第277話
日枝神社の最寄り駅へと電車が到着した。
降りてみると、意外と観光客が多い。
魔物の領域が広がるこの世界では、遠くへ観光に行くのはとても難しい。
にも拘らずこれだけいるのは、そもそも新規の観光地があまり発展しないせいで、それ以外の有名なものに客が集中するからなのかもしれない。
まあ、全部ただの想像だけども。
とにかく、旅行鞄を持った人とか、かなり遠くからやって来たのか、季節感の合わない服装の人が多く居る。
列車か船で来たのかな?
まさかワイバーンに乗って来たって事はないだろうけれど……。
この世界には、箒に乗って空を飛ぶ魔女も本当にいるらしいから、俺が予想していない手段で来てる人もいるんだろうな。
……よく考えたら、うちにも太古の技術で長距離を一瞬で移動したり、めちゃくちゃな機動できる飛行機持ってたりする奴もいるし、元女神様は1人で飛んで行くわ。
常に浮いてるエルフもいるし。
「のう大試、ワシ、今回はいないフリしといた方がいいかのう?デートなんじゃろ?」
「そうですね。その方がありがたいです。流石に常に見られてると思うと恥ずかしいので……」
「承知した。1人でニヤニヤするだけにしとく」
どう足掻いても恥ずかしいな。
駅から神社までは徒歩で行く。
距離的には大したことなく、5分程で到着するらしい。
歩き始めると、どちらからともなく手を繋いで歩いた。
さっき腕を組んでいたのに比べたら、接触している部分は少ないはずなんだけれど、ドキドキはこっちの方が上かもしれない。
デートだと意識したからかもしれないけれど。
「……これは、結構ドキドキしますね」
「そうね……。私の手、汗酷くないかしら?」
「さぁ……?多分俺もかいてるので……」
恋愛経験値が低い初々しいカップルをマンガとかで見ると、なんだかすごいもどかしく感じることがあった。
もっと何か上手くできんのか?と。
でも、無理だわ。
だって心臓爆発しそうだもん。
練習無しで観客がいる前で演劇をさせられるくらいの心拍数だろう。
これは、お役目とやらに取り掛かる前に、ちょっと休憩していきたいな。
というわけで、神社の少し手前にあるカフェへと入った。
店名は、『コンコン♡キツネカフェ』と書いてあった。
正直、『なんだこの店名は?メイドカフェとかそういうのか?それともネコカフェみたいにキツネがいるのか?蔵王なのか?』なんて思ったけれど、他に休憩できそうな店が見つからなかったのと、そもそも探す精神的余裕が無かったので、一も二も無く入ってしまった。
中に入ると、案外……と言っては失礼かもしれないけれど、非常に雰囲気の良い喫茶店だった。
木目の美しい壁や床。
天井には、ピカピカなのに、どこかレトロな感じもするシーリングファン。
マホガニー製っぽい家具。
至る所に貼られている古い映画のポスター。
あとは、美味しいコーヒーと、微妙に高い料理が出てきたら完璧だなぁ……。
おい、キツネはどこ行った?
「いらっしゃいませ~」
どこに座ればいいか会長とコソコソ話していると、店員さんがやってきた。
切れ長の目に、とても整った顔。
そして何より、どこかで見た気がする女性だった。
えーと……うーん……どこだったかなぁ……?
「俺達どこかで会ったことない?」なんて話しかけたら、チャラいナンパみたいになりそうだしなぁ……。
うん、そういう微妙な空気になったら怖いから、その既視感はスルーしておこう!
「2名様ですか?」
「そうです」
「ええ」
俺と会長で同時に答える。
ソフィアさんは、多分外で小倉トースト食ってる。
ここは名古屋じゃないから、喫茶店でそれは出ないんだ。
「それでは、窓際の席へどーぞ」
店員さんに案内されて向かったテーブルに着く。
窓はとても大きく、開放的な雰囲気があるけれど、防音がしっかりしているのか、窓の外の音は全く聞こえない。
そして、今更気が付いたけれど、俺たち以外に客が1人もいない。
こんなにザ・喫茶店って感じのお店だから、渋いオッサンとかいくらでも常連でいそうなもんなのになぁ。
会長と、テーブルに備えられたメニューを見る。
「水城は、何を頼む?」
「そうね……私は、オレンジジュースにしておくわ」
「俺は、何で喫茶店にあるのかわからないけど、玉露にしておこうかな」
「美味しいのかしらね?」
「どうだろ……?」
わからない。
だから気になる。
珍しいものがあると、ついつい頼んじゃうんだよなぁ。
「あと、別に腹が減ってるわけじゃないけど、この稲荷寿司も頼んじゃおうかな」
「私も気になってたのよね。だってこの喫茶店、店名のキツネ要素全然無いし……」
「やっぱり水城もそう思ってた?」
「えぇ。キツネの人形でも置いてあったりするのかなって見回してみたけれど、キツネ関係の物はなにも見当たらないの。ただ……」
そういって、会長はこちらのめをまっすぐ見てくる。
なんだか、ちょっと覚悟決めた感じの表情なのはなぜだろう?
「このお店に入ってから、不思議な感覚がするのよね。まるで、違う世界に入っちゃったみたいな……」
「あら、鋭いですねお客様」
会長が多少躊躇いがちに、だけど言っておかなければといった感じで言った内容は、店員さんに肯定されてしまった。
しないでほしい!
「……ちょっと待ってください、ここって違う世界なんですか?」
「ここは、マヨイガと呼ばれる空間を利用して作られた喫茶店です。私の同族か、もしくは、よっぽど神域と相性が良い者でもなければ、この店を認識する事すらできないんです。なので、お客様方が入ってきて、少しびっくりしました」
そうですか。
俺もびっくりしました。
帰っていいですか?
「ご安心ください。ここは、常ならざる者たちが憩うために営まれているお店ですから、入って来た方に危害は加えません。それに、私もただのアルバイトですので、仮に貴方たちをどうにかするとしても、店長が行われるでしょうね」
そう言いながら、ガラスのコップに入った水を置いてくれる店員さん。
大丈夫?これ飲んだら、すごい一気に老けたりしない?
そのままミイラになって粉になったりしない?
「他にも店員さんがいるんですね。他に誰もいないのかと思いました」
「いますよ。といっても、目では見えないかもしれませんけれど」
そう言いながら、面白そうに笑う店員さん。
やっぱり、どこかで見たことある気がするんだけど、全く思い出せない。
どうも、今の彼女には、重要な何かが足りていない気がする。
「それに、初めましてではありませんからね、犀果大試さん」
「あ、やっぱり以前会った事ありますよね?どこでかは思い出せないんですけれど……」
「それは残念です……。では、これならどうですか?」
店員さんが、手でキツネを作り、「コンコン♪」とジェスチャーしている。
うん、可愛い。
「……あ!思い出した!前に伏見稲荷で会った巫女さん!」
「はい、自己紹介はまだでしたね?天狐玉藻と申します」
「これはこれはどうもご丁寧に……」
ヤバイ。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。
あの時の巫女さんって事は、確か九尾の分体だろ!?
なんで東京にいるんだ!?
しかも、マヨイガ!?
「大試君、知り合いなの?」
「うーん……京都の神社で会った事が……」
「そうなのね……え!?京都!?」
「そして、この人自身は、九尾って言う大妖怪の分体で……」
「九尾!?妖怪!?」
「正体に気が付かれて驚かれるのも久しぶりで楽しいですね~」
休憩?
できるかなぁ……。
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