第296話

 学園は、前世の学校より早めに冬休みになる。

 具体的には、クリスマスイブ辺りからもう休みに入って、再開するのは1月の10日頃らしい。

 アメリカのドラマみたいに、クリスマスイブに「良いお年を!」って言って仕事納めしちゃうような感じだけれど、まあ、帰省するのに手間が掛かる上に、自分の家が担当している土地でのイベントごとに出席しなきゃいけない貴族の子供たちにとっては、そのくらいの期間が必要って事なんだろう。

 学園の教師人だって、生まれは貴族の家という人も多いらしく、年末年始は人気がほぼ無くなるんだとか。

 残っているのは、それこそ家族が全くいない天涯孤独の身の人間とか、盆暮れ正月も関係なく研究をしていたいもの好きとか、そういう特殊な人たちだけだ。


 かくいう俺も、実家に帰ろうと思っている。

 だって、妹が生まれるらしいし!

 真っ当なルートで帰ろうとすると、片道だけでも新学期に間に合わないくらい時間がかかるかもしれないので、テレポートゲートでエルフの集落の近くに飛び、その辺りにあるらしい我が故郷を探す算段だ。

 ついでなので、マイカも里帰りしないかと誘ったけれど、


「……いえ、1人で炬燵に入ってお蕎麦食べてます……」


 といって引きこもりを敢行されてしまった。

 将来的に、我が開拓地でリクルートしたいんだけども、大丈夫だろうか?

 部屋から一歩も出てこない人間になったりしない?



 とまあ、色々あったけれど、とにかく今年もある程度やる事が片付いたはずなので、後は今日実際に帰るだけだ。

 暫く大人しくしていたし、ゲームのイベントらしいイベントも起きなかったから、問題も特に抱えていないしさ。

 モデルになったゲームだと、この辺りの期間は、強制のイベントはあまりなくて、レベル上げ用のフリーな期間だったらしい。

 冬になると、雪で魔物を倒しに行くのが難しくなり、レベル上げの効率が格段に下がるからこその調整だってリンゼが言っていたけれど、この世界にもそのメタな理由が活かされたのか、秋に恐竜と戦った以外には何もなかった。

 王様にも、大人しくしてろって言われてたから、願ったりかなったりではある。

 結局神剣ブッパしたから、指示を守らなかったという部分に目を瞑れば……。


 期末試験も学年40位とそこそこだったから、安心して帰れる。

 魔術の試験が軒並み0点で40位なんだから頑張ってる方だと思うんだ。

 因みに、1位がリンゼで2位が聖羅、3位は有栖だった。

 4位は委員長で、7位はマイカ。

 理衣は10位。

 身内で俺より下なのは、44位のエリザだけだろう。

 まあ、エリザの場合、学科試験を全部寝落ちしてこれなんだけど……。

 ……もっと勉強頑張ろ……。


 うん、頭は大分覚醒してきたぞ。

 あとは、目を開けて朝日を浴びながら体を伸ばし、爽やかな早朝を迎えた雰囲気を演出するだけだ。

 まあ、冬になって日が短くなっているから、この時間は真っ暗なはずだけど、そこはそれ、気分の問題だ。

 何だか今日は、布団の中も暖かい気がするし、良い目覚めが出来そうな予感がする!


「…………………………………………」


 目を開けると、目覚めてすぐ独特の、目のぼやけによってよく見えない。

 ただ、何か目の前に赤いものがある。


 次第にピントが合って、それが何か見えてくる。

 サラサラでツヤツヤの……髪か?

 それで、それがあるって事は、それは頭で、顔があって……うわ、すっげー美人。

 そのすっげー美人が、何故か俺の布団の中で寝ている。


「……すぅ……んっ……」

「…………………………………………」


 目覚めると、隣に知らない美人の女の子が寝ているシチュエーション、皆さんご経験ございますでしょうか?

 マンガとかでもいい、想像でもいい、貴方ならどうしますか?

 えっちな展開とか期待しますか?


 俺?

 即座に臨戦態勢だよね……。

 俺は、布団の中の手に握りしめるように木刀を具現化した。


 別に自慢するわけじゃないけれど、俺はこれでも気配には敏感な方だと思う。

 そうじゃないと、あの開拓地の森で生き残れないから。

 王都に出てきて鈍っているとしても、それでも一般人よりは鋭いと思う。

 その俺が、同じ布団に潜り込まれた事にも全く反応できずに惰眠をむさぼっていたんだ。

 恐怖である。


 どうする?どうするどうするどうするどうするどうする?

 まだ覚醒しきっていない脳をフル回転させる。

 そもそもコイツは誰だ?

 家にこんな女の子はいなかったはずだ。

 だったら、外部の人間?

 アイの構築したセキュリティを突破できる人間がいるのか?

 ダメだ……あまりに情報が足りない。


 俺が、次の行動をとりあぐねていると、部屋の外の廊下を走る足音が聞こえてきた。

 この足音は、アイでは無さそうだけれど、誰だろうか?

 こっちはこっちで心当たりがない……。


 バンッ


 部屋のドアが、元気に開け放たれた。


「お早うございますお兄ちゃん!この姿では初めてだよね?ピリカだよ☆」

「…………………………………………」

「……対象の反応が薄いです。シミュレーションとの差異が許容範囲外と判断。返事を求めます」


 ……ピリカが、人間の体を得てやって来たらしい。

 胸がブルンブルンするくらい大きくなっている。

 拘ったんだろう。

 だけど、ごめん、今それどころじゃないんだ俺。


「……犀果様の対面に、女性を確認。犀果様に説明を要きゅ……犀果様の股間部に硬くて長い物をスキャニングで確認しました。これが所謂あさだ」

「ふぁあああああ……あ、マスターおはよー」


 ピリカが何か言っちゃいけないことを言おうとしたタイミングで、俺の隣の女性が目を覚ました。

 体を起こすと、布団の中で見えなかった部分が見える。

 結論から言うと、全裸だった。


「…………………………………………」

「……あれ?あ、そっかー。まだ自己紹介してなかったね?初めましてマスター!イチゴだよ!」

「…………………………………………」


 俺は、夢か何かだと結論付け、二度寝することにした。

 二度寝と言っている時点で、ある程度自分の考えを否定していることを自覚しながら。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る