第284話

 富岡八幡宮、明治神宮、神田明神など、有名どころの神社を回り、結界の術式を直していった。

 全ての神社で術式を弄られていたわけではなく、あくまで一部の場所だけだったらしく、どうやら今日中に終わりそうとのこと。

 結界の要石となっている神社の半分の術式に手を加えられていたら、東京を守る結界に重大な問題が起きていた可能性が高いらしいけれど、幸いまだそこまでではなかったのは不幸中の幸いだった。

 とはいえ、それでも東京中に存在する修理対象神社に赴くのは時間がかかり、気がつけば夜になっていた。


「最後はここ!東京大神宮よ!」

「なかなか長い道のりでしたね……」

「食べ歩きは楽しかったがのう」

『そろそろ元気が出てくる時間よ!お外に出して!出してったら!』


 町中、というよりオフィス街の中にあるのに、やっぱりここもなんだか厳かな雰囲気がするのは、神社ならではだろうか。

 川のせせらぎが聞こえて、流石に気のせいかと思ったけれど、少し歩くと小川まであった。

 何ここ?

 箱庭ゲーの極み?

 俺も作ってみたいなぁ……。


「大試くん、ここの川はね、結構すごい特徴があるの」

「特徴?こんな場所にあるってこと意外にですか?」

「ええ!それを見るために、ここを最後にしたの!」


 わざわざ夜にしたということは、ライトアップでもされているのかな?

 よくあるよね、夜桜を水面に映すようなライトアップ。

 アレ好き。

 花びらの掃除は大変そうだなとは思うけど。


 会長の発言を聞き、2人と1匹でその特徴とやらを探す。

 ……いや、1匹は外に出たくてケージの扉叩いてるだけだなこれ。


 そして、それは突然始まった。

 ライトアップというほどではないけれど、この場所には明かりがあった。

 人気観光地らしく、夜でも歩けるようになっていたんだ。

 だから気が付かなかったんだろう。

 やつらは、ずっとそこにいたのに……。


 敷地内に設置されたスピーカーから、女性の声で放送が流れた。


『これより5分間、小川周辺の照明を落とします』


 たったそれだけの説明の10秒ほど後、本当に周りの明かりが全部消されてしまった。

 なになに!?流石に都会のど真ん中とはいえ、この暗さは怖いぞ!?

 いや、熊の魔獣が闊歩する俺の故郷の夜よりはマシだけども!


「……見て、大試くん。アレが、この神社の自慢らしいわ」


 神社の敷地外から少しだけくる明かりのみの薄暗い中で、会長が指差す方を見る。

 それだけで、俺にも会長が言っていたことの意味がわかった。


「ホタル?」

「そうよ。ここでは、1年を通してホタルが見れるの。神社で養殖しているらしいわ。冬場には、川の水を温水にしてまで維持しているみたいね」

「へぇ……」


 うっとりとした表情の会長と並んで、その幻想的な光景を眺める。

 ホタルか……。

 前世でも、なかなか見れなかったんだよなぁ。

 アイツらの出す光って、化学反応によって殆ど熱を出さずに発光しているとかで、珍しい現象らしい。

 冷光とも呼ぶとか。

 エネルギー効率もいいから、その現象を専門に研究する人までいるとかなんとか。


「……ねぇ大試くん、ありきたりなんだけど、ここにも言い伝えというか、伝説みたいなのがあるの」

「伝説?」

「そう。こうやって2人で並んでホタルを見た男女は、必ず結ばれるっていうね。ここが、縁結びのご利益があるからそういう噂が生まれのかも知れないけれど、素敵よね」

「……そうですね。好きな人と一緒に見れたら、嬉しいです」

「ふふっ、来てよかったわ!」


 会長、今日は本当によく笑うな。

 ソフィアを呼び出してからも当然笑っているけれど、その前からとても楽しんでくれているのがわかる。

 それだけで、こうして一緒に出かけた事は有意義だったと思える。

 ぶっちゃけると、結界どうこうは二の次なんだ俺。

 好きな人の事の方が大事だし……。


 ただ、すみません会長……。

 俺、ホタルは少し苦手なんですよね……。

 アレって光るからごまかされてるけれど、明るい場所で見るとゴ……Gと大差ない見た目なんだよなぁ……。

 種類によっては、成虫になっても割とグロテスクな幼虫と同じフォルムのままのやつもいるし……。

 外国のジャングルにいる種類だと、カメラのフラッシュ焚いたようにビッカビカの光を放つやつもいるけれど、日本のホタルは、朧気な淡い光を暗い時間帯に放っているからこそ喜ばれるんだよな……。


 あれ?でもこのホタル、もしかしたらゲームの中でそうだったのかも知れないけれど、中心に虫が見えんな?

 光球がふわふわ飛んでいるだけって感じ……。


 うん!正しいぞゲーム制作者!リアルなホタル描写なんてする必要ない!

 幻想的な雰囲気があれば良いんだ!

 ホタルなんて所詮舞台装置!

 会長が幻想的な雰囲気の中に佇んでいる事が重要なの!

 よかったぁ……。

 これでリアルなホタルが飛んできていたら、光りを避けながら動いていたところだぜ……。


「それにしても、どこの神社の神様も、結構縁結びってしてくれるんですね。今日行った所、縁結びのご利益あるところばっかりでしたし」

「……言われてみればそうね?なにか理由があるのかも知れないけれど、それは術式を解読する人たちが解明してくれるでしょう。私は、本来の術式に上書きするだけよ」


 まあ、こうやって会長と縁結びの神社を巡れたのは、素直に嬉しかったからいいんだけどさ。

 テロ計画してた奴らは、一体何考えていたんだか。


 少し呆れながらホタルを眺めていた俺に、何か良いことを思いついたのか、会長が手をパンと叩いて顔を向けた。


「そうだ!折角だし、このホタルの光の中で神楽を舞おうかしら?幻想的で良いと思わない?」

「いいですね!問題は、ここに最高性能のカメラが無いことですけれど……」


 8kのカメラをください神様!

 ハイスピードカメラでもいいぞ!


「なら、大試くんの目に焼き付けておいて?貴方のために舞うから!」

「神様のためじゃないんです?」

「縁結びの神様だもの。好きな人のためなら、許してくれるわよ」



 ホタルをステージライトにして舞う会長は、相も変わらず……いや、普段よりも更に美しく見えた。

 良いよね巫女……。

 ミニスカよりは、ロングのほうが好きかな俺は……。

 恥ずかしそうにミニスカ巫女服着てる理衣も割と最高だったけどさ!


『もう限界!この光を狩りたいの!出してくれないならぶち破るよ!?』

「のう大試、猫がめっちゃ暴れとるんじゃが」

「出してもいいですよ。このホタル、なんか触っても当たり判定無いみたいなんで」

「当たり判定?……うわ!?触れんのう!?」

『あああああああ!体が!体が止まらないよぅ!もっと!もっと獲物の悲鳴を!』


 途中から神楽に乱入した(ように周りからは見えただろうけれど、実際にはホタルをおっかけてただけの)猫ソフィアと共に楽しそうに舞っている会長を目に焼き付けた。

 はぁ……来てよかったなぁ……。

 猫ソフィアが以前理衣が変化してしまっていた時の人間サイズになったり、またもとの大きさに戻ったりを繰り返している件については、見なかったことにしました。


 ちなみに、後日聞いた話だと、弄られた結果巻き起こされる効果について解読が行われ、結界が崩壊するとともに、『東京の人間たちの初恋の相手が、旧型デザインの女神像だったように記憶が改ざんされる呪い』が発動するという恐ろしいものだったそうで、お偉方たちを戦慄させたらしいです。

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