現時点で既に美少女の片りんを感じさせる顔をしている。
髪の毛は、フィクションのキャラクターっぽく赤い。
赤毛とかじゃなく、スカーレットって感じの赤さだ。
炎タイプの技が得意そう。
あああああ……可愛いなぁ……俺の妹だ……元気に大きくなれよ!
こんなヤベー土地だけど、何だかんだで周りが強くて快適だぞ!
(む!?この魔力……おい小僧!お前、犀果大試ではないか!?)
頭の中に奇麗な声が響く。
でも、スルーだスルー。
妹の方が大事。
(おい!?聞いておるのか!?聞いておるよな!?念じれば堪えられる筈じゃぞ!)
(うるさい。妹の方が大事だ)
(やはり聞こえておるではないか!)
何だこの声?
俺の妹フィーバーに水を差すんじゃねぇよ。
(私だ!覚えておらんのか!?)
(よくわかりませんが、私だって言われて納得できる程親しい仲なんですか?)
(う……いや、どういったものか……?だが、共に命を懸けて戦った戦友ではないか!)
どの戦いの事だ?
割といつも命がけだよ?
なんなら、この開拓村にいる間は、常に命がけと言ってもいいくらいだし。
(せめて名前教えてくださいよ。じゃなければ妹を愛でる邪魔なので消えてください)
(酷い奴だなお前!?まあわかった!私は、武田てふ子だ!)
(え!?てふ子様!?なんでてふ子様が俺の頭に念話とか言うの飛ばしてるんです?霊界通信ですか?あっちでエジソンにでも会いました?)
(えじぞん?それは分からんが……いや!それよりだ!鬼どもを千切っては投げ千切ってはなげしておったのだが、とうとう捕まって転生門にぶち込まれてな……。記憶を維持したまま転生させられてしまったのだが、どうにも状況が把握できん!目を開けようとすると、なんぞこそばゆうて開けられんし、手足も何故かうまく動かん!何故かぬくい感触だけはあるのだが……)
ふむふむ。
さっさと妹に集中したいので、てふ子様についての問題を解決してしまおう。
転生して、目が開けられなくて、手足が動かしにくいと。
ってことはそれ、赤ちゃんなんじゃない?
……赤ちゃん……なんじゃ……。
(あの、てふ子様)
(む?なんだ?)
(今、俺の目の前にいる赤ちゃんのほっぺを触っているんですけれど、何か感触あります?)
(これは貴様の仕業か!?ぷにぷにしおってからに!)
………………………………………………。
「母さん、父さん、この子の名前ってもう決まってるの?」
「お?そう言えば教えてなかったな。実は、もう母さんがとっくの昔に決めてるんだよ」
「そうそう!この子がお腹にできてからしばらくして、すごく赤くて奇麗なチョウチョが私のお腹についたのよ!それが何だかすごく印象的で……。だから、この子の名前は紅羽(くれは)にするわ!」
奇麗なチョウチョ……。
赤い……。
(てふ子様)
(なんだ!?何かわかったか!?)
(てふ子様は、今日から紅羽って名前になりました)
(……ん?)
(そして、俺の妹です)
(……んん!?)
元気に育ってくれよ!
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