第279話

「……玉藻さん、この娘は本当に?」

「はい、ここの店長の狐狗狸 白(こっくり しろ)さんです。この見た目ですけれど、1000年は生きているので、貴方達よりはかなり年上ですよ」

「よろしくおねがいします」


 白ちゃんが、ペコリとお辞儀をする。

 狐耳だけれど、創作物によくある黄色とかオレンジ色の狐っ娘ではなく、白っぽい髪の毛だ。

 でも、別に完全なアルビノっていうわけでもないのか、瞳は青いみたいだ。

 そして可愛い。

 お小遣いとお菓子をダンプカーで上げたくなるくらい可愛い。


「玉藻さん、白ちゃんは、チャームの魔術とか使ってたりします?」

「使っていませんよ。素でこれです。可愛いでしょう?」


 可愛いですね。

 本当に可愛い。

 でもね、1000歳の化け狐なんですよね?

 しかも、この得体のしれないマヨイガとかいう空間に囚われている状態で、眼の前にかなり上位っぽい化け狐が2体もいるんですよ。

 怖くない?

 俺は怖い。


「白ちゃん、私のことはお姉ちゃんって呼んでいいからね?」

「え?水城さんですよね?」

「そうね。水城お姉ちゃんよ」

「……えーと、水城お姉ちゃん……?」

「ガハッ!?」


 白ちゃんが空気を読んで会長を呼ぶと、会長が胸を抑えて机に突っ伏した。

 この人、可愛いものに耐性がなさすぎるんだよなぁ……。

 その割に、積極的にやられにいくし……。


「大試さんたちは、この地の結界を治してくれるの?」

「あー……まあ、そうだね」

「そうなんだ!ありがとう!」


 白ちゃんが、上目遣いで聞いた後、満面の笑みでお礼をいってくる。

 うん可愛い。

 これ、わざとあざとくしているのかな?

 本当に素でこれだとしたら、将来は相当な悪女になれるぞ?

 ……いや、1000歳でこれなら、もうこれ以上成長しないのかも知れないけど……。


「ちょっとまえから、この神社の結界の雰囲気がおかしくなったの。気持ち悪くて……直してくれるならうれしい!」

「直す!いくらでも直すわ!見ててね!」

「うん!水城お姉ちゃんありがとう!」


 会長は、既に籠絡済みである。

 でも、俺は最後まで抗うぞ!


「大試さん、玉藻様から聞いたんだけれど……」


 会長は既に堕ちたから、今度は俺を狙うか可愛いキツネっ子め!

 なんだい言ってごらん!?


「大試さんのおうちに、化け狸の女の子がいるって聞いたの。私、その子とお友達になってみたくて……」

「あーなるほど。確かに、俺の家の近くに新しくできた神社には、化け狸がいるな。もし興味があるなら、今度来なよ。玉藻さんも着てみたいって言ってたし」

「いいの!?ありがとう!」


 ニパっと笑顔でお礼を言うこの魔力的な可愛さを前に、人はどこまで抗えるのか?

 俺は無限に耐えられるぞ。

 妖狐が2体もうちにやってくるのを認めてしまったとしても、最後まで耐えられると証明してみせるさ。


 ……よし、冷静になれ俺。


「……ところで、どうしてそんなに長い期間生きている妖狐様が、こんな所でカフェをやっているんですか?」


 どうやら相手は、別に悪意があって俺達を招き入れたという訳ではないらしいし、可能な限り情報を持ち帰ろう。

 こんな、訳のわからない場所の情報なんて、そうそう皆持ってないだろうし。

 もしかしたら、リンゼに聞けば、これもなにかのゲーム的なイベントだってわかるかも知れないしな。


「この辺りは、私がずっと昔から住んでた場所なの。それで、最近は神様たちがゆっくりできるような場所があんまりないから、だったら自分たちで作っちゃおうって思ったの!このあたりも最近神棚もないお家が多いでしょ?そういう家には中々神様たちも寄れないから、ここでゆっくりしていってねって思って!」


 くっ!

 良い子みたいだ!

 こんな娘を必要以上に恐れているのは、それはそれで可哀想になってきた!

 ……でも、だとしてもだ、できるだけ早くここから立ち去ったほうが良いだろう。

 だってさ、神様が寄るお店だよ?

 長居してたらどんな面倒な目に遭うか……。


「水城、早めに出よう」

「……そうね」


 俺は、なんとか会長にそう提案する。

 会長も、ここが結構ヤバ気な場所だってことは理解しているんだろう。

 ある程度納得したような反応をしてみせた。


「おまたせしました〜!オレンジジュースと玉露!あとおいなりさんです!」


 しかし、そんな決意も、メニューが到着してしまっては霧散してしまう。

 一生懸命この娘が作ってくれたんだろう物を残して帰るなど、俺達にはできない……!


「大試くん……」

「……いただきましょう。可能な限り、素早く!」

「そうね!美味しそうだもんね!」


 オレンジジュースは、まあオレンジジュースっぽいな。

 美味しそうだけれど。

 問題は、玉露といなり寿司だ。

 ひと目見ただけで、絶品だとわかる出来。

 なんで喫茶店でこんな物を提供しているのかはわからないけれど、これを食べずに帰るなんて、俺にはできない……!


「会長も食べてみます?」

「ええ!お一ついただくわ!」

「かたじけない」


 皿の上には、稲荷寿司が6個。

 3人がそれぞれ1つずつとって、かぶりつく。


「美味い!」

「本当!今まで食べた中で一番だわ!」

「然り!然り!」

「ありがとーございます!」


 えへへと笑いながら喜ぶ白ちゃんを見て幸せな気分になる俺達。

 稲荷寿司も美味しいし、最高だな。



 でさ、勝手に稲荷寿司食ってるこの爺さんは誰だろう?

 俺と会長は、お互いにその事がすごく気になりながらも、反応したら危ない気がして、結局見なかったことにしたのだった。




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