第276話

「ごめんごめん、待った?」

「大丈夫、今来たところよ」

「でしょうね……」


 俺は今、学園の門で寸劇をしている。

 下駄箱まで会長に腕を拘束されたままやってきた俺は、「1分ここで待って、それから『ごめんごめん、待った?』って言って門まで来てね」と言われたんだ。

 何の意味があるんだろうこれ……?


「もう!ノリが悪いわね!」

「そう言われても、何が何だかまだわかっていなくて……。神社デートって、神社でデートするってことですか?」

「そうよ、お役目を仰せつかっちゃったから、どうせなら息抜きも兼ねて大試君と一緒に行こうかなって思ったの。最近あんまり一緒にいられなかったし……」


 まあ、俺も会長も忙しかったし、そもそも婚約したのだってかなり唐突だった。

 大体、会長の家の中で一番力があるっぽいお義母さんが押してたから成立しただけで、お義父さんとは未だにまともに会話すらできていないからなぁ。

 まだ見合い結婚の方が色々やってから婚約になるんじゃなかろうか?

 それに、俺の婚約者の中でただ一人同級生じゃないから、そう言う面でも接点は少ない。

 強いて言うなら、放課後に生徒会室に呼び出されて何々してきてほしいと依頼されている間が一番濃密な接触だと思う。


 まあ、シャワー浴びた後にアレも見られている仲ではあるんだけども……。


 何はともあれ、美人とデートなら俺だってしたい。

 婚約者だから、倫理的にも問題が無いし。

 行き先が神社って所が珍しいような気もするけれど、そういうカップルだって幾らでもいるだろう。

 デート経験値が100分の3くらいしかない俺にはわからんが。


「それで、お役目ってのがどういうのかもまだ知りませんけれど、まずはどこに行けばいいんですか?」

「順番は別に決まっていないんだけれど、まずは近くの日枝神社から行きましょうか!結構人気があるらしいわよ?」

「日枝……日枝……あ!そこ知ってます!伏見稲荷みたいに赤い鳥居がいっぱい並んでる所ですよね!?ネットで写真見たことあります!おおお!実際に行けるんだ!?」

「……大試君ってそんなに神社好きだったの?」

「え?普通です」

「絶対ウソよね……まあ、神社の娘としては嬉しいけれど……」


 ウソなんてついてないよ。

 日本人が神社大好きなのは常識じゃないですか。


 日枝神社までの移動には、電車が使われた。

 東京から一歩出てしまうと、移動に物凄い手間がかかるけれど、東京の中であれば、電車やバス、地下鉄まであって便利に動けるのはありがたい。

 多分俺が本気で走った方が速いけれど、街中でそんな事をすれば大事故が起きかねないから却下だ。

 普段であれば、会長程の家柄のご令嬢の場合、送迎の車が運転手付きで用意されるんだろうけれど、今日は会長たっての希望で、一般的な公共交通機関を使う事になっている。

 理由は、その方がデートっぽいかららしい。

 拘りって大事ですよね。

 かくいう俺も、やっぱりデートなんてそこまで慣れていないし、今更ながらすごい美人と一緒に出歩いているという状況を自覚してきてドキドキしていますが。

 電車が暗い場所を通る度に、車窓のガラスに映る会長が本当に奇麗で、だけどそう感じているのを知られるとそれはそれで恥ずかしいからと、バレないように世間話をしている。

 でも、会長がニヤニヤしているので、多分バレてる。


「それで、こんど委員長のとこの新商品をまた味見してくれって頼まれているんですよね。会長も一緒にどうですか?」

「あら、いいわね。その時は、是非呼んでほしいわ。死ぬ気で仕事終わらせるから」

「いや、死ぬ気になる程の話では……」

「死ぬ気にならないと終わらない量なのよ……」


 今頃、会長の代理させられてる理衣、大丈夫かなぁ……?


「きっと大丈夫よ」


 俺の遠くを見るような目で、何を考えているのかを察したらしい会長が答える。


「あの娘、今まで実力を発揮する機会が無かっただけで、結構優秀よ?私と違って、周りに仕事を頼むって事が得意だもの。私は、ついつい自分でやっちゃおうとするのよね……」


 そう言って、自嘲気味に俯く。

 そんな表情も奇麗だけれど、折角二人で出かけているんだから、こんな時くらいこの人には笑っていてもらいたい。

 俺の勝手な希望だけれどさ。


「でも、仕事バリバリ片付けてる会長もカッコいいですよ?できる女!って感じで。部下の使い方を覚えれば、怖いものなしなんじゃないですか?」

「そう……かしら?うん、大試君にカッコいいって言われるなら、それも悪くないわね……」


 最近疲れた顔をしていることが多かった……いや、殆どの期間クタクタの顔してたけれど、今日は久しぶりに力が抜けた表情をしてくれている気がする。

 それが、俺といることによるものだとしたら嬉しいな。

 前にここまで警戒心の無い顔をしていたのは、確か……。

 あ、ソフィア(猫)が理衣に憑依してた時か。


 そういえば、まだソフィア(にゃんこ)の魂の召喚成功してないんだよなぁ。

 冥剣だと相手とパスがつながっているか、相手からのアプローチが無いと無理みたいで、俺がどれだけソフィア(キャット)を呼び出そうとしても無理だったし、理衣と一緒にやってみてもダメだった。

 流石に期待をさせてできませんでしたじゃまずいから、会長には言ってないけどさ。


「……ところで」


 俺が考えていると、会長が話題を変えてくる。


「大試君は、いつまで私の事を『会長』って呼んでくるのかしら?」


 会長は、笑顔だ。

 笑顔だけれど、さっき連れ出された時と同じくらい圧が強い。


「えーと……会長を引退するまで……?」

「曲がりなりにも婚約者よ?だから……その……デート中くらい、名前で呼んでくれない?」


 顔を少し赤くしながら、モジモジするようにそう言ってくる会長。

 どうしよう……ビックリするくらい可愛い……。


「じゃあ……あー……水城」

「ふふっ、何?」

「……流石に恥ずかしいから、他の人がいる時には、まだしばらく会長でいいですか?」

「いいわよ?今の大試君の照れてる表情で十分元気出たから」


 正直死ぬほど恥ずかしいけれど、会長が喜んでくれたならそれでいいか……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る