第283話

「すごい!ネットとかテレビで見た通り……じゃ、ないな……?」


 俺の記憶に残るこの場所は、千本鳥居という、鳥居が幾つも連なった幻想的な光景が有名なはずだ。

 日枝神社の境内にある山王稲荷神社への参道、稲荷参道に、赤い鳥居が立ち並ぶ場所がそう呼ばれている。

 千本といいつつ、100本も無かったはず。

 まあ、奇麗に比較的真っ直ぐ並んでいるから、非常に幻想的で、写真撮るのにぴったりの場所ではあるんだけれどさ。

 京都にあった伏見稲荷にも千本鳥居と呼ばれる場所があったけれど、この日枝神社は、東京にあるからとても有名なんだ。

 この世界だと、京都は一般人立ち入り禁止だからな……。

 だから、この世界にも日枝神社ってあるんだなーって思ってたんだけど……。


「おかしい……鳥居が多すぎる……」

「そう?万本鳥居ってくらいだから、こんなものでしょう?」

「万本鳥居!?」


 奉納された鳥居を建てまくっている前世の伏見稲荷ですら、実際には1000本も鳥居は無かったはずだけれど、この世界の日枝神社には、万本も鳥居があるらしい。

 そこまで高くないとはいえ、山の上に建っている山王稲荷神社への階段が、山の麓から続いていた。

 今俺たちは、そのスタート地点にいるわけだけれど、まっすぐ並んで見える鳥居の先が、消失点のように見えなくなるくらいの距離がある。


「これ、俺は大丈夫だけれど、爺さん婆さんとか子供たちは登り切れないんじゃないか?ちょっとした登山だろ」

「そこは心配いらないわ。なだらかな道も作ってある筈だし。でも、結界を直そうとしている私たちが、真正面から向かわないわけには行かないじゃない?」


 それって、神社の娘の拘りなんだろうか?

 正直、別になだらかな道を行こうが、ロープウェーで登ろうが、祈りを捧げる気持ちが大事……とか大して思ってもいないことを考えてみる。


「だって、鳥居の中を通っていってこそ、カッコいいってものよ!」


 格好のためだった。

 猫ソフィアがいるためか、何時にも増して絶好調である。

 目の下に少し見えていた隈も、完全に消え去っている。

 寝てもいないのに……。


「……一応言っておくけれど、ソフィアだけじゃなくて、大試君もいるから私は喜んでいるのよ?男の子とこうして歩くのだって初めてだし、それでドキドキしているのだって初めてなんだから……」

「……うす……」


 かと思えば、顔を赤くして恥ずかしい事を言うのはやめてほしい。

 嬉しくなってしまうじゃないですか。


「あっまいのう!だだ甘じゃ!」

『オス人間と水城ちゃんから発情の匂いがする!』

「黙れソフィアたち」


 チュール減らすぞ?


「ふふっ!ソフィアったら、随分大試君に懐いたみたいね?この子、元々は人見知りで、初めて会う人相手だと、警戒して全く近寄らないくらいだったのよ?借りてきた猫っていうのは、ああいうのを言うんだなってくらい」

『あの他人に基本あんまり深入りしない水城ちゃんが頼りにしてるんだから、多分どんな厄介ごとも頼めば断れないお人よしの便利な人間って事だろうし!』

「水城、ソフィアは精霊に進化していて、食事は摂らなくてもいいらしいぞ?」

「え?そうなの!?やっぱりソフィアは凄いのね!」

『なんでオス人間はそんな酷い事言うの!?』


 俺は、動物の躾に暴力を使うのは、あんまり好きではないんだ。

 でも、餌を使って芸を仕込ませるのは、野生動物の群れでも度々報告される程にメジャーで効果的。

 食料を与えてくれる相手に、「こいつの味方をしておけばいい目を見られる」と思うタイプの動物には飴を。

 食料を与えないことで、「こいつと敵対するのはヤバイ」と思わせないという事を聞かないタイプの動物には、多少飢えさせてから飴を。

 猫という気まぐれで自分本位な考え方をしやすいタイプの動物で、更に精霊なんてものに昇華している以上、ソフィアへの躾は厳しくしないといけない。

 それが、こいつをこの世界に召喚した俺たちの責任だ。


『だから、今日はもうチュールやらん』

『なんで!?もっとちょうだいよ!』

『良い子にならないとやらん。ってか、もう今日だけで4つも食べてんじゃん。食い過ぎだ』

『せっかく現世に戻ったんだから、ちゅーるいっぱい食べたいんだもん!』

『もん!じゃねぇよ。ダメ』

「私も仲間に入れて?にゃーにゃー♪」


 会長可愛い。



 長い参道を抜けて、山王稲荷神社へと至る。

 何でそうなるのかわからないけれど、前世も含めて、神社には独特の雰囲気があるんだよなぁ。

 まるで、普段生活する自分たちの世界とは、隔絶された異空間みたいというか、神様のための世界に成ったような神聖な雰囲気があるんだ。

 そう言う風に感じられるように演出して作ってるんだろうけれど、俺はその雰囲気にコロッとやられてしまう。

 あ~……この雰囲気好き……。


「じゃあ大試君、そろそろ本来のお役目をしましょうか!ちょっと待っててね。着替えるために部屋を借りている筈だから」


 会長はそう言って、神社の拝殿の横にある建物へと入っていく。

 多分普段からあそこに人が詰めているんだろう。

 お参りする場所と比べると、多少生活感のある建物に見える。


「……ソフィアさん、その手に持ってる甘酒、どうするつもりですか?」

「どうって、飲むに決まっとるじゃろ?」

「酔っぱらって浮き上がって行かないで下さいよ?連れ戻すの大変なんですから……」

「大丈夫じゃ。ほれ、見てみぃ!ちゃんと大試のベルトに命綱つけたからのう!」

「大丈夫じゃないですよねそれ?」

『私も飲みたい!お酒飲みたい!飲んでみたい!』

「ほら!ネコまで真似し始めたじゃないですか!お酒は帰ってからにしてください!」

「これ、ワシのマネしとるのか……?いやしかしじゃな!ここで飲むからこその幸せというのがあって……」

「だーめーでーすー!」


 2人と1匹でぎゃーぎゃー騒いでいると、20分程で会長が帰って来た。

 巫女服姿、それもかなり本気の服装だ。

 装飾品が幾つもついていて、コスプレでは醸し出せない雰囲気を出しているように感じる。


「お待たせ!じゃあ、ここで始めるわね!」

「始めるって、何をするんです?」

「そういえば、説明していなかったかしら?私たちの家に伝わる結界術は、結界の術式を神楽で描くの。魔術の詠唱みたいなものね。今回は、既に描かれていた術式の一部に改ざんの痕跡が見られたから、私がその上からまた書き直して修正するって事。神楽でね!」


 会長は、説明が終わると同時に、真剣な表情になった。

 先程までの笑顔は消え、話しかけることすら憚られる程の研ぎ澄まされた気配に、自然とこちらの姿勢も正される。


 そこからは、ただただ幻想的な光景だった。

 神楽を舞う会長の軌跡に不思議で神聖な雰囲気のする光の線が生まれ、それがどんどん地面に吸い込まれていく。

 そのまま30分ほど舞っていた会長が動きを止めた。

 どうやら、無事作業が終了したらしい。


「ねぇ大試君、どうだったかしら?」

「国内で調達できる最高性能のカメラで撮影しておきたいくらい奇麗でした」

「でしょう?……うれしいわ」


 ドヤ顔をして答えたように見えたけれど、どうやら照れ隠しだったらしく、最後にはもじもじしている所も可愛い。

 それはそれとして、確かにこの神社の雰囲気が多少変わったように感じる。

 これが、結界が修正されたって事なんだろうか?

 何が違うのか詳しくは分からないけれどさ。


「これでここの結界は大丈夫って事なんですか?」

「ええ。どうやら、タイミングを合わせて遠隔で結界を破壊したり、機能不全に陥れるためのバックドアを作られていたみたいなのだけれど、それを消しておいたの。それにしても、一体だれがこんな高等な術式書き換えを行ったのかしら……?」


 会長は、一部納得がいかないみたいだけれど、作業自体は問題なく終わったらしいし、それで良しとしよう。


「確か、直さなきゃいけない場所って一か所じゃないんですよね?すぐに次へ行きます?」

「うーん……いえ、ちょっとやりたい事があるから待ってくれるかしら?」

「それは構いませんけれど、何するんですか?」

「決まっているじゃない?私たちは、デートで来てるのよ?」


 会長はそう言うと、俺の手を引いて、日枝神社の社殿へと向かった。


「この神社は、縁結びもしてくれるらしいの」

「へぇ」

「それに、さっきの山王稲荷神社は、あらゆる繁栄をもたらしてくれるらしいんですって」

「なんか凄そうですね」

「そうね……」


 会長が、俺の耳元に口を近づける。

 吐息が近くに感じられ、ドキドキしてしまう。


(私はね、将来夫婦になる貴方との『繁栄』をこれから願うから。どういう意味かは、自分で考えなさい?)


 その後10分くらい、心臓の音が大きすぎて、何をしていたのかよく覚えていないけれど、気が付いたときには下山を始めていて、次の目的地らしい富岡八幡宮へと移動を開始していた。

 心なしか、会長の顔が赤く、後ろでソフィアのケージを持ってついてくるソフィアさんがニチャァって表情をしている気がするけれど、気にしないことにする。



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